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音楽文が世界を変える

音楽との出会いを振り返ると「音楽と言葉」、「書き手と読み手」が出会う必然性を見出した

音楽文に投稿するようになって約1年が経過した。最初のうちはいつか書けなくなる時が来るのだから、書けるうちに書いておこうと気軽な気持ちで始めたのだが、なんだかんだ1年続けることができた。これを2年、3年と書き続けることができるかどうかは不明だけれど、とりあえず1年書けたから達成感はある。
1年続けることができたため、音楽文についての音楽文を書きたくなった。私の音楽と音楽文との出会いについて書き残しておこうと思う。

きっかけはずっと聞き続けてきた音楽について書きたいという気持ちが湧き出たからだ。去年から地元の新聞に時々投稿していて、投稿を重ねる度に音楽について書きたくなったのだ。当初、新聞の読者コーナーに音楽について書いた所で採用されない気がした。(今年の夏、バンプについて触れた記事を新聞にも掲載してもらえたのだが。)時事ニュースについてなどの意見が多く、新聞は何となくお堅いイメージがある。どこかに思い切り音楽について書けるところはないかなと考え、検索して見つけたサイトが「音楽文」だった。

見つけた瞬間、ここなら好きなだけ音楽について書けそうだと高揚感が襲って来た。他の人の音楽文をじっくり読んでしまうと無意識のうちに真似してしまう可能性もある。私は書き手になりたいが故に、読み手になることを極力控えた。音楽文に限らず、本なども買っても読まないという場合があったりする。本当はとても読みたいのに、言い回しなどを真似してしまうことが怖くて、あまりじっくり文章を読めない。たくさん読みたいのに多くは読めないというジレンマの元、書き手を続けている。きっと中には書き手と読み手をバランス良く両立している人もいると思う。私はそういう人に憧れる。もちろんどちらか一方でも音楽文に関っているだけで、十分意義はあると思うのだけれど、やはり書き手と読み手を両立している人がいるなら、尊敬してしまう。

音楽文の読み手の多くが音楽文というサイトに関して肯定的に捉えているようだが、音楽文自体がプロのライターが書いたようなレビューばかりではないため、中には否定的に捉える人たちもいるかもしれない。しかし仮に否定的な人がいたとしても、音楽文に関して意見を持てるということは逆になかなか読んでくれているということになるため、熱心な読み手になっているということになる。本当に音楽文に関心のない人なら、否定さえできず、完全にスルーするはずだから。否定的な意見だとしても、関心を持ってくれるということは音楽文が存在する上で、重要なことだと思う。共感や馴れ合いばかりではなく、それは違うとかもう少し改善すべきとかはっきり意見を言ってくれる存在もサイトが成り立つ上で、大切な存在だと思う。音楽文ファンだけでなく、アンチ音楽文のような存在も音楽文がより発展する上で必要不可欠だと言える。

書き手の立場としては、本来ならブログなどに書いた方が確実に発信できるし、好きなことを好きなだけ好きなように書けるから、音楽文に投稿する時はいつだって緊張する。そもそも掲載されるかどうかとか、あれは書いて大丈夫だっただろうかとか掲載してもらえるまでは冷や冷やする。私の場合は今回も含めて、基本的に書きたいように書いているため、掲載されなくても仕方ないと半ば諦め気味に書いている。けれど時間と労力をかけて書いたものが掲載されるとやはりうれしい。いつも主観的に書いてしまっているため、これは書いても大丈夫なんだとかこういうのはセーフなんだなと掲載される度に確認することができる。そういう点で、好き勝手に書けるブログなどよりは認めてもらえた気がして、書き甲斐がある。

投稿することによって、今日掲載してもらえるかなという期待感と不安感をもらえて、何でもない日常が特別な日に変わる。掲載してもらえると個人的なアニバーサリーが増える。音楽文は平凡な日常にサプライズを与えてくれるサイトだと思う。ある意味、自分の音楽についての思いを告白する場所でもあるから、掲載してもらえると告白を受け入れてもらえた気がして、恋が成就した気分にさえなる。言ってしまえば、投稿文はラブレターを書いているようなものかもしれない。書きながら心がときめくことが多いから。

月間賞形式も書き手としてはやる気につながるだろう。しかしまずは掲載されるかどうかが一番重要であり、ひとまず掲載されれば、それだけで幸せを感じられる。多くの反応をもらえるとよりうれしいけれど、たったひとりでも読んでくれる人がいれば書き手としてはありがたい。掲載されないとしても、一度は音楽文担当の人に読んでもらっていることになるから、アクセス数が少ないブログなどを書くよりは意味があるかもしれないと思っている。

