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2017年7月18日

佐々木慎之輔 (40歳)

定刻通りに愛を51回生みなおす覚悟

道重さゆみ 「SAYUMINGLANDOLL~再生~」

もう愛しかない。
今自分がいるこの空間には愛しかない。

公演を観た誰もがそう思ったのではないか。
そう思えるすばらしい時間だった。

ファンひとりひとりと”さゆ”の間で交わされる、愛の強さと密度で、本当に会場の東京コットンクラブははちきれそうだった。

ただ、そう感じるのは、僕が彼女の「再生」を待ち焦がれていたファンのひとりだからだと思っていた。そして200人弱のキャパシティの会場に来ているお客さんの大半が、全員そうだからだと思っていた。

事実、今回の「再生」公演には背景となる物語がありすぎる。

13歳からひとつひとつ積み上げてきた約12年間のモーニング娘。としての物語の中で、道重さゆみは尻上がりに伝説化・神聖化されていった。そしてその絶頂で、ばっさりと、完全に、ファンの前から消えてしまった。

ファンにとって道重さゆみの喪失は、”喪失感”と呼ぶには生やさしすぎる、物理的な痛みをともなう欠落であり断絶になったと思う。

しかもその断絶は、彼女のファンであればあるほど、必然性が理解できるものだった。

モーニング娘。こそが彼女が人前に立つ”理由”であり、文字通り半生を賭けてきたすべてであり、その稀有な一途さと真摯さこそが彼女を伝説たらしめた源泉だった。

それゆえにモーニング娘。を卒業した後に、彼女が復帰する理由もなければ目処もないという結論に至らざるを得なかった。理解が深いほど絶望は深く、確信も強かった。すくなくとも僕の周りではそうだった。

だから、2年の完全な沈黙と断絶を破る、

「お久しぶりです。

更新、、、してみた。」

は、突然の福音であり、奇跡だった。

あのたった18文字のブログが、どれだけファンの心を歓喜でぶん殴ったかわからない。
僕はあのブログをいつ、どこで、何をしている時に読んだかを、今でもはっきり覚えている。そういう人は多いと思う。

そんなたくさんのファンの強い喜びと思いが、2行のブログ更新をTwitterのトレンドに押し上げ、世界中に響き渡らせたのだろう。

12年積み重ねられてきた物語と、絶望的な断絶と、再生の奇跡を経て、道重さゆみがまるで手が届きそうなところに立って、歌って、踊っている。

それがファンにとっての 「SAYUMINGLANDOLL~再生~」である。
あまりにも強い物語であり、間違いようがない物語だ。

道重さゆみがつみあげ続けてきたファンへの愛と、その愛の真摯さを理解するファンからの愛のお返しが約束された場所であり、それが理想的に結実した幸せな時間だった。

だから、とても深く感動し、満たされた気持ちになった。
の、だと、当日は思っていた。
そして終わってしまってからしばらくも、そう思っていた。

でも、サントラを買って帰って何度も聴き、自分で体感したすばらしい公演を頭の中で何度も反芻し、そして 「SAYUMINGLANDOLL~再生~」が全部で51公演も行われ、のべ人数で武道館を埋めるほどの人に届いたという事実を知るうちに、実はそう単純なことではなかったのではないかと思えてきた。

断絶した瞬間には、再生する理由も動機もなかった彼女が、本来しなくてもよかったはずの再生を果たしたのは、自らを表現する術を見つけられたからではなかったか。そしてそれは、まさしく「再生すること」そのものだったのではないか。

真摯な生と、だからこその必然的な断絶。惰性とは程遠い、真の「再生」の物語。それを普遍化すること。それをショウとして再現すること。繰り返し表現してもそれが嘘にならないこと。その条件が全て道重さゆみの元にそろい「SAYUMINGLANDOLL~再生~」の元にそろったことで実現した、普遍的で必然的な表現だったのではないか。

「SAYUMINGLANDOLL~再生~」は、「再生」、ひいては「生きること」と「生きなおすこと」という普遍的なテーマを、これ以上ない説得力をもって体現する、道重さゆみにしかできない表現だったのではないか。

だから、僕はあんなにも感動したのではないか。
僕が元から道重さゆみのファンだったこととは関係なく、本当に稀有ですばらしい表現を体感できたから、あんなにも感動が深かったのではないか。

そう思えてきたのだ。

”ここで ここでわたしは強くなる
ここで ここで絶え間なく生きる
わたしの答え”
「わたしの答え」より

この公演のために書き下ろされた一曲「わたしの答え」で、彼女はファンのために過ごす時間、ステージに立っている時間、ファンと時間を繰り返しともにすることが、生きることだと宣言する。

道重さゆみはモーニング娘。在籍時、なかなか歌とダンスで評価されなかった。アイドル活動の核であるライブパフォーマンスでメインを張れない時期が長かった。キャリア最終盤に「リーダー」という役割を得て、元から持っていた「モーニング娘。愛」が目に見える形で花開き、それはパフォーマンスにも明確に表れていたが、卒業後にソロで歌手として成立するかと言われれば、すこし難しいように見えていた。

だからこそ彼女がステージに立つことには意義がある。
というか、意義が必要になる。

彼女は歌がうまくて、歌に自信があって、物理的な響きのよさや、音程の正確さ、テクニックを魅せられるわけではない。そのためにステージに立つわけではないし、それだからステージに立てるわけではない。

ファンのために、ファンに愛を届けるために、得意でない歌を歌いに、あえてステージに上がる。自動的な動作ではなく、毎回、毎回、ファンのために、生まれ直すのだ。それは、2年半の断絶を超える時も、前回の公演の終わりから、次の公演の始まりを迎える時も、同じなのだ。

「SAYUMINGLANDOLL~再生~」が51回も繰り返されたのは、その繰り返し自体が「再生」を表現しているからだ。それこそが彼女の決意であり、表現なのだ。

公演は定刻に始まり、定刻に終わる。
そしてまた定刻に始まる。
彼女はステージで絶えることなく繰り返し生まれなおし、自身のすべてをもって再生を表現し、会場をファンとの双方向の愛によってうめつくすのだ。

”いつになるか知らない再開を
大好きのまま待ってくれたから
伝説なんてあと100万個
一緒ならつくれそうよ”
「true love true real love(とぅるら とぅるりら)」より

彼女はこの後も”100万回”ファンとともに再生し続ける覚悟を持っている。それが自分の生き方であると覚悟し、その思いを無限の愛としてファンに伝えている。

その生き方そのもの、その捨て身の表現そのものが、感動的だったのだと思う。僕が元からファンだったという贔屓目なしに、活動再開した道重さゆみはすごい。
本当にすごい。

誰にとっても意義のある「再生」という普遍的なテーマを、”ファンのために再生し続ける”という愛と覚悟と生き方によって、唯一無二の説得力で表現できるアーティストになったのだと思う。

「SAYUMINGLANDOLL~再生~」の公演自体は終わってしまったが、サウンドトラックは検索すればネットで購入できる。

サントラを聴くだけでも彼女が全身で体現した愛と再生の物語を体感することができる。

13歳から28歳まで、愛されることと愛することに全力を注いできた一人の女性の、全身全霊をかけた再生の物語を、ぜひ多くの人に体感してみてほしい。

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