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2017年7月12日

衣月 (24歳)

ブスが書く、ブスについての音楽文。

ReVision of Sense「ヨノナカカオ」を聴いて

<ヨノナカカオ ヨノナカカオ ヨノナカカオだ>
iPhoneから鳴るポップな音楽と対照的なその歌詞は、クラスでこっそりと行われていた「可愛い子ランキング」みたいなドロドロだった。女に生まれて、いや男でも。人に視力がある限り、「容姿」という呪縛からは逃れられない。誰に教わった訳ではないけど、それは物心ついたころからじわり、じわりと侵食していく。誰でも知っている、でも誰も口に出しちゃいけない暗黒のタブー。

衝撃だった。
これ、誰か止めなかったの?

<ブスは美人に勝てません!>
物語調のこの曲は、MVでアニメーションになっている。もっさりとした髪、一重、低い鼻。おまけにぽっちゃり、いや、デブ。こんな人もいるよな、そんなタッチで描かれている主人公。冴えない、いやあえてブスと言おう。ブスはことごとく美人に負ける。そんなストーリーという名の地獄絵図だ。

<ネイルも行ったし髪も切り/服もキレイめ悪くない>
ジャージ姿の美人に負ける合コン。男の子が美人に夢中、あるある。しまいには無視される。トラウマである。

<誠意と熱意は持ってきた>
完璧だと思ったのに。返答に詰まっていた美人に負けた就職面接。就活生とモデルの顔写真を見せて採用したいのはどっち?と聞いたらモデルが圧倒的に人気だった、という結果を見たことがある。つまりは顔で人生も決まってしまうのか。辛すぎる。

<つまりはかませブスです>
かませ犬、ではなくかませブス。なんと悲しい言葉だろうか。目も当てられない。彼女は何もしていないわけじゃない、彼女なりの最大限の努力をしているのだ。でも全部掻っ攫われてしまう、「美」という圧倒的で不可逆の才能に。痛いくらいに分かる。アニメーションで良かった。実写だったら泣いていた。だってそこには「ブス役の誰か」がいるからだ。
これはただの曲ではない。ドキュメンタリーだ。

“よのなかねかおかおかねかなのよ”
人は見た目じゃない、なんて綺麗事だ。月9でブサイクがヒロインだったことはあるだろうか?朝ドラは?映画は?CMは?女優、女子アナ、モデル、キャビンアテンダント、美容部員、セレブ妻。私の好きなもうひとつのバンド「back number」のMVにも、いつも美人が映っている。美しさというものは、一生ぶんの「財産」なのだ。「美人は三日で飽きる」?「家庭的な子が好き」?嘘つくな。

<性格どうでもいいんだ 世の中は顔なんだ>
私は、美しさというものを「見た目においてたくさんの人に好かれる才能」だと思っている。好きになるのは人それぞれだけれど、その確率が高いということだ。そして好きならば痘痕も靨。失敗や粗相もある程度はカバーされていると思う。美人の失敗は「可愛い」ブスの失敗は「使えない」。正しいのは中身じゃない、「誰が言うか」。より美しい人の発言が、行動が、全てが正義なのだ。これはより良い子孫を残そうとする、動物の本能だから仕方ないことだと思う。私も見た目で判断することはある。落ち込んでいるときに肩を叩いてくれる人がイケメンなら「優しい」とときめくが、冴えないオッサンでは「セクハラ」。きゅん、ではなくゾッ。つまりは、お互い様、というか、どっちもどっちだ。

それと美人=性格が悪い、それは間違いだ。それはおとぎ話の話だ。美人ほど性格が良い。何故なら優しくされてきたからだ。ブスほど辛い思いをして捻くれていく。それを美人は知らない。美人は優遇されることが「日常」であり「普通」だからだ。周りのみんな親切にしてくれる、毎日楽しい。スクールカーストの頂点にいる人が「うちのクラスは皆仲良し」というのと同じだ。いじめがなくならないのもそのせいではないか。学校に嫌な思い出がある生徒は、教育に関わろうとは思わないだろうから。私がそうである。