さらにコメント機能もうれしい。例えば昔よくあった風船を飛ばすイベントで風船に手紙や花の種をつけて飛ばして、何ヶ月も過ぎた後に見ず知らずの人から手紙が届いた時のようなうれしい気持ちと似ている。コメントをもらえると真剣に読んでもらえたんだと幸せな気持ちになる。まず書く段階で、好きな音楽と向き合って救われて、自分の思いを発散できて、それだけでも心が軽くなるのに、さらに言葉をもらえるともっと救われた気持ちになる。変なこと書いてしまったかもしれないけれど、書いて良かったかもしれないと安心できる。多くの人には届かなくても、誰かの心に届くものを書けたらいいと思いながら書いているため、その願いが叶った気がして、うれしくなる。音楽と出会って、リアルでは出会うことのない人たちの言葉と出会えて、そんなことを繰り返しているうちに好きなものがどんどん増えて、惨めな気分でいることの多い自分を肯定できることも増えてきた。

ここはひとりで抱え込んでいた行き場のないどうしようもない思いや、良い感情も悪い感情も含めて大抵の感情を受け止めてくれる場所であり、それほど寛大なよろず相談屋的な個々人の気持ちをひたすら聞き続けてくれるような場所はなかなかないから、私も含めて、はまる人は多いと思う。どんな音楽の聞き方をしても、どんな捉え方をしても、どんな感想を述べても否定されることなく、音楽を聞く人を肯定してくれる場所だから、音楽をこよなく愛する人たちにとっては楽園だ。既成概念にとらわれず、そういうのもありだよねと寛容に認めてくれるため、様々な思いを持った多くの人たちから支持されるのだと思う。

ここで一旦、音楽との出会いの話をしたい。私の音楽との出会いはおそらく10歳の頃に始めたピアノだと思う。妹の方が先に習っていて、自宅に電子ピアノを買ったから、お姉ちゃんもやりなさいというように親やピアノの先生に勧められて、嫌々始めることになった。私は幼い頃から何かになりたいとか何かを習いたいと思ったことが一切なく、無気力というか諦め癖のある性格だった。他人から勧められるとなおさらやる気が失せ、ピアノの教本(バイエル)が分厚いからやりたくないとかどうしようもない理由でごねて、ひたすら拒否し続けたのだけれど、先生が薄い教本もあるから大丈夫と他の教本を持って来たものだから、断れなくなってしまった。最初は嫌々だったのに、ある程度、楽譜を読めるようになったり、弾けるようになると楽しいと思えるようになり、いつしか妹よりもピアノにはまっていた。小学生の頃は昼休みなど、音楽室のピアノを借りて友達と一緒に連弾して遊んでいた。以前、音楽文に書いた暗い中学生時代でさえ、合唱コンクールの伴奏を引き受けた時はとても充実感があった。つらい時、ピアノの曲を聞いたり、弾いたりすれば心が癒された。

中学生時代とは打って変わって、高校生時代は楽しい学生生活だった。特に音楽面において、かなり恵まれていた。時代は1998年~2000年。CDが売れまくっていた時代である。ビッグアーティストが名を連ねた時代で、今振り返っても、もうあんな華やかな音楽時代は二度とないだろうなと思うくらいである。個人的には音楽界におけるバブル時代だったと思っている。Mr.Children、B’z、THE YELLOW MONKEY、GLAY、L’Arc~en~Cielなどのロック、宇多田ヒカル、安室奈美恵、浜崎あゆみ、椎名林檎、aiko、Every Little Thing、Kiroro、SPEEDなど歌姫と呼ばれる女性ボーカルの面々。そしてアイドルとしてはSMAP、KinKi Kids、モーニング娘。など。それから小室ファミリーに、ゆず、19と言ったフォークデュオなど、ありとあらゆるジャンルの音楽が混在していたのに、すべて売れに売れた時代である。むしろあの時代、売れない音楽の方が少なかったくらいだと思う。

