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ノスタルジーじゃないアナログの音

山下達郎『Melodies』に込められたもの

今から遥か昔の1983年、中学3年の僕は「高気圧ガール」という、なんとも魅惑的なタイトルが付けられた曲を聴いて、心が踊るような気持ちになっていた。それまで聴いてきた歌謡曲やフォークなどとは全く質感の異なる、芳醇で奥行きのある音響、なめらかで艶やかな歌声、世の中にこんな音楽が存在していたなんて・・・それはまさに未知との遭遇とも言えるものだった。

そのあとすぐに「高気圧ガール」が収録された山下達郎のアルバム『Melodies』を購入し、驚きと喜びは一気に倍増する。世間的に最も知られる名曲「クリスマス・イブ」を筆頭に、全編にわたって展開される、甘く切なく、そして限りなく暖かな音と歌声。まるで夢の国にでも紛れ込んでしまったような、不思議な幸福感に包まれた記憶が鮮やかによみがえってくる。

それから時が経って40歳を過ぎた頃、山下達郎の原点にして本丸とも言える70年代の『CIRCUS TOWN』、『SPACY』、最高傑作の誉れ高い82年リリースの『FOR YOU』と出会い、達郎サウンドは生涯における大切な財産となった。その流れで、中学時代に感じたあの、めくるめく感動を再び味わおうと、散々聴いて知っている『Melodies』をCDで買い直して聴いてみたのである。

ところが、何ということか、あの頃の感動が再び蘇る事はなかったのだ。これがよくある思い出の美化、もしくは音の経年劣化というものなのだろうか、何だか妙に悲しい気分になって、そのCDはお蔵入りとなってしまう。それからしばらく経ったのち、ふと、もしかしたらと思い立ち、実家から『Melodies』のアナログ・レコードを取り寄せてもう一度聴き直してみたのである。

予感は的中した。あの頃の感動を軽く上回る高揚感に驚きを隠せなかった。これは単なるノスタルジーでも何でもなく、それなりにリスナー経験を積んできた今の耳にも、これほどのインパクトをもたらす『Melodies』の素晴らしさに畏敬の念を感じてしまった。考えてみれば、持っている山下達郎のアルバムは全てアナログだったのだ。

僕は専門家ではないのであくまでも仮説だが、アナログを前提として録音されたものをデジタル化することによって、音響に何らかの変化が生じるのではないか。その結果、『Melodies』のように印象が全く異なって聞こえるのだろうと思われる。ジャンルによってはアナログよりもデジタルの方が良くなる音楽も当然あるのだろうけど、山下達郎のように音の響きや厚み、一体感などに重点を置くアーティストは、アナログとの相性の方がいいのだろう。あの夢のようなヤマタツ・サウンドは、アナログだからこそのものなのかもしれない。

ちなみに、僕が所有しているアナログ・レコードとCDの割合はほぼ半々で、臨機応変に使い分けている。利便性は断然CDだけど、マテリアル的には圧倒的にアナログへ軍配があがる。厚紙製の大きなジャケットと、小さく縮小されたペラ紙が入ったプラケースでは比較するのも気の毒だし、紙ジャケ仕様や豪華折りたたみ式デジパックCDも、アナログ・レコードの魅力にはちょっとかなわない気がしてしまう。しかし、肝心の音に関してはアナログの方がまぁ良いかな、くらいの認識しかなかったので、これほどまでの差を感じたのは『Melodies』が初めてだった。
 

少し前、大のアナログ派として知られるクロマニヨンズのヒロトがこんなことを言っていた。

「レコードって凶暴なものなんですよ。生きた生身のゴリラが檻なしでそこにいる感じ」

         (disk union発行フリー冊子「レコードがある暮らし」vol.7より抜粋)

ロック詩人ヒロトの面目躍如、インタビューでも名言連発してます。アナログというと大体において、初版プレスがどうとか、帯がなんだとか、針音がこうとか、そういった単なる骨董品のような扱いをされてしまいがちなのだけど、最大の魅力はやっぱり音、ヒロトが言うように音の生々しさにあると思う。理屈よりも単純にサウンドの快楽を求めるリスナーには、アナログの方が向いているんだろうなと、『Melodies』によって力技で納得させられた思いがする。

そう言えばここのところ、アナログ・レコードを買い求める外国人が急に増えた。ほんの2、3年前までは、そんな奇特な外国人なんてほぼゼロに近かった気がする。おそらく、日本製アナログ盤の品質の良さに加えて、70、80年代邦楽のクオリティの高さがネットの普及によって、世界中のマニアックな音楽愛好家の知るところになったからだと推測される。

その余波なのか、山下達郎を筆頭としたシティ・ポップ系アーティストたちのアナログ・レコード価格が軒並み高騰している。個人的にはそういったプレミアの付いたものはアナログ・レコードに限らず、いくら欲しくても買わないように心がけている。願わくば、アナログ・レコードを純粋に聴くことを目的とした人達が誰でも買えるように、再プレス、再発行を潤滑に行い、中古品は定価以下で流通するような真っ当で健全な音楽市場になってくれることを切に願う。

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