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音楽は”そこ”に在る

〜記録から記憶へ、GLAYが歩む25年の光跡〜

まさに「パブロフの犬」である。
今でこそダウンロードで手軽に音楽が聴ける様になったが、僅かなお小遣い、アーティストが来る様な都市部に出るまで電車で2時間もかかる東北の片田舎に住んでいた私にとっては、テレビの音楽番組、ラジオ、駅前の本屋に並ぶ音楽雑誌が彼らとの唯一の接点だった。新曲のプロモーションのためにテレビ番組に映ろうものなら、条件反射の様にビデオデッキの録画ボタンを押し、ビデオテープが擦り切れノイズがチラつくまで何度も再生しては停め、再生しては停めを繰り返し、一分一秒でも早く彼らが伝えたい詞に込めた想いを掴み取ろうとしていた。

2013年3月30日 GLAY ARENA TOUR 2013 JUSTICE & GUILTY in セキスイハイムスーパーアリーナ。私が自分で稼いだお金で初めて参加したライブである。
”WHO KILLED MY DIVA”から始まったライブ。3曲目の「どうして…どうして…どうして…」の歌詞。学生時代にテレビのスクリーンで見たスーツ姿でクールに演奏していた彼らとは違う、この歌に込められた暑い想いに私はすっかり彼らの虜になってしまった。

GLAYは、1988年に北海道函館市で結成されたロックバンドで、1994年にRAINでメジャーデビュー以降、数々のミリオンヒットを生み出し、1997年に発売された『REVIEW』は累計売上枚数が480万枚を超え、1999年には伝説の20万人ライブを行った、平成の音楽史を語るには欠かせないモンスターバンドである。そんな彼らが今年デビュー25周年を迎えた。彼らは25周年のテーマとして”GLAY DEMOCRACY”を掲げ、初の韓国公演、真夏のメットライフドームと数々のライブを成功に納めて来たが、家庭の事情もあり私が彼らのライブに参加するのは今回のHOTEL GLAYが久しぶりの事だった。今回は、10月に発売されたアルバム『NO DEMOCRACY』を提げたアリーナツアーであり何度もアルバムを聴き込みここ仙台のライブに心してかかったが、百聞は一見に如かずと言わんばかりに、生で見る彼らは私の想像を超えた演奏をしてくれた。

2019年12月8日。会場前の広場は歴代のライブTシャツを着ている人、お揃いのリュックを背負っている人、メンバーの衣装や髪型を真似ている人で溢れており、私はやっとGLAYのライブに帰って来たと言う安心感に包まれた。会場予定時刻の15分前に会場を知らせるアナウンスが流れた。寒空の下で待っているファンのために、いつもの予定時間より早めに会場を開けてくれる。彼らからファンへの思い遣りだ。万全の状態でライブに臨むため、久しぶりに会う友人たちとの会話を早々に切り上げ、私も会場内へ向かう事とした。

開演30分前になると赤い服を着た彼らが登場した。8月のメットライフドーム公演の二日目(悪いGLAY)のオープニングで登場し、ファンを驚かせた偽GLAYの4人である。ここ東北では会場への足や体調面からメットライフドームに行けなかったファンが大勢いたが、丁寧に挨拶を交わす様にライブ時の注意事項を書いたボードとアー写に写っている旗を持ちながら会場内を回っていた。そして、開演を知らせるアナウンスとともに会場が暗転。恋に恋い焦がれ待ちわびた瞬間が来る!

メンバーが拘って撮影したと言う映像とともに”gestalt”が流れ、「Who killled GLAY?」の文字がスクリーンに映し出された。”gestalt”も”WHO KILLED MY DIVA”も私が初めて参加したアリーナツアーのアルバム『JUSTICE』に収録されている曲で在る。初めて参加したライブを思い出し最大限に胸が高鳴っている状況で4人が現れた。

今回のアリーナツアーの中心となるアルバム『NO DEMOCRACY』に収録されている”My name is DATURA”から始まり、”黒く塗れ!”とHISASHIが作詞・作曲した激しいロックチューンが続く。そして3曲目は”Flowers Gone”。何とこの曲は彼らがインディーズ時代に作った曲で在る。ツインギターが織りなすかっこいいギターサウンドと「DESIRE~(DESIRE~),BODY TALK~ (BODY TALK~)」のTERUとファンの掛け合い。会場のボルテージは最高潮に達した。そしてアルバム曲、ライブでの定番となった曲が続きバラード曲へ。TAKURO作曲の”あなたといきてゆく”からTERU作曲の”COLORS”へと続く。