そんな時代、私は高校生だった。文芸部という部活に所属していた。主に文化祭と年度末に冊子を発行するだけで、他の運動部などと比べたら活動らしい活動はしていなかった。先輩方は音楽が大好きな人たちだった。部費でCDラジカセを買ってしまう強者で、部室にはずっと音楽が流れていた。中学生時代は聞くことを頑なに拒んでいた邦楽に私は完全に目覚めてしまった。浜崎あゆみが好きな先輩、DA PUMPが好きな先輩、それから何と言ってもhide with Spread Beaver好きの先輩。先輩方はhideの曲が一番お気に入りだった。おかげで、私もhideが大好きになった。ろくに活動はしないで、カラオケに連れて行ったりしてもらった。先輩から楽しい音楽遊びを教えられたおかげで、高校を卒業するまで、週1程度で友達とカラオケに通っていた気がする。ゆずが大好きな友人、スピッツファンのクラスメイト、Dragon Ashが好きな男子、それにCoccoを教えてくれた友人など…。誰にでも好きなアーティストがいて、いつでも音楽の話に花が咲いていた。

そして私は流行り物が好きな妹が買ったラルクの『ark』と『ray』という2枚のアルバムによってラルクにも本格的に目覚め、正直、リリースに追いつかないくらい音楽尽くめの生活だった。スピッツの「チェリー」を選曲した合唱コンクールでは伴奏をし、その頃音楽の先生に頼まれて校歌も弾くことになり、そのため体育館のピアノも借りることができた。Kiroroの真似事をして、密かに作詞作曲した歌を歌の上手な友人と一緒に早朝、誰もいない体育館で弾き語りをして遊んだりもしていた。平穏で無邪気な時代だったと思う。21世紀目前の混沌としたあの世紀末の時代、様々な音楽を聞き、それらから刺激を受け、充実した高校生活を送ることができたのは本当に幸せなことだったと思っている。

これが私の音楽との出会いであり、原点でもある。音楽を好きになって、もちろんその後もBUMP OF CHICKENなど他のアーティストも好きになり、今までずっと音楽を聞き続けているわけだけれど、ふと、私は自分の人生において何も残せていないことに気付いた。そりゃあそうだ。夢も目標もろくに持ったことがない人間だから、何かを残せているわけがないのだ。せめて結婚でもしていて、子どもがいれば自分にしか残せないことができたと思えるのかもしれないけれど、それはどうやら叶いそうにもない。ガン検診で引っ掛かったことがあるくらいだし、健康寿命は短いかもしれない。なのに何も残せていない。それに気付いたのは36歳になった頃だった。急に焦り出した。何かをしなければと。このまま夢も目標も何も持たずに、何も努力もせずに、何も残さずに死にたくないと思った。

それで自分に何ができるか考えた。容姿は全然ダメだ。化粧をした所でどうしようもない。婚活もうまくいかない。苦手なことをがんばってもどんどん自己否定に陥る一方で、生きた輝きは残せそうにない。自分の力でどうにかできることがあるとすればそれは文章を書くことだとひらめいた。長時間かけて化粧するより、同じくらい時間があるなら言葉を操って文章に磨きをかけた方が楽しいと思えた。化粧品は扱いきれないけれど、言葉なら少しは扱える気がした。子どもを残せないなら、言葉を残そうと思った。幸せを感じることが少ない人間で、自己否定に陥ることが多い人間だからこそ、自分にしか書けないものがあると思った。病気の家族と同居していると、病人を刺激しないため自由に会話もできない。テレビや音楽のボリュームもかなり抑えている。思い通りにしゃべれない分、けっこうストレスがたまる。だからひたすらタイピングしてしまう時がある。抑圧されている分、しゃべるように、書きたくなってしまう。語彙力とか表現力は乏しいかもしれないけれど、そういう技術面は二の次で、自分が思ったり感じたりしたことをすべて吐き出そうと思った。生きた証を残したいと思った。

そもそも何かを残そうと考える時点で贅沢なことかもしれない。何も残さずに、残せずに死んでしまう生き物だってたくさんいるのだから。欲張りかもしれないけれど、残したいと願ってしまった。書き残したところで、死んだら持っていけるものでもないのに。日記も書いているけれど、読み返すわけでもなく、ただ記録しているだけだ。いつか本を作れたとしても、自己満足に過ぎなくて、あの世までは持って行けない。なのに何かを残したいと願ってしまうなんて、人間は本当に欲深い生き物だと思う。あの世に持ってはいけないけれど、この世の誰かに託すことはできる。自分の言葉をこの世に残すことはできる。

