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新荒川大橋と一角獣

「吉澤嘉代子のザ・ベストテン」は何故、凱旋公演でなければならなかったのか

2019年11月30日、埼玉県川口市「川口総合文化センター・リリア」で行われた吉澤嘉代子の凱旋公演「デビュー5周年記念 吉澤嘉代子のザ・ベストテン」。コンサート最後の曲を絶唱する魔女見習の頭上には、息を呑む程うつくしく輝く星空があった。

今回のコンサートが開催された埼玉県川口市は、何を隠そう吉澤嘉代子の地元だ。「地元」という言葉の響きには懐かしさやノスタルジーを覚えるが、彼女にとって川口は懐かしむだけの場所ではない。小学5年生から学校に行くことを止めてしまったことや、デビュー前に川口駅前で路上ライブをしていたことなど、彼女にとって簡単に語れない沢山の意味があるのが川口という街だ。そんな川口で吉澤嘉代子が記念すべき5周年のコンサートを開催するということで、2019年11月最後の日に、彼女のファンが全国各地から川口を訪れていた。

今回のコンサートに合わせて、会場すぐそばにある川口市立中央図書館には吉澤の推薦本コーナーが設置された。各図書に彼女の推薦文が書かれ、その中には「魔女図鑑」や「ぶらんこ乗り」など、彼女の楽曲制作に大きな影響を与えた本も展示された。コンサート前に沢山のファンがこの図書館に集まり、図書館の一角に作られたコーナーを思い思いに撮影しながら、吉澤嘉代子の制作の原点とも言えるようなこの場所に想いを馳せていた。会場に足を向ければ、コンサートグッズの先行販売の列が入場開始時間になっても途切れず、コンサート開演直前になってもグッズ購入の列がホールロビーの2階にまで達していた。開演時間が近づくと、ホールには影アナによる注意事項のアナウンスが流れ出す。4人の別の声が代わる代わる話す構成になんとなく違和感を覚えていると、アナウンスの最後にこの声の主が吉澤の父、母、祖父、祖母によるものだったことが明かされ、会場からは驚きの声が上がる。コンサートが始まる前から既に、沢山のファンや地元所縁の場所、さらには彼女の家族までもが今回のコンサートを楽しみ、盛り上げようとしていることが伺えた。

定刻を少し過ぎた頃、暗転と共に聞き覚えのあるBGMがホールに流れ出す。タイトルの通り“あの”国民的音楽番組を彷彿とさせるオープニング映像が流れ出すと、サポートミュージシャンが一堂にステージに上がる。吉澤と同世代のハマ・オカモトや弓木英梨乃、大先輩である伊澤一葉など、彼女のこれまでの音楽活動を支えてきたメンバーが顔を揃える。ただ一人、今日の主役である吉澤嘉代子の姿が見当たらない。そんな中ステージ上の画面に映し出されたのは会場ではない場所で串カツを頬張る吉澤の姿。川口駅前からの生中継として画面に登場した彼女は、自身にとってゆかりの場所である居酒屋「たぬき」の串カツを食べ終わると、デビュー前と同じように川口駅前のデッキで、さながらストリートライブのように「未成年の主張」を歌い始める。いつしかその映像は吉澤が歌いながら会場へ走り込む内容に切り替わり、最後は会場後方の扉から吉澤が颯爽と登場するという実にユーモラスな演出。吉澤嘉代子らしい喜劇性が存分に発揮されたオープニングからコンサートが幕を開ける。

今回の「ザ・ベストテン」は吉澤のコンサートでは定番となっていた演劇調の体裁を取らず、吉澤嘉代子がありのままに歌い、ありのままに話すという形で進められた。彼女は決しておしゃべりが得意なほうではなく、だからこそ普段は演劇調で「ガチガチに固めて」(と、本人自ら今回のコンサートで話していた)ステージに挑んでいるのだが、今回はそういった形を取らなかったことで、彼女の素やありのままが曝け出されていた。その象徴的な出来事として、MCの途中に吉澤が足元のストラップを何度も付け直していた姿が、このコンサートに対する彼女の自然さを表しているようで印象に残っている。

ファンからの楽曲投票を基調に選曲されたセットリストは、序盤は煌びやかな恋心について描かれた楽曲を中心としたパートからスタート。続けざまに吉澤のアルバムでは恒例となった「食べ物ソング」を一挙に歌ってしまう「たべものメドレー」が披露されたと思っていると、さらに吉澤の十八番である物語調の楽曲を立て続けに披露するパートなど、様々な特色を持ったパートから構成される。吉澤嘉代子という音楽家が持つ音楽性の幅広さ、多面性を証明するような構成だ。

中盤からは所縁のある著名人から「生中継」という形のリクエスト曲からも披露された。リクエストをしたのは共に楽曲を制作した盟友、岡崎体育。お世話になっている事務所の先輩である阿部真央。業界を超えた友人であり、自身のミュージックビデオにも出演経歴のある吉岡里帆。ドラマ、そしてこの冬公開となる映画主題歌にも吉澤を抜擢したバカリズム。そして吉澤が敬愛して止まない、彼女が音楽を志すキッカケとなったサンボマスター。吉澤嘉代子のこれまでの5年間の活動に多大なる影響を与えた5組の友人達による楽曲リクエストはそれぞれに思い入れあっての選曲だ。その理由を話す友人たちを画面越しに嬉しそうに見つめ、ひとりひとりとのエピソードを笑顔で語る吉澤の姿が印象深い。

ファンからの楽曲投票、そして友人達からのリクエストによって構成されるセットリストは、結果として代表曲のつるべ打ちのような選曲となった。それは「吉澤嘉代子の集大成」でありながらも、極めて「外に向かっていった」モノと言えるだろう。

