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ONE OK ROCKと共に歩む人生

人生×私=

明日、私は結婚する。相手の彼とは、地元も高校も大学も職場も違う。ただ1つの共通点は、”ONE OK ROCKが大好きだ”ということ。私達はONE OK ROCKを通じて出会った。人生を変えてくれたONE OK ROCKへ、この場を借りて愛と感謝を叫びたい。そして願わくば、彼らに届きますように。

高校生の時にONE OK ROCKに出会った私も今年でもう26歳。これは、私とONE OK ROCKの10年間の物語である。少し長くなるが、最後までお付き合い頂けたら嬉しい。
 

彼らの音を初めて聴いた瞬間の衝撃は今でも鮮明に覚えている。力強いドラムから始まり、攻撃的なギターのリフと、それを支えるベース、耳を突き抜ける歌声。Youtubeから流れてきた音楽は、ジェットコースターのような疾走感で全身を駆け抜けて、味わったことの無い胸の高鳴りを残していった。初めて聴いた曲は、”完全感覚Dreamer”だった。

丁度その時、彼らの4thアルバム『Nicheシンドローム』が出たばかりということを知った私は、なけなしのお金を躊躇うことなくはたいて購入。何かに取り憑かれたかのようにひたすら聴いた。でも、あくまで音源を聴くだけ。ライブに行くのが少し怖かった。好きすぎるあまり、音源との違いに幻滅したくなかった。
今となっては無駄な心配をしていた過去の自分を馬鹿野郎と言ってやりたい気持ちでいっぱいである。

会いたい気持ちがようやく勝った頃には、私は大学生になっていた。忘れもしない19歳の誕生日。必死に探してようやく手にしたチケットは、今でも大事に箱の中で眠っている。
ツアータイトルは『Start Walking The World Tour』。そういえば横浜スタジアムでのLIVEで、海外にライブをしに行くことを「ちょっとその辺の自販機に飲み物買いに行くみたいなもんだよ」と表現していたな。彼ららしいタイトルだ。現在、アメリカのレコード会社と契約を結び、世界中でツアーをする彼らだが、思えばもうこの頃から既に世界と闘い始めていた。当時、彼らはまだ20代前半だ。

何を歌っただとか、どんなMCだったかなんて、興奮しすぎていて全く覚えていない。ただこの時の光景だけは、しっかりと目に焼き付いている。必死に人を掻き分けて辿り着いたTakaの前。めいっぱい背伸びをして、前に並ぶ頭の間からようやく見えた彼らを見て「本当にいたんだ」なんて、当たり前のことを思った。汗がかかる距離まで近づいて、彼らの音を全身で浴びながら、今までライブに行かなかった自分を悔やんだ。「幻滅したらどうしよう」なんて、不安に感じる必要は微塵もないくらいに、彼らのパフォーマンスに圧倒された。

大学中は部活の練習に明け暮れ、ライブには行かなかった。それでもずっと彼らの曲は私を支えてくれた。うまく行かない時は決まってて”未完成交響曲”を聴いた。

“100点じゃないこの僕に100点つけるのは
他でもない僕自身だ!!
それ以外どうだっていいんだ!!”

“間違ったっていいじゃん!!
一回しかないじゃん
おのれの人生だ!!”

できない自分を認めてあげること、自分を信じて進み続けること。自信を失うたびに彼らの曲は背中を押してくれた。ONE OK ROCKは私の光だった。
 

やりたいことがわからないまま大人になった私は、皆に従い就職活動をし、社会人となった。配属された支店は有数の忙しい支店で、精神的にも肉体的にも摩耗する日々が続いた。そんな時は帰り道に未完成交響曲を聴き、時にはカラオケでMemoriesを歌い
“Go on and fuck yourself!!!”と叫んだ。

その間にも彼らはヨーロッパツアー、アメリカツアー、アジアツアーと、どんどん世界へ進出して行く。目標もなく、ただ生きているだけの自分と目標に向かって着実に大きくなる彼ら。置いていかないで、と何度思ったことだろう。彼らが大きくなることはファンとしては喜ばしいことのはずなのに、私はどこか苦しかった。

仕事の代償として自由に使えるお金を手に入れた私は、大学時代の分を埋めるようにLIVEへ足を運ぶようになった。
渚園は勿論、Ambitionsツアーは、大阪、神戸、幕張2days、沖縄と行ける限り行った。この頃の私はもはや、ライブのために生きていると言っても過言ではなかった。

