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終点を願っている

"倉橋ヨエコ"だった彼女に想いを寄せる2019年の終わり

悲しい時、嫉妬に狂った時、消えたい時。
いつでも倉橋ヨエコは私の耳元で歌っていた。
 
 

「普通」という言葉の基準はハッキリとは分からないが、私は昔から「普通」の人よりは繊細だったのだろう。
「あなたは赤ちゃんの頃、かかとが割れるんじゃないかと心配になるくらいにジタバタして泣いてたのよ」と母に言われたのを憶えているので、何か大きな出来事があって繊細になったのではなく生まれ持っての体質だと思う。
妹と弟が産まれ成長するに従って癇癪を起こす回数は減っていったが、傷つきやすい体質は変わらなかった。誰かの何気ない一言で数日間塞ぎ込んだり、他人が怒られているのを見ては自分まで怒られているような気がした。ストレスが溜まるとしょっちゅう熱を出した。私を必要としてくれて私を傷つけない相手がほしくて男の人を依存させた事もある。
しかし、口下手ゆえに誰かに不満や悲しみを伝える技術を身につける事ができず、気がついたら18歳の夏を迎えていた。
 
 

ある日、当時付き合っていた恋人の不貞を目撃してしまった。
同じゼミに所属していたため噂が広まるにはそんなに時間を要しなかった。周りの人たちにはたくさん励ましてもらった。
しかし、私は大学に行けなくなった。
周りの人たちの優しさが痛かった。その優しさの中には好奇心も混じっていて、それが酷く嫌だった。そして、それを「嫌だ」と言えずに黙って笑っている事しかできない自分が一番嫌だった。
自分がこんな性格だから必要とされなくなったのではないかと考えるようになり、家の外に出ると自分の欠点を指摘する幻聴が聞こえるようになった。
布団に入ればドス黒い感情が押し寄せ毎日眠れなかった。つらくて叫びそうになるのを必死に堪えた。
その感情を上手く言葉にできず誰にも話せず自分の中で処理しようと葛藤した結果、それは自傷行為につながった。ハサミで手首に赤い線をいくら引いても感情が抑えられなかった日、家族に見つかり叱られ、半年間休学することになった。

家から出る気にもならずずっとネットサーフィンをしていた。
そして、どう言う経緯で繋がったか全く憶えていないが、本当にたまたま倉橋ヨエコと出会った。
 
 

初めて聴いた曲は『流星』。
「ジャズ歌謡」や「シャバダ歌謡」と称される彼女の音楽はお洒落だがどことなく懐かしい雰囲気に感じる。音大を出ている彼女のピアノの技術は卓越していて、細かいパッセージや恐ろしいほどの表現力に思わず聴き入ってしまう。
声も特徴的で力強い低音に鳥肌が立ち、独特の高音が聞き手の脳天を突き抜けるようで、思わずスマートフォンの音量を下げた。
そして何より歌詞が「暗い」のだ。明るい曲もあるが多くの曲のは悲しみ、孤独、嫉妬、厭世観が惜しみなく散りばめられている。

「灰になる もう灰になる
愛することに ただ疲れたの
悲しいと 人は空を見るんですね
ほらね」

曲の冒頭からこの歌詞である。お洒落なボンゴのリズムと明るい歌声にのせてマイナスの感情をストレートに訴えかけてくる。
心臓をぎゅっと握られた気分になった。息苦しいけど聴き続けてしまう。
一体どんな人生を歩めばこんな曲が書けるのだろう。
急いで倉橋ヨエコについて調べたが、彼女はもう2008年に”廃業”していた。私が11歳の頃である。もっと早く生まれてたらと心底思った。もっと私が早く生まれて18歳の頃にリアルタイムでファンになりたかった。
居てもたってもいられず22時に閉店間際のCDショップに自転車を飛ばし、小遣いを叩き人生で初めて自分でCDを購入した。久しぶりに気持ちが高揚しているのが分かった。
 

家に帰り、買ってきたCDを広げ何十曲も聴き漁った。
良い意味で「場末感」があるトラックが心地良い。
異質なまでに明るい彼女の歌声が私と倉橋ヨエコをリンクさせる。
「悲しい」「妬ましい」「消えたい」私が言葉にできない感情を彼女は全部高らかに歌っていた。それが自分の気持ちを代弁しているかのように思えてきて、絡まった毛玉がスルスルと解けていくような感覚だった。解けて整理されて初めて自分の感情が「幸せになりたい」という言葉と一致した気がした。

試しに小さな声で「死にたい」と口に出したら勝手に涙が溢れた。
一度出た涙は止まらず「幸せになりたい」と言ってみても止まらなかった。
家族が起きないように声を殺して泣きながらしばらく彼女の歌声に感情を委ねていた。
 

倉橋ヨエコの『東京ピアノ』というアルバムに『終点』という曲がある。

「同じ景色を見ていたい 同じ絵を見て泣いていたい
夕焼けピンクの空が 葉っぱの隙間で光る頃
ひとりぽっちの風は もう吹かないもう吹かないのでしょう」
「あなたが終点なんですか?私の終点なんですか?
ねぇ、明日も来年も うなずいてくれますか」

自分の人生を委ねて最後まで大事にできる人ができる事は奇跡に等しいのかもしれない。
それでも私は誰かの終点になりたいし、その人が私の終点になってほしい。それは友達でも恋人でも良い。誰かと本気で向き合ってから死ぬのも遅くないかもしれない。
ぼんやりした頭でそう考えた頃にはもう明け方になっていた。泣いてパンパンになった目で久しぶりに朝焼けを見て、こんなに綺麗だったのかと驚いた。
 
 

そこからの毎日も取り立てて変わった事はなかった。外から帰るとベッドから動けなくなったり、不貞の現場を思い出したり、自己嫌悪に陥ると誰かの声が聞こえる気がする生活はなかなか終わらず、復学しても病院やカウンセリングに通ってもしばらく続いた。
それでも、悲しい時、嫉妬に狂った時、消えたい時はいつでも倉橋ヨエコはイヤホン越しに耳元で歌っていた。『盗られ系』も『梅雨色小唄』も『夜な夜な夜な』も『涙は雪で穴だらけ』も、全ては書き出さないが他にもたくさんの曲で彼女の心は叫んでいて、それに共鳴するかのように私も泣いたり憎んだりしてどうにか生きてこれた。
 
 

気がつけばもう22歳の冬である。3年以上付き合っている人がいる。
今までの人生でこんなに人を愛した事はなかった。そして根拠はないが、今後もこの人以上に愛せる人もいないと思っている。22年しか生きていないので何も分かっていないのかもしれないが、今朝彼の寝顔を見た時に漠然と、本当にこの人が終点になる気がしたのだ。

倉橋ヨエコの音楽と4年間を過ごしてきて、なかなか楽に生きられない私は今日も明日も彼女に生かされる。でもそのうち、彼女の曲を聴きながら「こんな事を考えた時期もあったな」と言える日が来たらいいなとも願っている。
それは私だけではなく、私の半身でもある”倉橋ヨエコ”だった彼女にも叶えてほしい願いなのだ。
 
 

年が明け2020年になったらすぐに私は23歳になる。”倉橋ヨエコ”として彼女が生きてきた歳に着々と近づいている。
彼女が今日どこかで幸せに生きている事を、彼女の素敵な終点を、”倉橋ヨエコ”より未来から今日も願っている。

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