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2017年7月18日

イガラシ文章 (25歳)
72
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アンチ・ロック・スターの背中

中田裕二ライブツアー『thickness』東京ファイナルに寄せて

忘れもしない、去年の四月十七日。

誕生日を迎えたばかりでのライブだと言うのにあの人の表情は何処か翳っていて、舞台の上ではいつだって見られたはずのあの眩い程の煌めきが、少しだけ足りないように思えた。

当たり前だ、大切な故郷にあんな不幸があったばかりだったのだから。
 

四月十四日の、熊本地震。
 

ロックスターの涙を初めて見た日から一年と数十日。

私は僅かな不安を抱えて舞台を見つめていた。
 
 

五月末日、三軒茶屋。女子大の講堂である会場は数多くの大物ミュージシャンのコンサートやクラシックの公演も行われるような由緒ある場所らしく、何処か背筋の伸びるような静謐な空気を孕んでいた。

集まった人達もややドレッシーな装いで、ロックバンド出身の男性ミュージシャンのライブと言うよりは、実力派の歌謡曲歌手のコンサート会場のよう。皆自撮りをしたり騒いだりする事もなく、静かに談笑しながらその時を待っていた。
 

私もいつも一緒にライブに来てくれる友達と並んで座り、中田裕二との再会の時を待った。

照明が落ち、拍手が巻き起こる。

「いつも通りのあの人」の姿を求めて、私も舞台の上を見つめた。
 
 

灯りのついた舞台の上には左下に建築現場の足場のような、金属的な階段状のセットが組まれている。頭上には緞帳のような、ヴェルヴェットの赤いカーテン。アメリカのスラム街のキャバレーを想起される雰囲気の中、レトロなブラックミュージックのSEから流れるように出囃子が続く。今回のツアーを共に盛り上げた、中田とは戦友とも言える頼もしいバンドメンバーが次々登場し、音が少しずつ厚みを増してゆく。録音の音源が止み、生バンドの濃密な音が会場に充満した頃、私達のロックスターが満を持して現れた。
 

割れんばかりの歓声を両手を広げて一身に受け、黒地に白い薔薇の花が描かれた派手なセットアップ姿で大股に歩く中田は、堂々とした振る舞いそのままにギターを背負い、徐に弦を弾いた。

その鶴の一声のような音を合図に、曲が始まる。
 

ここまでで私は、今目の前にいるのが去年中野サンプラザの大舞台で涙を流した、あの薄幸そうな男とは別人であると悟った。

私達の中田裕二が、帰ってきたのだ。
 
 

冒頭は最近新調したと言うSGが活躍するアッパーな曲が畳み掛けるように披露される。『femme fatale』や『リビルド』では白いスポットライトと赤い光に包まれ、如何にもロックンローラー然とした振る舞いで魅せる。やり手の演奏者ばかりが集められたバックバンドの盤石な演奏にも負けない、寧ろそれをエンジンとして自分の歌声をどんどんブーストさせていっていると思える程に、曲を重ねる毎に彼の歌声は力強く、そして艶を増してゆく。『リビルド』のサビでスナイパーが狙いを定めるように客席を指差す彼を見ていると、こんなキザな仕草が夢みたいに似合うミュージシャンは、彼の他にいないんじゃないかとすら思えてくる。
 

新境地とも言える『静かなる三日月』ではコーラス隊の軽快なクラップとダンスに合わせて会場がぐっと盛り上がり、かと思いきや『何故に今は在る』では夕暮れの光のような橙色の照明に映し出される等身大の男の姿が切なく狂おしい。音源よりもフェイクが多い歌声からは抑えきれない感情が滲み出し、彼の歌への情熱ともの狂おしい恋心を描いた歌詞が相まって目眩がしそうだった。
 

『灰の夢』や椿屋四重奏時代の人気曲『共犯』の前にはギター担当の平泉光司による流暢な英語のアナウンスが入り、舞台の上はまるでシカゴの劇場のような空間に。中田もギターを手放し、ハンドマイクで舞台狭しと舞い歌う。マイケル・ジャクソンは言いすぎかもしれないが、往年のアメリカンポップスを歌うシンガーのような振る舞いで軽やかにステップを踏み、片足でくるくるとスピンを決め、ふわりとジャンプする。
 

特に『共犯』のヒップホップ調のパートではわざとテンポを外し、椿屋の音源よりも前のめりな調子で歌っていたのが印象的だった。大人の余裕と相反する焦燥感が拮抗し、足元から這い上がるような言いようもないゾクゾク感が背筋を伝う。

同じく披露された『恋わずらい』もそうだが、椿屋の頃の楽曲が今現在の彼の曲の中にごく自然に馴染んでいるのがとても嬉しかった。それどころか彼自身の身の丈に合ったような、当時ロックバンドの楽曲として披露されていたものとは全く違う曲として、あくまで「中田裕二の曲」としてそこに存在しているのが感慨深かった。
 

