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彼方の友へ

L'Arc~en~Cielとリスナーコミュニティに育てられた20年を振り返る

音源を聴いてその素晴らしさに鳥肌がたつ。圧巻のライブパフォーマンスを前にして胸がいっぱいになる。こういった出来事は、自分は熱心なリスナーであると自負する人にとってめずらしい出来事ではないだろう。けれど、作り手からの発信を受け取るだけでは満足できないほど好きになってしまったアーティスト、皆さんにもいるのではないでしょうか。音楽学者の井上貴子氏はリスナーの進化系として三つの方向性を提示している。一つは、メンバーに対する(擬似)恋愛感情を抱くというもの。二つ目は、コスプレやコピーバンドといった形で、そのアーティストになりきろうとする「なりたい族 (wannabe)」。三番目は、アーティストに関するあらゆる情報を渇望する「おたく」である。日本国内のCDセールスがピークを迎えた1998年、当時小学校低学年だった私は、すでに国民的バンドになりつつあったL’Arc~en~Cielに心奪われ、以来児童期と前期思春期を進化系リスナーとして文字通りラルク漬けの日々を過ごした。徹底的に作品やアーティストと向き合うこと、人を好きになること、その原体験を得た時期だった。
 
この記事では、前述の進化系リスナーの三類型を軸として、L’Arc~en~Cielとリスナーコミュニティの関わりを振り返りたい。あくまで自分語りの域を出ないエッセイなので、安易に一般化できる代物ではないことは百も承知だ。それでも一人のリスナーを取り巻いていた時代ごとの空気だけでも嗅ぎ取っていただき、懐かしんだり、あるいは「いやいや、全然違ったじゃん」とツッコミを入れつつ、L’Arc~en~Cielの楽曲に手を伸ばしてもらえたら、著者としては望外の喜びである。

金なし、ネットなし、ポピュラー音楽の素養なしのジャリンコが進化形リスナーの道を進むのは困難を極めた。メンバーが大好きで、彼らのようになりたくて、彼らのことをもっと知りたい。無尽蔵に湧き出る欲望は、独りよがりの衝動となって明後日の方向へと先鋭化していく。在宅時間のほとんどを作品の鑑賞に投じ、オーケストラスコアばりのパート数のバンドスコアを舐めるように読み込むのは序の口。メンバー入籍の報を聞けば散々泣いたのちに奥様の母校を志望校として中学受験の準備を始め、メンバーが子供の頃に習ったという少林寺拳法の稽古に精を出し、お小遣いをコツコツ貯めては音楽系古雑誌専門店でファンクラブ会報誌『LE-CIEL』のバックナンバーを買い足すという日々を送った。当時の自分にとって重要な選択の多くをL’Arc~en~Cielと関わりがあるかという基準に委ねていたのだ。素朴さ全開である。そんな独り相撲をとっていても、作品の壮大さに圧倒されるばかりで、彼らの楽曲はずっと遠くのものに感じられた。多くの楽器やエフェクトが重ねられたサウンドの制作工程はまったくイメージできず、抽象的な歌詞に現れる「あなた」に誰を代入しても意味を掴めないことに苛立ちは募るばかり。このバンドの楽曲には「花」や「空」といった語が頻出するが、そこで歌われているのは明らかに学級菜園のヘチマやアサガオではないし、光化学スモッグ注意報が頻繁に出される関東平野の黄ばんだ空は作品の世界観とまったく符号しない。そんなバンドと自分との隔たりに頭を抱えていたジャリンコに一本の救いの糸が降りてくる。他のリスナーにつながっている糸だった。

当時はまだインターネット黎明期。回線を引いている家庭も少なく、情報源はもっぱら雑誌だった。とはいえ、メンバーのインタビューに割かれる紙幅は限られており、新譜に込められた思いだけでなく過去の情報に飢えた者には全然足りない。雑誌のページを繰り続けると、巻末にペンフレンド募集コーナーなるものが。「当方○○県在住、○歳♀。2ndアルバム『○○』が好きなラルクファン歴○年です。長く続けて下さる方からのお手紙待ってます。〒xxx…」という具合に、全国津々浦々の猛者たちが他のリスナーとの交流を求め、住所と本名を堂々と紙面に晒していた。早速何人かのお姉さん達にお便りを出し、交流を持つように。小学生の手には届かないライブ公演のレビューや丁寧な歌詞解釈が綴られた年長のリスナーからのお手紙は、情報の宝庫であり鑑賞体験をより豊かにしてくれた。やり取りは情報交換という域に留まらず、時には便箋の余白にメンバーの似顔絵や歌詞の一部を書き連ねることもあって、女児特有のガチャガチャと散らかった交換日記といった様相を呈していた。