ここまで記してきたことを総括しても、やはりこれまでの彼女のコンサートと比べると実にバラエティに富んだコンサートであったと同時に、彼女にとって集大成のようなコンサートとなったのが今回の「ベストテン」の特徴と言えるだろう。

吉澤嘉代子の集大成のようなコンサート、と聞くと、昨年東京国際フォーラムで開催された「吉澤嘉代子の発表会」を思い出す。2日間開催されたこのコンサートは、初日を「子供編」、2日目を「大人編」と題し、吉澤自身の幼少時代から現在に至るまでの「夢」と「現実」を織り交ぜて書かれた脚本を、吉澤が自らの楽曲を通して演じ、彼女自身が持つ「翳り」を昇華させるという、極めて内省的で重いテーマを内包していた。「ベストテン」と同じく「吉澤嘉代子の集大成」でありながらも、こちらは「内側を向いた」モノで、そういう意味で今回の「ベストテン」とは全く対極に位置するコンサートと言えるだろう。

何故彼女は今、地元・川口で、「発表会」とは対となる、こんなにもオープンなコンサートを開催したのだろう。

「吉澤嘉代子の発表会」2日目の「大人編」では、ウィンディという彼女の亡くなった愛犬を介して、「子供の頃の私」から「大人になった私」へと手紙が渡されるシーンで幕を閉じる。

「大人になった私へ
わたしは今、誰かに会いたいのに、
それが誰なのかわかりません。
でも、ほんとうはわかっています。
ピカピカに輝く、未来のあなたに会いたいのです。
そのときは、
どうかわたしを迎えにきてください。」

その手紙を読んだ現在の吉澤は「ずっとあなたに会いたい」と「一角獣」を歌い、「発表会」の幕を下ろす。

「発表会」での子供時代の彼女からの手紙にあった「どうか私を迎えに来てください」という一節。それは川口に住み、川口の図書館で本を読み、川口の実家の工場で魔女修行に励んでいた子供時代の自分自身からの強烈なメッセージであり、切実な願いだ。そんなメッセージを「発表会」で受け取った彼女は、今回の「ベストテン」で子供時代の願いを叶えるために、子供時代の自分自身を、言葉通り川口に「迎えに来た」のだ。

「今日、リリアに来るために川口の街を車で走ってきた。この風景を毎日毎日見てきたなと思った。なんだか、スゴく、寂しい?愛おしい?そんな気持ちになった。」
「私にとって生まれ育ったこの街は怖い気持ちもあった」

「地元」という響きには懐かしさやノスタルジーを覚えるが、彼女にとって川口はそれだけの場所ではない。彼女にとっての川口という街は、沢山の思い入れがある街であると同時に、明るいだけではない過去がこびりついた街でもある。

「でも、今やっと帰ってくる場所になったんだ」

バラエティ豊かな演出。自分自身の自然体なありのままの姿。自身のファンや友人達によるリクエスト。外を向いたセットリスト。自身をよく知る友人のサポートミュージシャン。支えてくれる所縁の場所や家族。それらは吉澤が今、子供時代の自身に見せたかった景色だ。学校に行けず、ただひとりで本を読み、サンボマスターの歌に感動したあなたを、今こんなにも沢山の人達が支え、応援している。きっと吉澤は、過去の自身にそんなうつくしい景色を見せたくて、だから彼女は5周年記念のこのコンサートを、川口という街で開催したのだ。

今回の「ベストテン」でも吉澤は、アンコール最後の1曲として「一角獣」を歌った。その頭上には息を呑むほどうつくしい星たちが散りばめられていた。

「一角獣」を歌う直前、彼女はこんなことを話す。

「新荒川大橋を歩いている時に、誰かに無性に会いたくなったのだけど、その人の顔が浮かばなかった。でもずっとそんな誰かに恋焦がれていて、それはきっと未来の自分なのだと思った」

その言葉は「発表会」で子供時代の吉澤が大人になった自分自身に宛てて書いた手紙の内容そのものだ。「一角獣」という曲そのものが、子供時代の彼女が新荒川大橋を渡っていた時に感じた、大人になった自分への想いをそのまま楽曲にした曲だ。「一角獣」は、物語でも無く、フィクショナルな登場人物がいるわけでもなく、他でもない吉澤嘉代子自身の歌だ。そして「一角獣」を歌う彼女の頭上に広がった星空は、彼女が子供時代に新荒川大橋から見ていた景色なのだ。

地元・川口でのこのコンサートの最後、来年5月5日「こどもの日」に東京・日比谷野外大音楽堂でワンマンコンサートを開催することを彼女は発表した。子供時代の自身と共に新荒川大橋を渡り、サンボマスターのライブを見て音楽を志した日比谷野音のステージに、吉澤嘉代子は立つ。子供時代からの夢を、子供時代の自身と共に叶えるのだ。

夢を叶えることは難しい。しかしそれ以上に、過去の翳りを清算することは難しい。生きれば生きる程、その思いは僕の中で強くなるばかりだ。そんな中でそのふたつを叶えようと歌い続ける吉澤嘉代子が、僕は眩しくて仕方がない。僕も彼女のように、過去の自分が憧れるような夢を叶えたい。死にたくて仕方がなかった過去の自分自身を、大人になりたくて仕方がなかった過去の自分自身を共に迎えにいけるような、そんな大人になりたい。そう強く思わされたコンサートだった。

野音のステージに立つ彼女の頭上にはきっと、本物のうつくしい夜空が広がっていることだろう。

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