彼の楽曲は基本的にBPMが低い。ダンサブルでノれる楽曲重視の今時の邦楽の中では少々浮いているのはご愛嬌だし、ロックバンド出身のミュージシャンらしくもない。その事は、椿屋の頃から彼自身も自覚的だった。

しかし、いざライブで披露される中田裕二の楽曲は悉くダンサブルだし、アガるし、紛れもなくロックンロールである。

シンプルでありながら様々なギミックが隠された音に身を任せているだけで楽しく、まるで昭和から平成、グレーの東京の夜からニューヨークのきらびやかで洗練された街並みまで、色々な時代や場所の音楽を一気に浴びているような気分になる。

そして何よりも、ウッドベースやアコーディオン、変幻自在に音色を変えるシンセサイザーなど途方もない広がりを見せるバンドを背負っても尚圧倒的な存在感を放つ中田の歌声と佇まいが凄い。自由自在な表現力と歌唱力、そして観客をいやが上にも踊らせるアジテーターとしての腕前によって、私達はBPMの高さに頼らずとも自ずと狂乱の渦に呑み込まれてゆく。
 

特に驚いたのは、『THE OPERATION』の盛り上がりだった。音源で聴いていた時はもっと大人っぽいスタイリッシュな楽曲のように思えていたのに、ライブで披露されたこの曲は、抜群に穏やかな表情をしていた。穏やかで優しく、ハッピーなパワーに満ちていて、自然と手が上がってしまう。身体が左右に揺れてしまう。隣の見知らぬお客さんとも笑い合ってしまう。これはフェスでも通じるアッパー感なんじゃないかとすら思った。
 

『愛に気づけよ』では客席に飛び出してみせたり、いつもの半ば無茶振りとも言えるコールアンドレスポンス(通称「愛の作業」)は普段以上に弾けていたし、何よりも彼自身の楽しげな表情が印象的だった。『LOST GENERATION SOUL SINGER』での芝居がかったキザっぽい仕草のひとつひとつ、そしてフェイクの多い跳ねるようなボーカル。白とピンクの柔らかな照明に照らされた彼の全てを目に焼き付け、私は心の底から安堵していた。

「私のロックスター」の胸のうちを案ずるなんて、身の程知らずの愚行だったのだ。
 
 

「ロックスターになりたい」と豪語する彼になりたいと、私はずっと思っていた。

当時中学二年生の私にとっては椿屋四重奏の音楽は正にカルチャーショックで、衝撃的としか言いようがなかった。

その頃まだロックバンドの音楽のルーツは洋楽が一般的で、安全地帯やCHAGE and ASKA、THE YELLOW MONKEYなど日本のアーティストや歌謡曲からの影響を憚らず口にする中田裕二が手がける椿屋のロックは、もしかしたら邪道、「ロックじゃない」と言われてしまっても仕方がなかったのかもしれない。

彼はあの頃、世間の潮流に真っ向から喧嘩を売り、闘っていたのだ。
 

私にはそんな彼の姿が、かえってロックンロールに見えた。

彼にとって吉井和哉や玉置浩二がスターであるように、中田裕二は私にとって唯一無二のロックスターになったのだ。
 

今でも支持され続ける椿屋四重奏だが、彼らにとって悔いの残る結末になってしまったのはファンにも周知の事だ。

だけれど、「ロックバンド」から脱皮した今の彼は、確実に世間の認める「ロックスター」への階段をひとつ飛ばしで駆け上っている。

高BPM至上主義のロックシーンを、メロウな音で殴り飛ばしながら、カウンターであり続けようとしている今の彼の姿は、とても清々しい。
 

「俺みたいな音楽をやる奴がひとりぐらいはいてもいいんじゃないか」「もっと売れたいです!」
 

MCの際、まるで憑き物が落ちたような笑顔でそう言い放つ彼は、自信に満ち溢れたような輝きを全身から放っていた。

バンド時代の彼は世間の潮流と闘っていたと先に言ったが、今の彼は無益な争いは好まない。

世間に迎合はしないが対立もしない。自分が信じて作り続ける音楽を愛してくれる人が確実に存在すると言う確信を持っている彼には、一国一城の主の貫禄があった。

今の中田裕二の自信は、決して無根拠な思い込みなんかじゃない。確かな経験と信念に基づいた確信なのだ。
 
 

彼のファンを続けてきて、いつしか私は傲慢になっていたらしい。憧れのロックスターを、見守っているつもりにでもなっていたのだ。なんてバカなんだろう。

自ら最高傑作と称する程のアルバムを制作し、この舞台に立つまでの彼の胸のうちは、結局想像する事しか出来ない。きっと私達には察する事も出来ない程の葛藤や苦しみもあっただろう。

私達は彼についていくしか出来ないのだ。

でも、それでいい。

このスリリングで優しい音に、繊細で艷やかな歌声に、ただただ包まれていればよかったのだ。

彼の歌う姿を見て、私はそんな簡単で大切な事に、やっと気付く事が出来た。
 

お前は黙って俺についてくればいい。
 

スコールのような喝采を浴びる華奢な背中が、そう言ってくれているような気がした。

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