<生まれた時点で内定 世の中は顔なんだ>
生まれた時点である程度の人生は決まると思う。顔だけではなくて、生まれる場所や、環境によってその人の価値観や、感情がつくられていく。例えば人類補完計画が成功したとして、生まれてからずっと同じ場所で同じ愛情と教育を受けた人達の個性はどこで生まれているんだろう。
それに、その人の可能性は、生まれた時点でほとんど決まる。それが「才能」だと私は考える。生まれたばかりの赤ちゃんには、可能性の糸が延びていて、それを引っ張れば星に繋がっている。たくさん持っている人もいれば、ひとつしかない人もいる。途中で切れてしまっている糸もある。持っていた糸を全部捨てて、新たな糸を、新たな星に向けて紡ぎ出す人もいるだろう。そして私には、何もなかった。

<ヨノナカカオ ヨノナカカオ ヨノナカカオだ>
このフレーズの間は、ファンから募った「ブサイクな自撮り」で構成されている。わざと二重顎にしたり、白眼を剥いたりした「自称ブサイク」の顔が流れていく。羨ましかった。

私は私が嫌いだ。大きい顔。目は糸みたいに細いのに、鼻はにんにくみたいに大きい。足の短さはダックスフンドといい勝負だ。写真を撮りたくない、人前に立ちたくない、人に会いたくない。

何をしても「私がブスだから」失敗したら「美人だったら、笑って許されてたのかな」。いつも考えてしまう。
本当は、こんな事ばかり考えてしまう捻くれた性格も、好きな人にフラれるのも、ブスだけが原因じゃないって知ってる。でもこれに甘えてしまうのだ。そうすれば楽だから、言い訳しているだけだ。だって目に見えるし、生まれもった顔の個性は、ブスは私のせいじゃない。前世でよっぽど悪いことでもしたのか、それとも神様の気まぐれか。私の顔だけテキトーに作るのやめてもらえます?こんな十字架、重すぎて背負えない。

<確かにシンデレラだって ドレスやガラスの靴を もらったところでブスなら 王子様選ばない>
魔法のドレスで世界一可愛い私になる、女の子なら誰もが憧れるシンデレラストーリー。しかしそれはシンデレラが既に「持って」いたのだ。舞踏会で大勢の中から、王子様の目に留まるオーラを。王子様の心を鷲掴みにする美しさを。もしシンデレラがちんちくりんのブスなら、南瓜の馬車やキラキラのドレスはまさしく「豚に真珠」笑い者だろう。こんなのタレントのスカウトと一緒だ。第1回ミスシンデレラの副賞は王子様との幸せな暮らしでした。おめでとう!ちゃんちゃん。

誰もが思ったことはあるけれど、衝突を避けて飲み込む本音。それを曲にしたReVision of Sense。承認欲求を嘲笑う「SNSにNO・GU・SO」や「前略、メンヘラ様」、「ヨノナカカオ」の男性ver.に当たるであろう「ヨノナカカネ」。自分にも思い当たる節があって目を逸らしたくなったが、それ以上に痛快だった。

ReVision of Senseはライブの様子もYouTubeにアップしている。女性ファンとの<ブスは美人に勝てません!>のコールアンドレスポンス。彼女たちはこれを叫びながら何を想うんだろう。目の前のライブに夢中で、そんなこと考えないか。

綺麗事ばかりのありきたりで明るい歌より、ストレートすぎて辛くなるくらいの、この歌が好きだ。でも、ひとつだけ否定したい。

<それでも一度観てみたい ブスの大逆転を>
ブスの大逆転。そんなものは、あるわけない。どれだけ有名になったって、社会的な地位があったって、「ブスはブス」それだけだ。

<ヨノナカカオ ヨノナカカオ ヨノナカカオだ>
カラーコンタクトのせいで私の角膜はきっとボロボロだ。視力はどんどん落ちていたが、やめるわけにはいかない。二重よし。7センチのヒールに外反母趾が悲鳴を上げる。今日も私は、マスクを外せないままだ。

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