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受験鬱の心臓から花が咲いた話

星野源『POP VIRUS』の思い出を振り返る

大学生になって初めての年末が近づいてきた。ふと一年前に思いを馳せてみる。
高校三年生、受験の年。忘れもしない、僕の人生最大の地獄の日々。
受験期なんて誰にとっても地獄だろうが、僕の地獄は少し違った。とにかく勉強に集中できなかった。模試の試験用紙に向き合っていても、全く関係のない考え事が次々頭に浮かんできてしまう。精神科で聞いたところ、医療用語では脳内多動と言うらしい。
そんなものだから高三になっても成績は右肩下がり。めきめきと力をつける同級生達の姿が目に入るたびに、なぜ自分はただ問題を解くという行為すら普通にできないのかと落ち込み、次第に朝起きられなくなったり、突然動悸が激しくなったり、確実にストレスが精神と体を蝕んでいった。劣等感、孤独感、自己否定が自分の中で渦を巻き、土交じりの血液が心臓からめいっぱい押し出されて体中を巡っている感じが常にあった。気分転換に聴いていた音楽すらも耳に入れるのが苦痛になり、夜は心不全のような気持ち悪さに呻きながらブレーカーが落ちるように眠る。そんな日々だった。

年も暮れてきたある日「神社にドライブに行こう。」と父から誘われた。僕の実家は車で行ける距離にそこそこ有名な天神様がある。学業向上のご利益があるので、合格祈願に地元の受験生は皆よく訪れる。
いい気分転換だ。たぶん他の場所だったら行くという選択は出来なかったが、合格祈願という名目なら後ろめたさ無く勉強から逃げられるぞ。そんなことを思いながら行くことにした。
ドライブのお供にと、購入してからずっとパッケージを開けないままだった星野源のニューアルバム『POP VIRUS』のビニールを破いた。本当は受験が終わってから開こうと思っていたのだが、そんな受験生の鑑っぽい縛りなど結局僕には無理だったのだ。剥ぎ取ったビニールを少し乱暴にゴミ箱に捨てた。
その日は空一面雲が覆っていた。鼠色の空がなんか今の自分の精神状態に近い気がして、皮肉なものだなと思った。
家を出発し、カーオーディオにCDを挿し込んだ。

次の瞬間、源さんの声が全身を包んだ。暗い部屋でギターを抱えながら、でもじっと前を見据えているような、まっすぐと響く声。「朽ち果てても彷徨う」「闇の中」今の自分に近いところにある言葉たちが次々心の中に入り込む。
MPCのリズムが始まり、電撃のようなシンセサイザーが体を貫き、何層にも重なったストリングスが波のように頭に押し寄せた。
思わず「すげぇ」と呟いていた。一曲目にして表題曲『pop virus』は一瞬で僕を受験の憂いにまみれた世界の外へ連れ出した。

二曲目は、誰もが知る代表曲『恋』。イントロからドラムの一音一音が全身を震わせる。例のダンスがすっかり染みついた僕の体は勝手に動き出していた。
何度も耳にしていてすっかり聴き飽きたはずなのに、なぜか今すごく楽しい。全身で音楽を感じたのが久しぶりだったからかもしれない。耳の中でしか鳴らないイヤホンよりずっといい。カーオーディオのすばらしさを実感しながら、助手席で腕を動かしまくった。

その次の曲『Get a Feel』は完全に僕の音楽的性癖にドストライクな曲だった。コードが一つ進行する度に、耳の奥で快感が揺れた。
思わず体が動いてしまう16ビートのリズム。心地が良くて明るい曲調。だがしかし歌詞には暗さがちらほら見え隠れする。「頭抱え 耳を塞げ 頬濡らせ 痛みを」今の自分を言い当てるような言葉群に少し驚くも、それはドラムやホーンのグルーヴですぐに昇華してしまう。暗い感情を、励ますでもなく、明るく転換するでもなく、そのまま16ビートに乗っけて歌い上げる。そしてその歌を聴いている間は、暗いままの心が幸福に浸る。音楽の不思議な力にすっかり魅了されていた。

源さんがこのアルバムの制作に入る前、すごく病んでいたことは知っていた。音楽シーンの第一線に出てきて遭遇したクソみたいなあれこれや、最悪な経験等。それらも投影されて作られたのがこの『POP VIRUS』というアルバムだという。しかし彼はそんなネガティブなものをこんなにも無理矢理感無くポップにアウトプットしてしまうのだ。
ほんと、泣けてくる。ただでさえクリエイティブな作業は孤独で苦しいもので、それでいてさらに芸能界の汚いものにも襲われて、でもこんなに明るくて心温まって楽しいものを世に出してくるのだ。きっとその笑顔の裏にはたくさんの傷跡が隠れているはずだ。そんな中でも、誰かの救いになる曲をいっぱい作ってくれている。受験期の僕の苦しみも大概だと思ってはいるし比べるようなものではないが、苦しみの中で頭を抱えながら自分と戦い何かを生み出している彼の様子を想像するだけで、ほんと泣けてくる。彼のクリエイティビティには本当に頭が下がるし、病み期の自分にとってすごく励みになった。

