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「運命」でも「天命」でもなく、『宿命』を歌う

私にとって完璧だったOfficial髭男dismの、心臓の音が初めて聴こえた音楽

「ただ宿命ってやつをかざして 立ち向かうだけなんだ」

Official髭男dismは、勝者だ。ここまで歌い上げて、才能がないといえば嘘になる。音楽界から早くに目を付けられ、今はもうチャート・イン常連として日本のポップミュージック界で高らかに音楽をかき鳴らしている。誰もが「ヒゲダン」を知っていて、渋谷でも新宿でも池袋でも、イヤホンから漏れる無数の音楽の渦中に彼らの曲が入り交じっている。
それでもこんな曲を歌うのか、と私は初めて『宿命』を聴いた時に思った。

米津玄師の『LOSER』、RADWIMPSの『会心の一撃』のような曲は、私たちリスナーの心を共振させる。なぜかといえば、これらの曲が描く主人公というのは「生きづらい世の中で必死にもがいている」からだ。現実と理想の狭間で何かを掴もうと手を伸ばし、走り、息が切れ、コンクリートの地面に熱くなった身を投げ出し嗚咽しているような人間たち。つまりこの世界の大多数であり、表現することや働くこと、人生そのものの終わりなき疾走者(ランナー)。そんな人間たちを焚きつけ、もう一度地面から這い上がらせるための曲が、才を持つ人間により音楽として表現される。私たちはその音楽を経口摂取し、エネルギーにしてエンジンをふかす。
そんな曲こそがリスナーの共感を生むのであり、同時に私たちの為の曲を彼らクリエイターが創ることは、互いの心の距離をも近くする。こんな泥くさい曲を、大勢に愛される才能人でも創るのか、と。
むしろ、才能人と呼ばれる彼らの原始的な姿はこの凡人ともいえる姿なのだろう。花開く前の彼らのツボミのような曲。そう思うと、ぐっと曲への愛おしさも深まる。挫けそうになった時には何度も聴いた、愛すべき曲たちだ。

Official髭男dismには、ある種の完全性を感じていた。どこにも隙がなく、どこにもだれた部分がない。曲にも、彼ら自身にも。私が彼らの曲を初めて聴いたのは『Tell Me Baby』。こんなにも洗練された音楽を創れるアーティストがいるのか、と驚いたと同時に、アーティストとしての人間味ともいえる「音としての抜け」がほとんど感じられなかった。何度聞いても完璧で、パーフェクトなのだ。未来からやってきた音楽性がはるかに進歩した宇宙人アーティストが、タイムスリップして現代人と偽り曲をリリースしているといってもいいくらい(アーティスト名もなんだかそれっぽい)。
冗談はともかく、Official髭男dismというアーティストは私にとってはそんな印象だった。もちろん、褒めているし愛している。けれどやっぱりどうしても、彼らは私の中では生身の距離が遠くなるほどに完璧すぎるのだった。

そんな時に『宿命』を聴いて、頭の中で大きな破裂音がした。『宿命』というのだから、才能を抱く人間がその才能に苦悶しながらもどう世界に表現して生きていくか、多くの色が見える画家がどうキャンパスを彩るか。宿命というのは凡人と才人の境のことを言っていて、彼らは才人の苦悩を描いたのだろう――という憶測をして聴いたところ、なんと、破壊的に「泥くさい」曲だった。そう、彼らは「私たちを歌っていた」のだ。

「奇跡じゃなくていい 美しくなくていい
生き甲斐ってやつが光り輝くから」

「奇跡」や「美しさ」ではなく、「生き甲斐」を光り輝かせる。
彼らの音楽はいつだって奇跡的で、美しかった。それこそが才能だ。けれどこの曲の云う「宿命」とは、毎日を懸命に生きて人生を身ひとつで闘うことを意味していた。
当然、生きていれば様々な場所で蔑ろにされ屈辱も味わうこともあり、自分自身の存在意義に迷ったり苦しんだりもする。自分のとりえとは一体何なのだろう、と思ってしまう夜が必ず来る。同じ場所に留まって這いつくばり、日進月歩のスピードでじりじりと這い上がっていく様は、劇的なものと比べ美しいか否かでいうときっと美しくない。

彼らはそれを「宿命」と言った。自分に負わされた命だ。
弱さかも知れないものに言霊のような名を課し、あえて力強く歌う。そうすることで、本当の強さになる。いつか「宿命」を受け入れ、唯一無二の輝きとして生きていける日まで。

宿命なら背負わなきゃいけない。宿命なら、最後まで闘いたい。
そんな風に思わされる力がこの曲にはあって、それをヒゲダンが歌うことで胸の中にいる彼らの距離がぴったりと抱擁するまでに近くなった。彼らの体温を感じて、音楽をかき鳴らしたばかりで激しく鼓動を打つ心臓の動きまでしっかりと感じることが出来た。

ヒゲダンの心臓の音が聴きたい。
『宿命』で、言葉通り心臓を鼓舞された。今、血液は激しく巡っている。
身体じゅうの血液がいい感じに循環して、とても気持ちがよく、何かを始めてみようかな、と前向きな気持ちになれた時、彼らの曲を聴きたくなる。それは単純に彼らの曲が「良い曲」だからで、それ以上の気持ちは正直、今までなかった。
それが、『宿命』を聴いて変わった。この曲は私の心臓の近くにある。私がうずくまった時、一緒に苦しんでくれる曲だ。

「緊張から不安が芽生えて
根を張るみたいに 僕らを支配する
そんなものに負けてたまるかと
今 宿命ってやつを燃やして 暴れ出す」

弱さかもしれない。けど歌えば強さになる。
――宿命か。俄然、走る気がわいてきた。
音楽を吸った心臓は、もう赤く燃え上がっている。

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