それが自分にとっては新聞だったり、音楽文だったりするのだ。新聞もデジタル化されていて、過去の記事が残る仕組みになっているらしい。音楽文もサイトが運営されている限り、おそらく掲載された記事は一定期間残るだろう。自分が死んでも残せるなら書いてみようと思った。どうせ書くなら、好きなもの、好きなことを書きたい。一番好きなのはきっと音楽だ。音楽はライブなどで誰かと一緒に楽しむこともできるし、たったひとりで孤独な夜もつらい時もただ聞くことができる。テレビや本と違って、見なくてもいいから、何か作業をしながら聞くこともできる。街には自然と音楽が流れているし、映画やドラマでも音楽は重要なポストを担っている。

私はどちらかと言えば正統な音楽文ではなく、変わり者のため異端な音楽文を書いてしまっているかもしれない。他の人よりライブにも行けていない分ライブレポもあまり書けないし、それほど音楽用語に詳しいわけでもないため真面目な考察もできておらず、独自の音楽文しか書けていないから。しかしどんな状況においても音楽という存在がこの世の中にあるわけで、人間の感情に寄り添ってくれるわけで、平和な時も、震災の時も、映画やドラマを見ても、本を読んでいても、ただ歩いているだけでもいつでも側に音楽が溢れているから、音楽について書きたくなるのだと気付いた。書かずにはいられない。

端的に言えば、この世の中は音楽で成り立っているから、何を書いても結局は音楽でまとめたくなってしまうのだ。音楽が世界を作っていると言っても過言ではないだろう。つまり音楽文は世の中を動かすことができる、退屈な世界を変えることができる場だと思うのだ。だから音楽文というサイトが存在することはとてもありがたいことだ。多くの人に愛され、時には否定されながらも、末永くこのサイトが続くことを願うばかりだ。

つまり音楽文は私にとって、書きたい欲求を満たせる場であり、文章を鍛錬する場、新たな物語をイメージする場でもある。書いているうちに音楽をさらに味わいたい欲求も生まれ、いろいろな欲求を満たしてくれる場所だ。音楽好きの物書きにとって、これ以上しっくりする場所は他にない。

音楽文は書き手と読み手の交流の場であると同時に、いつでもどこでも音楽が鳴り響くこの世界を担う存在になり得るだろう。音楽は世の中と戦うための必須アイテムであるとも思う。音楽や言葉が人の心を動かすことがあるように、音楽文を通して人生をより良いものに変えることができる人たちが増えればいいと思う。少なくとも私は音楽文で人生が変わった気がする。音楽文を書いている最中に思い付く物語が増えたから。音楽文を書かなければ書けなかった物語があり、思い付かなかった発想や考えもある。音楽を考察する場のはずなのに、なぜか自分の人生を考察する場になっている。断片的ではあるものの、人生を振り返ることのできる場所だ。音楽文の書き手にならなければ、自分の人生を振り返ったり、夢や目標をみつけることもできなかったかもしれない。

読み手の人には書いてみることをお勧めしたい。自分の可能性に気付けるはずだから。昔と比べて書ける人が増えているのではないだろうか。おそらくPCやスマホが普及してSNS等で発信する機会が増えたから、自然と文章を書く癖がついている人が多く、書けないと思っている人も、実は以前と比べたら文章をすらすら書けるのではないかと思う。

音楽文にはまだまだ無限の可能性が秘められている気がしてならない。いずれ書籍化なんていう企画が出たら、個人的にはうれしい。むしろ費用は個人負担でもいいから、文集のような形で掲載文を本にしたいと考えている人が私以外にもいたらいいなと思う。音楽と共に生きた自分の人生の軌跡を残せたら最高だ。

結論、音楽文は読み手と書き手という人間同士の出会いの場であり、知らなかったアーティスト、音楽、はっとさせられる思考や言葉とも出会えるサイトである。
もしかしたら好きなアーティストの目にも留まっているかもしれないと思うと、ドキドキする。そんな夢を見させてくれたり、人生観を変えてくれるサイトがここにある。

月に1、2回投稿というマイルールが崩壊してしまって、投稿頻度が多くなり過ぎたから、少し考えなければいけないと思っている。しかし今年は自分の好きなアーティストのリリースラッシュでどうにもならなかった。セカオワ、HYDE、バンプ、フジファブ、それに追いつかなくて書くことはできなかったものの、ラッドにCocco、スピッツなど音楽との出会いが多すぎて、良質な音楽が豊作すぎてマイルールが守れなかった。
ストレスも多かったのかもしれない。音楽文と向き合っていれば、気分転換できたし、現実逃避できたから。イヤなことがあった日、好きな音楽を聞いて、自分の言葉を見つける作業を繰り返しているうちに、リラックスできた。音楽文と向き合うということは自分に対する癒しでもあった。

