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これが私の自立のかたち

これからもよろしく、BUMP OF CHICKEN

 今年(2019年)の10月。ある友人から、連絡があった。

「もう、ライブに行くのとか、止めようと思う。今の自分には、音楽は必要なくなった」

 言葉に窮した。私の方は、最愛のバンド、BUMP OF CHICKENの東京ドーム公演への参加を前に、ワクワクした気持ちや緊張感が高まりつつある頃だった。
 音楽を通して知り合い、これまで、音楽を、それへの思いを、共有してきた友人の「卒業宣言」。私はかなり戸惑ったが、新たな道へ足を踏み出した友人の姿は眩しく、潔く、その思いを否定する気にはならなかった。
 しかし、全肯定もできなかった。卒業宣言に至った理由や心境が気にはなったが、
ヘタに話をすると、傷つけあうかもしれない。びびった私は、「そうなんだね、私はまだ、BUMPから離れられそうにないわ」と答えるのが、精一杯だった。
 

 私とBUMP OF CHICKENの出逢いは、2000年の11月末か、12月の初め、念願だった仕事に就いた年だった。人の心を扱う仕事。ほんの少しでも、誰かの支えのようなものになれるならと、選んだ道だったが、他者と向き合うことは、自分と向き合うことに他ならなかった。自分の弱さや醜さを見せつけられ、自分を嫌い、こんな自分を産んだ親をも恨んだ。出口の見えない暗いトンネルの中にいるような日々の中で、たまたまつけていたTVの音楽番組から流れてきたその音に、歌詞に、耳を奪われた。

〈弱い部分 強い部分 その実 両方が かけがえのない自分
 誰よりも 何よりも それをまず ギュッと強く 抱きしめてくれ 
       -BUMP OF CHICKEN 『ダイヤモンド』〉          

 画面に映っていたのは、振り絞るように唄う、繊細そうで細身の男の人と、彼のバンドだった。気付けば私の目からは、涙が溢れていたが、「この曲を忘れてはならない」と感じ、自室で慌てて紙とペンを探した。チラシの片隅に、画面から急いで書き写した文字、「バンプオブチキン ダイヤモンド」。

 それからの日々、私はずっと、BUMP OF CHICKENの唄と共にいる。時に寄り添われ、時に手を引かれ。彼等と、こんなに長い付き合いになるとは、想像もしていなかった。というより、実際のところ、そんなに長い年月が経った気もしていない。悲しい別れや、心を踏みにじられるような辛い出来事も経験したが、その時々に、彼等の曲に力を借りながら、何とかここまで生きてきた。
 
 しかし、友人の卒業宣言を機に、湧き上がる疑問があった。
 私は、確かに、BUMP OF CHICKENに、すでに相当な力を借りている。貰いっぱなしにするつもりはなく、返す心づもりはあるのだけれど、おそらくこれからも、力を借りてしまうだろう。
 それって、成長してないということだろうか。
 甘えてるんだろうか。依存しすぎなんだろうか。努力が足りないのか。
 何故、自分の力で生きていけないのか。
 これじゃ、ダメなんじゃないか。
  

 2019年11月3日。東京ドームへ向かう私の心は、決して晴れやかではなかった。ライブに参加できる喜びと、ツアーaurora arkが終わる寂しさ。加えて、こんなに素晴らしいものに出逢えて、沢山の力を借りながら、まだ求めている自分への、嫌悪感や惨めさのような気持ち。いろんな感情が入り乱れながらこの日を迎えてしまった事への、申し訳ない気持ち。
 