CDは『肌』『Pair Dancer』と続き、その次の『Present』ではすっかり感情移入してしまいまた目頭が熱くなった。今のどんよりとした空模様のようなダウナーな曲調に「拭き取れぬ雨」などの悲しげな歌詞が浸みこむ前半部分。でも曲が進むにつれて曇天は薄らいでゆき、雨は乾きだし、「雲が避けて 陽の光が 辺り照らす」大サビへとつながっていく。受験が全部終わった後に聴いたら大号泣ものだろう。そこからの『Dead Leaf』『KIDS』『Continues』『サピエンス』久しぶりに聞いたカップリング曲から、今まで聞いたことないような源さん最先端の曲まで、そのディスクにしかない魅力が存分に僕の鼓膜を揺らした。

次の曲は『アイデア』だ。フル版を初めて聴いたのは確か8月だったか。初めて聴いたとき「この曲は自分の受験生活のテーマ曲になるんだろうな」と感じたのを思い出す。ファンとしてはおこがましいが。
マリンバ、ピアノ、ストリングスのみずみずしい快感が耳を包むイントロに始まり、朝露がきらめくような生活描写と、そこに現れる「涙」や「哀しみ」や「塞ぐ影」を前に「アイデア」をもって進んでいく爽快感がたまらない一番。
「虚しさとのダンスフロア」「独りで泣く声」「喉の下の叫び声」など孤独と狂気を孕んだ歌詞が、心の奥底から湧き出る黒い何かに似たシンセのノイズと響きあう二番。
そして曲は、初期の源さんを彷彿とさせるような、あたたかい弾き語りへと移り、ラストの大サビで壮大な紙吹雪が眼前に浮かぶような大団円を迎える。
この曲が高校三年受験期真っただ中の僕の心にがっちりはまった。
一番のような、生活の一つ一つに血肉が通い潤いのある世界がいいと望んでいる。そして二番のようにどうしようもなく暗くて孤独で死にたくなるほど狂った世界に現状いる。弾き語りのパートのような温かみのある穏やかな時間を過ごしたい。もし受験期を終えても僕の集中力の無さにはこれからも苦労させられるに違いないだろうが、でもそれを抱えながらも、周りの楽器が最高潮のグルーヴで感情のままに美しく鳴り響くような世界に生きていたい。
改めてカーオーディオで聴いて、本当に涙がこぼれるかと思った。運転席の父親にばれるのが嫌だったから頑張ってなんとか我慢したが、曲が持つ本当に大きなエネルギーに感動させられたのは紛れもない事実。たぶん受験期に限らず、人生のなかでもかなり大切な曲になるなということを再認識した。

CDも終盤。『Family Song』『Nothing』と感動的な二曲が続き、いよいよ最後の曲だ。…もう最後の曲である。
そう思った瞬間、寂しい雰囲気が急に吹き飛んだ。印象的なアクセント五発。タップダンスのようなリムショットを挟んで最後の曲が始まった。すべての曲を終えた後の後夜祭の壮大なエンディングテーマとでも言おうか。その空間は星のようなものがキラキラと輝き、周りではここまで登場したあらゆる楽器たちが走り回って踊っている。途中にはピアノとギターのめちゃめちゃかっこいいソロも入り、『アイデア』でできた大団円のさらに一回り大きい大団円へと向かって走っていく。
なんて音楽は気持ちいいんだろう。心の底から思えた。
サビの最後には「笑顔で会いましょう」という歌詞がある。まるで誰かが自分に言ってくれているような錯覚を覚えた。源さんの声に違いないが、声をかけてくれたのはまた違う人な気がした。この受験を越えた先に待っている誰かなのかな。判然としないがその人は確かに、大きな花のような笑顔で「Hello」と言っていたと思う。アルバムの最後を飾る曲の名は『Hello Song』だ。

車は天神様に到着し、お参りを済ませて、父としばらく境内をぶらぶらした。木々の葉も参道の石も濡れていて土汚れが目立っていた。ふと空を見ると一面の曇り空。結局晴れてはくれなかった。お天道様はいつも空気を読んでくれない。しかしふと、朝に見た鼠色よりも明るくなっていることに気づいた。CDのパッケージの背景と同じ、白色だった。

車に戻りもう一度CDを手に取る。
パッケージでは、土でできた心臓から赤と青の花が咲いていた。
なんだか全く同じものが自分の中にもあるような、そんな気がして、ずっと眺めているのをやめられなかった。

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