でも彼らは「LIVE楽しかった!」だけじゃ終わらせてくれない。『お前らはそれでいいのか?』『本当にやりたいことはなんだ?自分の胸に手を当てて考えてみてください』と、目を背けている現実を突きつけ、私たちの可能性を示唆してくる。大人だから何だ。歳をとったからなんだ。そんなのただの言い訳だと。
We areを聴く度、心が痛かった。
“鏡に映った 僕が問いかける
自分を誤魔化し
生きることに意味はあるか”
 

同時期に、私はInstagramでONE OK ROCK専用のアカウントを作った。過去の映像を載せる人、歌詞の和訳を載せる人…自分と同じ、もしくはそれ以上の熱量の愛がそこには溢れていた。最初こそ顔は伏せていたが、「LIVE仲間が欲しい」という思いから、幕張メッセでの横断幕の企画に思い切って参加してみた。これが全ての繋がりの始まりだった。

横断幕には、年齢や住んでいる場所、今まで育った環境など、なにもかもバラバラの人が集まっていた。共通点は「ONE OK ROCKが好き」という事だけ。それだけだけど、それが全てだった。SNSが発達していなければ、こんなことも有り得なかっただろう。改めてすごい時代だ。

初めは正直、薄っぺらい1度きりの出会いかなと思っていた。が、現実は少し、いやかなり違う。幕張メッセで出会った人とは大半が今でも交流が続いているし、明日の結婚式には全国各地からOORer達が参加してくれる。出会いというのは本当に不思議なものだ。

幕張メッセでの繋がりが繋がりを呼び、今の彼に出会った。偶然にも職場と家が近く、食事に行くことになった。そして、何の偶然か恋に落ち、あれよこれよという内にお付き合いが始まった。

そんな彼と去年、初めて一緒にONE OK ROCKを見た。Ambitions JAPAN DOME tour 京セラドーム。大好きな人と一緒に見る大好きなONE OK ROCK。こんな幸せなことはそう滅多にない。ありがとうが溢れてやまなかった。
最初のTaking Offが終わり、2曲目が始まる時。聞き慣れたイントロが流れた。

“未完成さ!!そう僕は!!
未完成なんだみんな!!”

未完成交響曲。今までずっと私を支え続けてくれた曲。曲が始まってから終わるまでの間、涙がとまらなかった。私はたぶん、この時の光景を一生忘れないと思う。

第1幕が終了し、彼らの第2章、アンコールはChangeからスタートした。最初は正直あまり好きになれなかったこの曲。「ROCKじゃない」そう思ったのは私だけじゃないと思う。確かに彼らの音楽は、私が好きになった頃のものとはもはやかけ離れたものになった。でも、聴き込むうちに気づいた。変わらないものがあった。

“Hey You know it’s not too late
for us to make a change”
変わろうとすることに遅すぎることはない
君もわかってるだろう?

“You gotta listen to your
heart what does it say?”
本当はどうしたいのか、
自分の心の声に耳を傾けてごらん。

それは彼らが変わらずに伝え続けてきたメッセージ。『自分のやりたいことをやれ。僕たちは決して特別な人間ではない。あなたにもきっとできる』と。

ジャパニーズロックが世界を獲ることは前人未到の領域だ。そのためには常に新しく、そして時には今までのスタイルを捨て、売り込みたいターゲットに照準を合わせなければいけない。シャウトがなくなっても、日本語の歌詞が減っても、彼らが伝え続けていることはずっと変わらなかった。彼らは変わり続ける中で、ただ一つ変わらないことを証明していたんだ。
ああ、私がONE OK ROCKを好きな理由はこれだ。
 
 

去年、仕事を辞めた。今まで敷かれたレールを進み続けてきた自分にとっては大きな大きな決断だった。そして今年、彼の強い希望で沖縄に引っ越すことが決まった。新たな土地で、新たな暮らしが始まる。ワクワクドキドキと、不安が少し。「沖縄に引っ越したい」と言われた当初、私は猛反対だったが、今は自分自身を変えるいいキッカケになれば、と思っている。

ONE OK ROCKを好きになっていなかったら出会えていなかった人たちがいる。彼らの生き方が、楽曲たちが、私の背中を押してくれる。
人生を変えてくれたONE OK ROCKに感謝を返すために、私は私の人生を生きて行く。次に彼らに会う時は、前より少しでも胸を張っていられるように。

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