「技術革新は戦争によってもたらされてきた」、「エロスへの好奇心こそ成長の原動力だ!」という身も蓋もない言説はおなじみのものだが、私を技術革新に向かわせたのも間違いなくL’Arc~en~Cielだ。2000年問題が世間を騒がせた世紀末、公立小学校のパソコン室にもインターネットが導入され、そこで多くの私設ホームページの存在を知った。公式発表とほぼタイムラグなしに更新される情報、過去のラジオ出演の書き起こし、膨大な量の作品解釈は、おたく心を存分に充足させた。コアなリスナーたちのバンドに対する気持ちは、掲示板への投稿や創作という形でそこかしこで爆発し、「詩掲示板」なるコーナーではバンドの作品のコピーとしか言いようのないほど語彙もリズムも似通った詩が日夜量産されていた。自分も何か書き込んで他の投稿者と交流を持ちたいけれど、おいそれとは入り込めない雰囲気。とりあえず過去ログを読破し、文字通り半年ROMってようやく「既出の話題だったらすみませんが…」と頭に言い訳めいたものをつけて、コミュニティの入り口に立つことができた(これはあくまで当時の私が感じ取った雰囲気と私の意思で選び取った行為であって、誰かに規範を押し付けようとするものではありません)。このオンライン上のコミュニティの意義は、情報量もさるところながら、2001年を境にしてバンドの活動がピタリと止まってしまったときにセーフティネットとして機能した点にあると思う。振り返ってみれば、あのアナウンスなき休止期間があったからこそリスナーは過去の作品とじっくり向き合えたし、メンバーは次作につながるエネルギーを得られたと言えるのだが、当時は「このままバンドはどうなってしまうのだろう」という不安が強くあった。そんな時に他のリスナーとの交流は救いであり、前向きな気持ちで活動再開を待つ力になった。

2年近い活動休止期間を経て、バンド初の代々木第一体育館7日連続公演『Shibuya Seven Days 2003』の開催が発表された。進化系リスナーのけもの道に足を踏み入れて5年余り、ライブレビューを読んでは妄想を膨らませてきたジャリンコも中学生になり、ようやくライブを体験する機会が巡ってきたのである。公演自体も特別なものだったが、リスナーとの交流が手紙やオンラインで完結していた私にとって、活動再開を喜ぶ大勢のリスナーが自分と同じように肉体を持って実在するのは大発見だった。熱気に満ちた館内に一歩足を踏み入れただけで目頭が熱くなった感覚は今でも鮮明に思い出すことができる。それ加えて特に驚いたのは、公演数時間前から会場前広場を埋めたコスプレイヤーの皆さん。ほぼすべてのビデオクリップの衣装が見事に再現されていて、メンバーになりきろうとする気概とそれを形にする手腕に感服した。どの方も写真撮影には快く応じてくれるが、イメージを壊さないようにと極力声を出さないようにしている様子。しかし1公演分のチケットしか持っていないくせに、学校の定期試験期間と重なったことに乗じて連日昼間から会場に出向いているうち、コスプレイヤーのお姉さんたちも少しずつ色々な話を聞かせてくださるようになった(得体のしれない中坊の相手をしてくれたこと、今でも本当に感謝しています)。

その後もバンドはマイペースに活動を続け、現在に至る。その間にオンライン上には様々なプラットフォームが現れては衰退していったが、リスナーたちは色々な場所でつながってきた。私といえば「ラルクしか聴かない!」という原理主義的な信念を解いて、いわゆるオルタナティブロックと呼ばれる音楽に傾倒するようになり、新譜のチェックは続けてもライブからは長らく遠ざかっていた。そんな私を再び公演会場に向かわせてくれたのもまたリスナーコミュニティだった。SNS上で知り合った10歳近く年下の女性リスナーの好意により、昨年末の東京ドーム公演『L’ArChristmas』に同行させていただくことになったのだ。しかも彼女と実際に顔を合わせるのは当日が初めて。お互い本名を明かすことなく、開演を待つ間はずっとバンドの話に花を咲かせ、私が見逃してきたここ数年の公演について詳らかに教えてもらった。公演の途中で休憩が入るようになり、アンコールがなくなっていたとは。その日の公演ではメジャー2ndアルバム『heavenly』収録の7分超えの名曲「静かの海で」が22年ぶりに演奏され、往年のファンを泣かせた。学童期にビデオテープが擦り切れるほど観た1995年の武道館公演の映像と、かつてペンフレンドのお姉さんが語っていた幻想的な情景が、20年越しに私の目の前に広がる。ボーカルのhydeさんは「平成最後のL’Arc~en~Cielを一緒に最後まで楽しもうぜ!」と満員御礼の客席を煽っていたが、平成元年生まれの私のラルク史とリスナーコミュニティ史を回収していくと同時に、これからもバンドとリスナー同士の交流が続いていくことへの確かな手応えを得た一夜だった。

この20年間、L’Arc~en~Cielから受けた影響も凄まじかったけれど、私はこのバンドのリスナーコミュニティに育ててもらったんだなと、出会った頃のメンバーの年齢を追い越してしみじみと感じる。好きなアーティストの数は毎年増えていく一方だが、言葉を介して誰かと作品の素晴らしさを共有したい、楽曲を味わう新たな視点を教えてもらいたいと一番強く思えるのは、いくつになってもL’Arc~en~Cielだ。先日のサブスク解禁の報道に「オリジナルアルバムの意義とは!?」と頭に血が上りかけたけれど、これをきっかけにリスナーコミュニティにさらなる変化が生じていくことに期待を寄せているのも本当。「My Best Hits of L’Arc~en~Ciel」とマーブルペンでラベリングされたMDを蛍光灯にかざしながら、このMDを貸した旧友たちを偲び、これから出会う友に思いを馳せる年の瀬である。

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