350 件掲載中 月間賞発表 毎月10日

2017年7月11日

mimosa (37歳)

心地良い、力加減の”バトン”

米津玄師『Neighbourhood』ともう一人の自分

米津玄師のファンは若い世代だけではない。
アラフォーファンもここにいる。
声がなんか好きだな、とふわっと思ったのがきっかけで彼の曲を聴き始めた。

しかし『LOSER』という曲に初めて出会った時には衝撃を受けた。
《ああわかってるって 深く転がる 俺は負け犬 ただどこでもいいから遠くへ行きたいんだ それだけなんだ》
《アイムアルーザー なんもないならどうなったっていいだろう うだうだしてフラフラしていちゃ今に 灰 左様なら》
私のことを歌っている、と鳥肌が立った。
そして「もしかしたら米津さんって私と似てることを考えているのかもしれない」と。
そこから、より深く米津玄師の音楽を聴くようになった。

『LOSER』も色々な想いのある曲だが、最新シングル『ピースサイン』のカップリング『Neighbourhood』について特に語りたいと思い、この文章を書いてみることにした。

綺麗な赤いクリアケースに収まっているCDをワクワクしながら手にした私だったが、この曲によって、自分の中の何かが大きく動くことになるなんてその時は考えてもみなかった。

《どうしたんだいなあ兄弟 俺がわかるかい? お前が許せるくらいの 大人になれたかな》
《もういいかいなあ兄弟 ここらでおしまいで なんて甘えてちゃお前にも 嫌われちゃうのかな》

お前が許せるくらいの大人って?
なんだろう。
なぜか、その意味がすぐにはわからなかった。
だけど聴いている側から、自然と涙が溢れてきた。

《煙草の煙で満ちた 白い食卓だ》
《生きられないなって トイレの鏡の前で泣いてた》

そしてリアルすぎる、自分の経験と重なるフレーズ。
封印していた記憶が次々蘇って、10代を思い出していた。

米津氏はこの曲を「日々、寝て、起きて、学校に行って、家庭があってっていう、そういう景色に近いところにいる自分との対話」と語っている。(ROCKIN’ON JAPAN 8月号 121頁引用)
そして私も自然と10代、20代の自分と対話をしてみるようになった。
そっと、扉をノックしてみる感じで。
昔の自分と関わるのは、結構辛いことでもあるからだ。
 

思春期の自分。
あんなぐちゃぐちゃの心でよく生きてきたなと感心する。
そもそも私は一体何者なのか?と自分に問い続けていた。
冴えない容姿、低学年からかけていた分厚いレンズのメガネ、吃音による周囲の白い目線。
それら全てが本当に嫌だった。
心を開けないのだから、わかりあえる友人などいなかった。
心の中の、暗く淀んだ闇を隠すように明るく振る舞う、偽りだらけの自分が特に最悪だった。
嫌いな人ともうまく付き合わなければ、生きてはいけないんだと思い込んでいた。
それでいて、人の不幸を喜ぶような歪んだ心やひどく冷めた目を持っていた。
自分にも他人にも正直ではなかった。

中学、高校も一刻も早く卒業したかったし、進学したものの女子だけの環境に馴染めずに後悔ばかりしていた。
早く大人になって、心も身体もどこか遠く行って、私のことを誰も知らないところで自分らしく生きたい。
まさに先述した『LOSER』の歌詞さながらの思考。毎日そんなことばかり考えていた。

だが、20代では環境の変化に伴い、10代とはかけ離れた「遠く」にいくことができた。
吃音も徐々に落ち着き、他人との会話が楽しくて仕方なくなった。
容姿も工夫次第で、ある程度は変身出来る事を覚えた。
本音で話せ、わかりあえる友達もできたし、仕事は必死に頑張ってそれなりの評価も得た。
10代を振り返ることなく、前だけ見ていられた。
何より、自分に正直に生きられるようになり、楽しい思い出で満ち溢れていた。

それで迎えた30代。

10代とは種類の違う、何もかも捨て去ってしまいたいという意味で再度「遠くへ行きたい」と思うようになった。
30代は、様々な変化が訪れるものなのだと実際にその年齢になって初めて知ることになる。
肉体的、社会的、内なる自分もそうだ。
自分で思っているだけなのかもしれないが、抱えているものがひどく重く感じる。
さらに、年齢に抗えない女性特有の様々な悩みが浮上し、私の心を大きく押し潰した。
 

苦しかった10代、輝いていた20代。

各世代の自分から、叱咤激励を受けまくった。
それぞれの私と対峙することで、今の私がやるべきことやりたいこと、そして夢や目標が少しずつ明確になってきたのだ。
自分の中にその思考の核は既にあったはずなのに、周囲の視線や年齢、さらに持ち前の意気地のなさが手伝って、そこから一歩も動けないでいた。

10代の私はなかなか手厳しい。
『おばさんが夢なんてみてるんじゃないよ。現実を直視しなよ。その割にうじうじしてて何も前に進んでないじゃん。けど、今のあんたの夢ってやつ、なかなか悪くないよ』
20代の私は、もうちょっと優しいかな。
 

『Neighbourhood』の歌詞に、
《きっと夢が叶うなんて嘘を 初めから信じちゃいなかった それでもなおここまでこれた お前はどうしたい?》とある。

勝手な解釈で誤りかもしれないが、この歌詞は曲を聴いている人に向けて、米津氏からの特別なメッセージなのかなと思わずにはいられないのだ。
少なくとも私は都合良く、そう感じてしまった。
私も夢が叶うなんて信じてはいなかったタイプの人間だ。
けど、今は信じてみたいなという気持ちに変わっている。
そして、今の自分より『遠く』へ行こうと。
 

10代の私があって、今の私がいる。
米津玄師に深く共感できるのは「10代の心がまだ私の中に根強く残っているからなのかなぁ?」と『ピースサイン』の3曲を聴いてぼんやりと考えた。
いつまでも少女のようで恥ずかしい気持ちもあるけれど、そのことを温かく歓迎してあげている自分もいる。
あの頃の自分の心を愛でてあげたいと思えるようになった。
でも考えすぎて訳が分からなくなるのが面倒くさい私は「理屈抜きに米津さんの音楽が好きなんだ。それだけでいい」みたいなシンプルな思考もあったりする。
 

今の私を優しく穏やかに見守ってくれているかと思えば、時には鋭い棘でチクリと刺されることもある。
そして、自分自身で前向きに考えろと言わんばかりの”バトン”を心地良い力加減で手渡してくれるのが、米津玄師の音楽と感じている。
そんな音楽を提供し続けてくれていることに感謝の気持ちでいっぱいだ。

冬の始め、LIVEで生歌を堪能できることを楽しみに待ちながら、今日もヘッドホンからは大好きな歌声が聞こえてくる。

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
音楽について書きたい、読みたい