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狭い座席と広い空、流れ星の正体は

一人ぼっちの私と、BUMP OF CHICKENがくれた唄

11月の下旬のある日の夜。
私は友人と別れて1人で歩いていた。
所用で東京に2日間いて、ひたすら歩き回っていた私はくたくたに疲れていた。
行きも帰りも夜行バス。流石に疲労が溜まっている。
友人は仕事の都合で新幹線で帰らなければならず、行きは友人と一緒で楽しかった夜行バスの旅も、帰りは1人なのでただ眠るだけ。
友人を東京駅で見送った私は、夜行バスの乗り場に向かう為にひたすら歩く。

何気なく空を見上げた。天気予報は雨だったけど、結局予報は外れて昼も夜も東京の空は晴れていた。
見上げた空は果てしなく広く見えて、私は足がすくんでしまった。
東京の空は狭いなんて誰かが言っていた気がするけど、そんなの嘘じゃないか。
急に息が苦しくなった。その場にしゃがみこみたくなった。
耳を塞いで目を閉じて、体に飛び込んでくる情報を全てシャットアウトしたかった。
だから慌てて私はイヤホンを耳に押し込んで、何でもいいからと適当に音楽をかけた。
流れてきたのはBUMP OF CHICKENのバイバイサンキュー。
多分aurora arkツアーの東京ドームで聴いたのが忘れられなかったからだろう。
思わず苦笑いした。

「ひとりぼっちは怖くない」

自分がその時言い聞かせたかった言葉だったから。

そう、私は見上げた空にお前は一人ぼっちだと言われたような気がしていた。
何を馬鹿みたいな事をと思われるかもしれない。
知らない街で知らない道で、知らない空。
普段見上げることのない場所から見上げた空は広くて、今にも私を飲み込もうとしているような、私みたいな小さな存在は消されてしまうんじゃないかと怯えるような、そんな感覚に震えていた。
要するに心細かったのだ。
早く逃げたかった。
私は1人じゃないと言い聞かせながら足早に夜行バスの乗り場に向かう。
いつもBUMP OF CHICKENの藤原基央は、ライブの度にこう言ってくれるのを思い出した。

「君達が1度でも僕らの曲を受け取ってくれれば、その曲は君の傍にいる。それを忘れないで」

この言葉を何度も反芻して言い聞かせて飲み込んで、私はようやく目的のバスに辿り着く。
座席に座り込んだ時には、心身共に疲労が限界だった。
もう帰りは眠るだけ。心は相変わらず苦しいけど眠ってしまえばそれも消える。
もうさっさと寝てしまおう。
そう思った時、耳元のイヤホンから優しい唄が聞こえてきた。
BUMP OF CHICKENの流れ星の正体だ。

いつも聴いてる唄なのに、その時の私は何故かじっと耳を澄ませてこの唄を聴いていた。
一言も歌詞を聴き逃したくなかった。

流れ星の正体は、雑誌の連載で藤原基央とリスナーとのやり取りが重なった事で生まれた楽曲だ。
本当に突然この唄は私達に届けられた。
初めは藤原基央の弾き語りという形で。
それはまさに流れ星のようだったのを覚えている。

そんな経緯で生まれた唄だったから、私は勝手にこの曲に特別感というか、特に傍にいてくれてるように勝手に思っていた。
いつもいつも聴いているのに、あの日狭い夜行バスの座席で聴いた流れ星の正体は、いつも以上に優しかった。

11/4東京ドーム。
BUMP OF CHICKENのaurora arkツアーファイナルとなった公演に私は足を運んでいた。
今年社会人となった私は仕事で責任に潰され、ミスの連続で心は重くなって精神的にボロボロだった。
あぁ、生きるってこんなに大変なんだなーと他人事のように思った事も何度もある。
そんな状態で聴いたライブでの流れ星の正体は、あまりにも私に力強く語りかけてきた。

流れ星の正体ラストにこんな歌詞がある。

「太陽が忘れた路地裏に 心を殺した教室の窓に」
「逃げ込んだ毛布の内側に 全ての力で輝け 流れ星」

何で知ってるの。何で私が部屋の隅で、布団の中でやり場のない思いを抱えて泣くしかなかったことを、何で知ってるの。
何度も聴いてきたはずなのに、ライブでこの唄のこの歌詞を聴いた時に全部全部見抜かれた気がした。
全部知ってるよと言われたような気がした。
藤原基央の叫ぶような歌声に私はただじっと立ち尽くして涙を流すしかできなかった。
右腕には光を放っているPIXMOBがある。
私はここにいると右腕をあげたいのに、涙がどうしても止まらなくて、ただじっと聴くことしかできなかった東京ドームの夜。

よく藤原基央はライブでは1対1の気持ちで歌ってるとMCで言っているが、正直私はその感覚を掴めずにいなかった。
だけど、あの東京ドームの夜で私はその感覚に陥った。
そこにいるのは私とBUMP OF CHICKENだけ。
私とBUMP OF CHICKENの音楽だけ。

「お互いに あの頃と違っていても 必ず探し出せる 僕らには関係ない事」

この部分が歌われている時、肩をぐっと掴まれたような気がした。
目を真っ直ぐ見られているような気がした。
全部知ってる。私がボロボロになっているのも全部知ってる。
どれだけ傷だらけになっているかも知ってる。
けれど。けれどそんなのは関係ない。
だってここにいるじゃないか。
この場所に立っているじゃないか。
傷だらけでもここに立っているじゃないか。
流れ星の正体はそう私に言ってきていた。
そんな気がしただけ、だけど。

強すぎるぐらい真っ直ぐに語りかけてきた東京ドームでの流れ星の正体を知ってる私だから、夜行バスの中で聴いたこの唄にまた驚いた。
東京ドームでは肩をぐっと掴まれてたとしたら、その日は隣に座ってただ傍にいてくれてるだけのような感覚だった。
ただただ寄り添ってくれていた。
1人って怖いよね。寂しいよね。
ぽつんとそう話しかけられてるような。
分かるよ。
そう言ってあとは黙ってただ隣に座ってくれてたような気がした。
東京ドームでの夜は怖いぐらい真っ直ぐに語りかけてきたのに。
お願いだから、君がここにいる事実を忘れないでと瞳を真っ直ぐ見てきたのに。
逃げ出したくなるぐらいだったのに。

今度は苦笑いではない笑いが出た。
どうしてこんな場面によって聞こえ方が違うんだろう。
本当に音楽って面白いな。
流石に私の心情を見抜かれすぎだ。
夜行バスの窓から、私はそっと空を見上げた。
今度は恐怖を覚えるほどの孤独を感じなかった。

結局、流れ星の正体って何なのだろう。
リスナーとBUMP OF CHICKENとの絆?
BUMP OF CHICKENが私達にくれた唄?
答えなんてないのだ。
人によって答えは変わる。その答えはその人だけの物だ。

東京から帰った私はまた日常に戻っていて、日常の中でも変わらず流れ星の正体は鳴っている。
そういえば、この曲のMVも誰かの日常で鳴っているようなそんなMVだったのを思い出す。
他の人の日常ではどんな風に鳴っているのだろう。
それを知ることはどうやっても出来ないけど。

空を見上げるのは癖になっている。
あの日以来、空を見上げて孤独は感じない。
あんなに広く見えた空だけど、私の傍には音楽がある。
BUMP OF CHICKENがくれた音楽がある。
私が彼等からしっかり受け取った音楽がある。
これからも孤独に襲われることはきっとあるだろうけど、その度にきっと助けてくれる唄があるのを知っている。
あの日掴んだ流れ星の正体は、私だけのもの。

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