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2017年7月11日

藤原スズキ (27歳)

武道館処女をTHE ORAL CIGARETTESに捧げた話

27歳、緊張して期待もしてでも気持ちは交わってないような複雑な感情を抱えたまま迎えたあの夜のこと

大好きなバンドのCDの店着日。仕事終わりに車を20分少々走らせて、いつものCDショップへ向かう。SNSとは便利なもので、サプライズ告知のフライヤーもポスターも見当たらないCDショップが唯一の街に住む私でも、その日のうちに大好きなバンドの武道館公演決定を知ることができた。予約していたCDを受け取って、少し浮ついた気持ちで家路に着く。通勤カバンをベッドの上に放り投げて、着替えも済ませることなくフィルムをゆっくりはがす。まだキチキチと音を立てながらぎこちなく開くケースを開けて、歌詞カードを片手にコンポの再生ボタンを押す。
 最後の曲が終わり、私の心の中とは真逆に部屋はシンとする。
さて、どうやって休みをもらおう。チケットは先行で取れるだろうか。飛行機と新幹線どっちにしよう。ホテルはどこに予約しようか。私の願望は妙に具体性を持ち始めて、それはすでに予定になっていた。
本当は、昼休みに手のひらの中の画面の中にあった、
『THE ORAL CIGARETTES 6月16日(金) 日本武道館』
という文字列を見た瞬間から心は決まっていたのに。
 オーラルは大好きなバンドだ。間違いない。でも正直、好きなバンドは他にもいくつもある。そのうちのいくつかは、すでに武道館でのライブもしている。当然行きたかった。でも、私は地方の田舎に住む社会人。そうそうライブに合わせた連休も取れず、一度東京に遠征すると交通費だけでも平気でアパートの家賃以上のお金がかかる。なかなか行けなかったし、毎回諦めていた。しかし6月16日。何とか休みも取れそうな日程。ボーナスも入るしある程度余裕もあるだろう。これまで私がどのバンドの武道館公演にも行かなかった、行けなかったのは、オーラルに私の初めてを捧げるためだったに違いない!これって運命だ!本気でそう思った。
 無事チケットも手に入れ、手のひらの中の画面で今度はカウントダウンの数字を見つめる日々。その間にオーラルは、
“騒ぎすぎてほしくないと思った”
“通過点の一つ、ゴールではない”
“武道館だけが特別なわけじゃない”
といった主旨の主張を何度か私たちに伝えた。
そんな言葉を聞く度、私の中では後ろめたい気持ちがどんどん大きくなった。
わかっている。もっともっと大きくなるバンドだと信じて聴いているし、これがゴールだとはもちろん思っていない。
 日本武道館。日本人なら誰もが耳にしたことのある神聖なその場所で、国内外かかわらず所謂『大物』と呼ばれるアーティストたちが何度もそこでライブをしている。皇居や靖国神社がほど近いその場所で、今まで数えきれないほどロックは鳴らされてきたのだろう。地方の人間だからであろうか、武道館、それは音楽に関してだけ言えば、一流のロックスターが音を鳴らすことを許された場で、そこでの公演はキャパシティにかかわらず、大きな大きな意味を持つことに思えた。あのビートルズも武道館でロックンロールを鳴らしている。私から見た日本武道館は、高校球児から見た甲子園球場みたいなものだ。そんな場所で、大好きなオーラルのライブが観られる。この昂ぶりが、期待が、緊張が、急に思っていること自体が後ろめたいような恥ずかしいものに思えてしまった。
 楽しみで仕方ない反面、どこか煮え切らない気持ちを抱えたまま、画面の中の数字は小さくなってゆき、遂にゼロを迎えた。
 6月16日。せっかくだから久々に、と訪れた靖国神社に、オーラルのTシャツを身に着けたキッズたちが何人も歩いているのは違和感もあったが、誇らしかったし心地よい空間にも思えた。
 初めて入る日本武道館。思ったよりもそこは広くなくて、でも今まで行ったどんなライブ会場とも違う重さがあった。これからここでオーラルが鳴らして唄うという実感がなくて、キョロキョロと辺りを見回して時間をつぶしていた。
