2650 件掲載中 月間賞発表 毎月10日
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

BUMP OF CHICKEN aurora ark

サヨナラと、出会い。ようやく見つけた彼らの音楽

2019.11.04. 東京ドーム。
BUMP OF CHICKEN TOUR 2019
「aurora ark」ファイナル。

今思うと「aurora ark 」は、自分にとって「運命」といえば大袈裟だが「出会い」とは必然なのだとつくづく思う。
 

突然だが、
友人が今年この世界から居なくなった。
ひとまわり年下の彼は
太陽のように明るく、人懐っこい犬みたいなシンガーソングライターだった。
ギターとウクレレ、ブルースハープ。サーフィン、自転車。
「小さなカフェで申し訳ないが、私の街へ来て歌って欲しい」と、私は自らカフェライブをオーガナイズし、2016年以来、毎年歌いに来てもらった。大きな体でギターを背負い、荷物をガラガラ引いて1人やって来る彼を、朝、駅でピックアップしてからその日1日、ライブの打ち上げをして宿に送るまでの間ずっと、いろんな話をして止まらない私たちだった。「まるで女子会みたいだ」と、音楽の話、今やってるお互いの仕事の話、恋愛、人生観、大事な事も、アホみたいなくだらない事も、愚痴も不満も、そして未来の事も、年に数回しか会えないが、会えば沢山話をした。彼は誰とでもそんな風に打ち解けてしまう、不思議な空気を持った人だった。

最後に会ったのは、2018年夏。
彼は、ある映画の音楽監督に抜擢されていた。
「楽しくて仕方がない」と、嬉しそうに熱く語っていて、それが私も嬉しかったし、映画の完成が楽しみだった。
「自分のアルバムも出すから。今作ってるから」。

映画の仕事が落ち着いて、アルバムが完成したら、またライブしにきてよ。

そう伝えようとした矢先だった。

2019年6月某日。
彼はその朝、起きてこなかった。
急性心不全。
眠る数時間前まで、いつものように楽しく笑って歌っていたそうだ。

落ち着くのなんか待たなきゃ良かった。
そうしていたら何か変わっただろうか。
 
 

11月4日、東京ドーム。
あっという間に季節が変わっていた。
BUMPファンの友達に促されて、私はそこにいた。

実は7月の初日も参戦したのだが、あの時は完全アウェイで、しかも上の空で観ていた。
だけど、どうにも何か引っかかる感じが残っていた。
何かを忘れてる気がしたのだ。
 

聴きたかった曲がある。
冒頭からのヒロのギターリフが走馬灯のように鳴り、スクリーンにはリニューアルされたアニメーションのビジュアルが映る。

“迷子のままでも大丈夫 
僕らはどこへでもいけると思う
君は知っていた 僕も気付いていた 
終わる魔法の中にいた事”
(記念撮影)

彼らが視線を合わせ、呼吸を読み合い、笑いあったり、もたれ掛かったりジャレ合いながら、会話するように演奏する姿に、彼ら自身が「今 ココ」にいる事を愛おしく思っているように思えた。
にわかファンの私にも、この4人がずっと互いに支え合いながら生きてきて今ここに立っているのが分かる。そして、これからも続いていくだろう彼らの時間の積み重ねがとても羨ましかった。
自分が歩んできた人生への迷いや、後悔、不安、寂しさ。時間の儚さ、記憶の脆さ。不確かで、愛しいもの。その全ては、ステージに立つ4人も同じように抱えているのだと伝わってきた。
大切な人達と切り取った幸せな時間の断片が私の携帯の中にも写真やデータとして沢山詰まっている。
でも、愛しいのはそれ自体ではなく、そこまでの過程とそれを残すという「行為自体」なのだ。

藤原基央が「明日生きているか分からない」と言う度、
胸がギューッと締め付けられるようだった。

“もう一度眠ったら 起きられないかも”
“もう一度起きたら 君がいないかも”
(新世界)
多幸感溢れるこの曲の中に「死」がよぎる。明日の存在が「当たり前」ではない事を知ってからは、この部分が重く響いた。

“今が輝くのは きっと そういう仕掛け”
(新世界)

そうだ。
とにかく今、自分は生きていて、 
ドームで音楽にまみれている。
自分がまるで、ようやく土から這い出して、短い命を必死に生きるセミのようだと思った。
限りある時間の中で、とても切なく、
でもとても幸せだと思った。

「東京ドーム、広くねぇよなぁ?」
確かに。決してステージから席が近いわけではなかったが、
4人の音は、確かに側にいた。
彼らの、音を届けようとする圧倒的熱量に体が熱くなった。
「明日、俺もみんなもどうなるか分からない。だから今日ココに全部置いていくから。」
昨日を越え、明日へと踏み出すその前に「今、ココ」にいる事を何よりも尊いと思える空間がそこにあった。全部受け取ってやる。そんな気持ちで私は立っていた。

だからこそ、
藤原基央のMCが妙に説得力を持っていた。
「俺たちの曲はどんな時も勝手にお前の側に居る」

ああ。
忘れていたものはこれだったのか。
あの時、どこか「懐かしい」感じがしたのだ。
何故だろう。
気付くのがとても遅くなってしまったけれど、彼らの音楽は、多分ずっと私の側にも居たのだろう。

今なら分かる。
この世界から居なくなった彼の曲も
同じように、ずっと側にある。
 

『点が線になって、線が円になる。僕はまた、音楽を作って、点を打ちに、ここに戻って来る。そしたらみんなも来てくれますか?』
ライブで彼はそう言い残して逝った。

藤原基央は
「今日という日は、俺たちが音楽を真ん中にして、待ち合わせをして、それが上手くいった、ただの普通の日なんだ。」と言った。

おんなじような事言って…。
なんだか泣けてきた。
 

音楽を好きでいたら、こういう出会いもあるのだな。
音楽を好きでいて良かった。
本当に良かった。

“迷子のままでも大丈夫 
僕らはどこへでもいけると思う 
君は笑っていた 僕だってそうだった 
終わる魔法の外に向けて 
今僕がいる未来に向けて”
(記念撮影)

彼との魔法は解けた。
相変わらず悲しさは消えない。
でも、寂しくはない。

何故なら、
「俺たちの音楽はいつもお前の側にある」と、
頑なに言い張るバンドに出会えたからだ。
全ては捉え方次第だが、信じると不思議と安心するのだ。
 

帰り道、
携帯の中にいる彼と、仲間たちとの写真を見返した。
最高の笑顔がこっちを見てた。

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい