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まだ見ぬ景色を見るということ

「或る秋の日」佐野元春 アルバムレビュー

40も半ばを過ぎて、人から相談を受けることが多くなった。会社では若い社員に変に恐縮されたりして、自分は恐縮されるような大した人間でもないのになぁと思いつつ、あぁそうか、自分は単純に年食ったんだと今更ながら思ったりしている。

最近は人の生き越し方に思いを巡らすようになった。何とはなしに生きているように見える中年だって実は色々あってここにいる。僕だって人に自慢できるようなものでもないけど色々あってここにいるわけだ。乗り越えたり乗り越えられなかったり。いや、上手くいかなかったことの方が圧倒的に多いけど、人生なんてそんなものだと初期設定として取り込めば、案外色々な事に対してポジティブでいられるんじゃないか。最近はそんな風に思うようになってきた。これも年を食った証拠か。

この『或る秋の日』アルバムには今言ったようなことがちりばめられていて、例えば、色々な事があってここにいるというのは#8『みんなの願いかなう日まで』。例えば、人生についての考察はそれこそ#1『私の人生』。元々僕の中から自然に出てきたものと合致したせいか、この2曲については僕の中でごく自然に曲が流れてゆくのが分かる。

一方で#3『最後の手紙』や#4『いつもの空』は未知の世界だ。ここでは大切な人との別れが描かれている。別れと言っても恋人がくっ付いたり離れたりという類のものではない。要するに永遠の別れだ。特に#3『最後の手紙』はラストに「子供たちにも よろしくと伝えといてくれ」というくだりがあり、そこには‘死’を予感させる重たいイメージが見え隠れする。

『いつもの空』は‘君’がいなくなった世界についての曲。「何も変わらない 君がいなくても」との呟きは同じく恋人同士の別れとは異なるニュアンスが含まれている。‘君’はもうこの世にはいないのだろうか。ここで描かれるのは‘君’なしで迎える台所の朝の風景。情感ではなくただ時間だけが過ぎてゆく様。この2曲で描かれているのは主人公の内面ではなく、主人公の視点そのものだ。

表題曲の#5『或る秋の日』も僕にとっては未だ見ぬ景色。ここでは若い頃に別れた二人の再会が描かれている。二人は年月を経て再び出会い、再び恋に落ちる。けれど描かれるのはここまでで、その後の二人の行動は定かでない。つまり上記の2曲とは異なり、主人公の心の揺れ動きのみが描かれている。ここで歌われるのは再び恋に落ちたという事実だけだ。

#6『新しい君へ』は「ささやかなアドバイス」という言葉で締めくくられる今までにない視点を持った曲だ。失うことはネガティブなことではなく、新しい何かを知る契機になるんだよという人生の先輩からの助言。過去にも『レインボー・イン・マイ・ソウル』(1992年)で「失くしてしまうことは 悲しいことじゃない」とノスタルジックに歌った佐野だが、ここではよりポジティブで前向きに、より自然な態度で響いてくる。

とか言いながら次の#7『永遠の迷宮』では「今までの隙間を すべて埋めたい」や「時を遡って」といった言葉も。『新しい君へ』での達観とは裏腹に、ここでは迷いや後悔が素直に吐露されているのが面白い。しかしそれはあの時こうすればよかったという後ろ向きものではなく、これからの人生でそれらの穴埋めをしたいとでもいうような、愛しい人への、或いは愛すべき何かへの優しい眼差しだ。

人生の意味とは何だろう?今はもう会わなくなった人、会えなくなった人。遠くにいる人、連絡が途絶えてしまった人。時折ふと思い出す。あいつは元気にやってるだろうかって。あの人はこんな風に言ってたけど、今頃どうしてるだろうかって。つまりそれは、もしかしたら自分も自分の知らない何処かで誰かにそんなふうに思われているかもしれないってこと。それって生きた証しにならないだろうか?

#8『みんなの願いかなう日まで』がリリースされたのは2013年。あの時はえらくシンプルな言い回しだなとあまり気にも留めずにいたのだが、時を経てこうして何度か聴いていると、そんな今の自分の気持ちと重なり合って聴こえてくることに気付く。

最後に、大事な1曲を忘れていた。#2『君がいなくちゃ』は佐野が16歳の時に書いた曲だそうだ。通っていた高校でちょっとした流行歌となったらしいが、時間と共に佐野自身もすっかり忘れてしまっていたらしい。ところがこの曲は長年にわたりその高校内で歌い継がれるようになり、数年前、卒業生の一人が佐野にこのことを伝えたところ佐野自身も思い出したという。ここで披露される『君がいなくちゃ』は当時とは歌詞を若干変えているそうだが、人生の秋を思わせるアルバムにあって、瑞々しい感性でアクセントを与えている。

ちょっとしたすれ違いを「暗闇の小舟のように」と例える描写が素晴らしいが、より心を打つにはブリッジの部分。かつて『サムデイ』で「手おくれ」に対し「口笛で答えていた」少年が、ここでは「強い勇気をどうか この胸に」と切に願う。遠い昔に書かれた曲がこのアルバム全体のトーンと共鳴する瞬間だ。

このアルバムはタイトルそのままに人生の秋が描かれている。40代半ばを過ぎた僕にはまだ少し早い季節。だから凄く心に馴染む曲もあれば、まだよく分かっていない部分もある。けれどそこには景色がある。意味を云々する前にそこに景色が存在するのだ。僕がまだ若葉の頃、コステロの曲やヴァン・モリソンの曲を素敵だなと思ったように今の若い世代にもこの秋のアルバムを聴いてもらいたい。意味など分からなくていい。まだ見ぬ景色を眺めることもかけがえのない経験や知恵になるのだから。
 
 

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