 18:30。遂に落ちる照明。そこからはあっという間だった。ライブハウスと変わらない「1本打って!」の合図。『幕が開く』という表現通りのオープニング。客席にまで伝わるほどの火柱の熱さの中聴こえるギター、ドラム、ベース、そして『5150』の声。オーラルのライブで見たことのないくらいのレーザービームの中、4人と1万2000人の『Shala La』が響く。私がオーラルに惚れ込んだきっかけとなった『カンタンナコト』では、全席指定にもかかわらず皆が思い切り頭を振っている。日の丸の下、『嫌い』と歌い続けるその姿とその声は、私にここが武道館だということを少しだけ忘れさせた。いつも通りの4人の穏やかなMCから突然の『気づけよBaby』。ある意味この日一番度肝を抜かれた瞬間。大きな会場ならではのスクリーンに浮かぶ、映画のワンシーンのような映像に『不透明な雪化粧』『エンドロール』が乗る。突如始まる、歴史を振り返りながらのキラーチューン祭り。ただただ盛り上がるだけではない。オーラルが、オーラルを支えてきた周りの方々が、そしてオーラルが好きでたまらない私たちファンの歩んできた軌跡を辿る、今までにないキラーチューン祭りだった。そして、最後の曲、『LOVE』へと繋ぐMC。
“武道館は通過点だと言ってきた。思い入れなんてなかった。”
“でも、自分たちを好きな人で埋まっているこの武道館に思い入れがある。武道館を思い入れのあるものにしてくれてありがとう。”
こんなことを話してくれた。
一気に、晴れた。むしろ、ライブが始まったらほとんどもやもやした思いは忘れてはいたのだが、このMCを聞いた瞬間思い出して、すぐに、晴れた。
良かった。私も、この初めての武道館を、武道館で鳴らし歌うオーラルを1万2000人で見届けた今日を、“特別”な夜にしていいんだ。恥ずかしいことでも、後ろめたいことでもないんだ。今日一番安心できた後に聴いた『LOVE』。
《一人で笑う事は出来ないという》
会場中が歌っている。周囲を見渡す。
今までいろんなバンドのライブに行った。30人足らずがぼんやりフロアにいるライブにも、5万人が太陽のもとに集まったライブにも行った。そして今日。会場にいる観客、もちろん私も含めた全員の一人一人の感情がこんなにもむき出しに思えるライブがあっただろうか。武道館で体いっぱいに感じたのは、爆発的で衝動的で、穏やかな和やかな、愛情と哀情と、刹那のような永遠のような、そんな“特別”な夜のステージ。そして、この武道館の夜のために集まった1万2000人の、THE ORAL CIGARETTESに対する溢れんばかりの濃密な思いだ。どこから来たのか、何歳なのかもわからない。私のように少々胸に引っ掛かりを持っていたのか、夢に見るほど楽しみにしていたのかはわからない。まっすぐな想いだけではないかもしれない。それぞれがどんな想いを持ってここに集ったのかは、私にはわからない。でも、誰しもがとてつもなく大きな想いを抱いて、ステージにぶつけていた。武道館に立つ4人に、ぶつけていた。
 ホテルまでの帰り道、ほろ酔いで慣れない都会の電車に揺られながら気づいてしまった。今まで、“特別”じゃないライブなんてあっただろうか。大好きなオーラルのライブ。初めて見た日、地元のライブハウスで見た日、初めてワンマンを見た日、フェスの舞台で見た日。どのステージも、どの時間も、“特別”だったじゃないか。また、“特別”な日が一つ増えた。私にとって、1万2000人にとって、そして4人にとってもそうだろう。そんなことを考えていたらいつの間にかホテルのある最寄り駅につき、急いで荷物をまとめて降りる。エスカレーターに立つ私の少し先に、背中に『BKW!』を背負った高校生くらいの男の子がいる。彼にとって、どんな感情を持った夜になったかは分からない。でもきっと、やっぱり“特別”な夜になったことには違いないだろう。
 日本武道館。「1回では終わらない」と彼らは言った。「でも、初めてはやっぱり特別だ」とも彼らは言った。もはや、BKW《番狂わせ》というよりは、叶って然るべきとも思える唯一無二のバンドになっている。今回違和感を感じていながら武道館に立った私の心に起こったBKW。あの日、“特別”な夜を武道館丸ごと共有し、“特別”なバンドへ。初めての武道館がオーラル、やっぱり運命だったみたいだ。
 日常に戻り、あの夜のことはなんだか遠く夢の中の出来事のように感じることもある。アパートの小さな部屋に飾ってある銀テープを見て、「もう〇日も経つのかあ」と驚くこともある。CDを聴いて、あの時の光景が目に浮かんでぼんやりすることもある。
 THE ORAL CIGARETTESの4人は、今度はどんな光景を見せてくれるんだろう。どんな感情を私の中に生み出してくれるんだろう。どんなBKWを起こしてくれるんだろう。初めてはやっぱり忘れられないけれど、思い出すたび心が締め付けられるような、ドキドキできる夜がこれからも何度もあることを知っている。
 私たちには、まだまだ“特別”が待っている。

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