 ライブが始まってしまえば、もやもやした思いは吹き飛んだ。全身で彼等の音楽を浴びた。ある曲では拳をあげ、ある曲では静かに聴き入り。
 そして、ライブ中盤、通称「恥ずかし島」なるサブステージで、『ダイヤモンド』が演奏された。BUMPとの出逢いのこの曲は、私の中で核のような存在になっており、いつ聴いても、心の深いところが動かされる。ギターのイントロを聴いた瞬間、またライブで聴けることのありがたさが、満ち溢れる。
 この日の『ダイヤモンド』では、一旦唄い出した藤くんが、途中で曲を止め、その瞬間に感じた思いを伝えてくれる、という出来事があった。この曲は、20年前に、独りの部屋で生まれたこと。恥ずかし島のステージは、その部屋と同じぐらいの大きさだけれど、今はこうして大勢の人が聴いてくれていること。リスナー一人ひとりの存在の意味。
 改めて唄い出す前に、藤くんは言った。「20才の曲を、20才の俺から」。 

 その瞬間、堰を切るように、涙と共に、思いが溢れ出した。
 走馬灯のように、という感覚を味わったのは、初めてかもしれない。『ダイヤモンド』を聴きながら、これまでBUMPと一緒にいた、いろんな場面が秒速で脳裏を駆け上がる。

 人事異動で、お世話になった人と離れることになり、お礼として贈ったのは『supernova』のCDだったこと。
 母の余命宣告と同時にリリースされた『R.I.P.』。「今年の桜を見たい」という母の願いは叶わず、独りで見た桜。その直後にリリースされた『pinkie』。
 ある恋愛をして、『66号線』に想いを重ねたこと。恋愛が終わり、『トーチ』に想いを重ねたこと。
 BUMPと同時期に出逢い、15年3か月の間一緒に暮らした猫が星になった日は、『ガラスのブルース』がそばにいた。
 大好きな仕事だったけれど、諸事情で続けることが難しくなり、悩みに悩んだ末、所属長に退職を伝えた時は、『GO』が、背中を支えてくれていた。
 その後、必死に生き方を模索しながら聴いた『Aurora』。
 新たな友達ができる度、私なんかでいいのかなと思い、やっぱり聴いてしまう『Title Of Mine』や『ダンデライオン』。 
 他にも。とても書ききれない、BUMPといた瞬間達。
 私は、こうやって、歩いてきた。
 この日の『ダイヤモンド』で、また、力を借りてばかりで弱くて情けない自分を、認めてやろうという気持ちに、なったのだった。図らずも、20年前、独りの部屋で作られ、独りの部屋で聴いた20才の曲で、また、同じように。
 

 東京ドームには、リスナー仲間も大勢来ていたが、その夜は、一人で過ごしたく、すぐにホテルの部屋に戻り、この日の『ダイヤモンド』と、溢れる思いを反芻した。
 私は、BUMP OF CHICKENと、こんなにも一緒にいて、こんなにも沢山の力を借りてきた。でも、実際に、いろんな出来事を乗り越えてきたのは、私自身だ。私が考え、私が選び、私が動き、もしくは止まり。
 自立というのは、何もかも一人でこなすことではない。それができる人もいるのかもしれないけれど、多くの人は、時には誰かの何かの力を借りながら、生きているのではないだろうか。私だってそうだ。私は、BUMPの唄に力を借りながらでも、自分の足で立っている。時にしゃがんでも、また立ち上がり歩いてきた。それでいいんじゃないか。

 もうはっきりと言える。私は、BUMP OF CHICKENを卒業しない。これが、私の歩き方。
 出逢った季節がまた、巡ってきて、BUMPと私の日々は、20年目に突入した。これからも一緒にいるのだから、これも単なる通過点でしかないけれど、これまでとこれからと思うと、節目だし、堂々と口に出してもいいかな、と今思っている。
 よく頑張ってきたね、私。
 ずっとそばにいてくれてありがとう、BUMP OF CHICKEN。
 少しずつ、借りたモノは返していきたいと思ってるけど、また借りてしまうような気がするけど、ともかく、これからも、よろしくお願いします、BUMP OF CHICKEN。
 
 
 
  
  
 
  
 
 
  
  
  
 
  
 
  

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