GLAYは常に進化し続けているバンドである。20年前はTAKUROが作詞・作曲した曲がA面を飾り、他のメンバーの曲はカップリング曲の扱いだった。しかし、今となってはTERUもHISASHIもJIROも全員がA面を張れる代表曲を作れる様になりバンドとしての表現の幅も広がった。”COLORS”はTERUだからこそ生まれた歌詞だ。そして、長年積み上げられた曲たちにより誰もが特別だった頃で思い出を振り返り、しんみりした後で笑顔の多い日ばかりじゃないと、1曲、1曲が持つメッセージで心を通わせている様だった。

成長したのはTAKUROもである。『NO DEMOCRACY』に収録されている切ないバラード曲”氷の翼”はTAKUROがジャズを演奏する様になったからこそ生まれた曲である。ピアノサウンドとTERUの切なげな歌い出しからHISASHIが弾く印象的なフレーズとそれをしっかり支えるJIROのベース、TERUののびやかな歌声、そしてHISASHIが弾くギターの音色とは異なり木の温もりが感じられる様なTAKUROのギターの音色。今の4人だからこそ演奏できる旋律である。

次の曲は、会場に居た人全員が衝撃を受けた曲ではないだろうか?
未発表曲”Into The Wild”。サビの部分はすでに車のCMで聴いていたので、その曲の全貌として爽やかな疾走感がある曲をイメージしていた。しかし、この曲は今までのGLAYではない、殻を破った彼らを垣間見せてくれた。単調な様に見えて繊細なベースに折り重ねられる印象にのこる笛の様な音色。HISASHIは時折ギターでここまで表現出来る様な予想の斜め上をいく演奏をするから面白い。そして「Hey now Hey now 知りすぎた Silly girl」と色気を感じさせるTERUの歌声。会場全体がこの未発表の曲がどの様に展開されていくのか固唾を飲みながら見守っていた。そしてサビとともに照明が照らされ、まるで宇宙の様な壮大な空間に包まれた。CDでは聞けない、生の演奏、そしてアリーナツアーだからこそ味わえる瞬間だった。

その他にも定番の盛り上がる曲、王道のバラード曲、様々な曲が演奏されたが、ここ仙台で一番印象に残っている曲は5年前のEXPOでも演奏された曲”Bible”である。8年9ヶ月前のあの日、海が見える小高い丘の上にあるここセキスイハイムスーパーアリーナは海に飲まれた人たちが運ばれる場所の一つだった。
「人生を80年とした場合、人が”笑う”のは平均22時間3分。」
8年9ヶ月の間には悔やみ涙した日もあったけど、GLAYの音楽、そして20周年のライブをこの地でやってくれたからこそ出会えた仲間たちの輪のおかげで今は笑っていられる。この5年間で私が笑った時間は絶対に22時間3分を超えていると胸を張って言える自信がある。

アルバム『NO DEMOCRACY』を聴くと一番最初に流れるフレーズが、反省ノ色ナシの「本日をもちまして いい人を辞めました」というフレーズ。私はこのフレーズはよそ行きぶってカッコつけた姿を辞めて自然体で生きるという事だと思っている。時折、ライブ中に見られるはちゃめちゃな姿ですら愛おしく感じる。8年9ヶ月の間には仙台だけでなく、九州、広島、大阪、北海道、千葉、長野…と大変な思いをした場所がたくさんある。その各地に足を運び音楽を通して絶えず笑顔を届けられていけるのは、25年間地道に音楽活動を続け等身大の音楽を作り続けて来たからこそ為せる事だと思っている。

ところで、音楽は”どこ”にあるのだろうか?
私の場合はGLAYであったが、音楽文を愛読している皆さんにはそれぞれ推しのアーティストがいるだろう。自分の耳で聴き、足を運び目で見て、肌で感じたその一瞬一瞬の記憶が音楽がある場所ではないだろうか。
私がGLAYのライブに足を運んだきっかけは、たまたま雑誌で見かけたバスツアーの案内だった。思い立ったら吉日。気になるアーティストに見に行ける機会があったら是非とも足を運んでみて欲しい。

今回の仙台公演で発表があったが、来年には25周年の公約の一つであるあの『REVIEW』の名を冠したアルバム『REVIEWⅡ』が発売されるという。今回のアリーナツアーで衝撃を受けたInto The Wildが入っているという事で、今から楽しみである。
平成のあの時に一瞬でもGLAYを聴いてみたという方がいらっしゃれば、今のGLAYだからこその演奏を一度聞いてみて欲しい。

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