いつか自分が死んでしまって、何も書けなくなっても、ここに書いた言葉が代わりに生き続けてくれる。(音楽文が運営され続けて、過去ログも残っていればの話だが。)
直接会えなくても、言葉を介して知らない人や雲の上の存在のような人にも会える。言葉が自分の代わりに会ってくれて、死んでからも「はじめまして」することができるかもしれない。
ここは夢のある場所だ。あの世ではなく、この世に天国が存在するなら、音楽好きにとっては、ここ「音楽文」がリアルな天国と言えるだろう。
音楽文を生み出してくれた方々に感謝したい。

音楽文の書き手のことを、書けてすごいと思う読み手もいるかもしれない。もちろんライブレポートやレビューなどをプロ並みに書ける人もいるから、そういう人は私もすごいと思うけれど、たぶん一番すごいのは音楽だと思う。こんなに多くの人たちに何かを感じさせ、考えさせ、書く原動力を与えてくれるたくさんの音楽がこの世の中で一番偉大な存在だと思う。素晴らしい音楽が溢れているこの世界に生まれて良かったとつくづく思う。これからも音楽が途絶えることのない世の中であってほしいと願う。

太古の昔、誰かが喜びや悲しみなどの心を表現するために楽器とも呼べないような何かで音を鳴らして、それに合わせて誰かかが共感、共鳴し、おせじにも上手とは言えない鼻歌を歌い出して、いつの間にか素晴らしい楽器の数々が作られ、いまだに残るクラシック音楽や名曲、歌が生み出されて、それが今も受け継がれていて、新しい音楽がたくさん生まれて、音楽の歴史は更新され続けている。

時代と共に言葉はどんどん変わって、私はいつも思うのだけれど、日本で言えばいつどのタイミングで古典の「いとをかし」な古語が消えたんだろうとか、「ござる」とか江戸時代のような言葉が失われたんだろうなと不思議でたまらない。絶対、過渡期があるはずで、最後までその時代の言葉をしゃべっていたのは誰なんだろうとか気になって仕方ない。今となってはネット用語なんていうのも当たり前のように使われていて、私は全然時代に追いつけない。けれど、誰かとコミュニケーションをとるためには、その時代時代に合わせた言葉を習得しないといけない。

つまり何を言いたいのかと言うと、言葉は時代と共に変わるかもしれないけれど、例えば扱う道具はモリやヤリなど原始的なものから、PCスマホなんて革新的すぎるものに変わったものの、根本的に人間の感情は太古の昔から変わっていないはずなのである。どんなに便利な道具に人間が支配されようとも、喜怒哀楽という基本的な感情は残っているし、失ってはいけないものだと思う。悲しい時は泣くし、嫌なことがあれば怒るし、愛を求めたり、好きな人に思いを寄せたり、そういう基本的な感情は変わっていないはずで、そんな変わらない、変わってはいけない人間の心にずっと寄添う役目を果たしてくれているのが音楽だと考える。

そんな人間にとって必然的に必要な音楽が今の時代の言葉と出会って、音楽文が生まれた。音楽を聞き音楽文を読む人、音楽について思いを語りたい書く人が出会って、それぞれの心を救ったり、救われたりしながら、それがまた新たな音楽を生み出すきっかけにもつながっているとすれば、それってものすごい奇跡的なことなんじゃないかと思ったりする。個人が熱くちょっとつぶやいたものが誰かの心に響いて、新たな芸術のヒントになったりしたら、最高だ。だから音楽文ってすごい。人の心を動かすことができるなら、つまりは本当に世界を変えることだってできる。

私は音楽文と出会って以来、更新される平日の夜が楽しみになった。別に自分が投稿した時だけではなくて。仕事が終わった後にコンビニで眺めるご褒美スイーツのような感覚で、更新された音楽文のタイトルを見るだけで、ちょっと心がワクワクする。渇いた心が潤う感覚がする。

今日もまた誰かの熱い思いが込められた音楽文がきっと誰かの心に届く。どこかの誰かの元から放たれた手紙付きの風船が、別のどこかの誰かの心にふわりと舞い降りて拾われる、そんな奇跡が日々繰り広げられているのかもしれない。そんなことを考えると音楽文が愛おしくなる。この音楽文というサイトのおかげで音楽が人と人をつないでくれる体験を実感できたことを私は生涯忘れないだろう。

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