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フジファブリック 志村正彦さま

悩み抜いたあなたへ 伝えたいこと

拝啓 志村正彦さま
あなたのファンになりたての私が書かずとも、多くの人たちがあなたに思いを伝えたいと思う時期が今年もまた巡ってきました。フジファブリックの音楽をリアルタイムで聞き、フジファブリックの音楽に支えられて青春を過ごしたような人たちにはとても敵いませんが、私は今の私の気持ちをあなたに伝えたくなりました。
フジファブリックメジャーデビュー15周年、あなたが亡くなってしまって10年。節目の年である今年はフジファブリックやあなたに関する番組がTVでも幾度となく放送されており、私はそれらの番組を見る度に、あなたがこの世にはもういないという現実を突きつけられて、どうしようもなくせつない気持ちに襲われるのです。あなたのことを知ったばかりの頃は、まだあなたの死が身近ではなかったのです。あなたのこと、あなたの音楽を知れば知るほど、あなたの死が現実味を帯びてしまって、喪失感が込み上げてくるようになりました。だから私はあなたに手紙を書くことにしました。
去年リリースされた「手紙」という曲がありますが、その歌詞の世界観を拝借すれば、手紙はさよならも言えず突然別れた人にとっては相手に思いを伝える唯一の手段であり、唯一の救いみたいなものなので、あなたが亡くなった時、あなたの存在さえ知らずに生きていて、悲しむこともできなかった私だから今、あなたに対する思いを手紙にしたためて、心の整理をすることにしました。

遅すぎると突っ込まれそうなことを白状すると、あなたの声で歌われた「若者のすべて」は今年初めて聞きました。正確に言えば、リリースされた当時、きっとどこかで耳にしていたはずなのです。けれど、じっくり聞き味わったのは今年が初めてという意味です。
「若者のすべて」だけに抑えておけば良かったのです。そうすればこんなあなたにはまることはなかったのですから。けれど私はあなたの音楽をもっと知りたくなってしまいました。「若者のすべて」というたった1曲で、フジファブリックのファンになってしまいました。好きにならずにはいられませんでした。今年の夏、あなたの夢だったというMステにフジファブリックが初出演し、ご存知かとは思いますが、あなたもちゃんと出演を果たしたのを見た時から私は
<感情の赴いたままに どうなってしまってもいいさ>「TAIFU」
<あふれるエネルギーで 前のめりに走るんだ クラクションの音はもう 気にならなくなった>「星降る夜になったら」
のごとく、フジファブリックの音楽に対する思いを綴り始めました。

「若者のすべて」、「赤黄色の金木犀」についてはそれぞれの思い出ができました。今年の夏と秋はあなたの音楽のおかげで、なんだかとても特別な季節になったのです。別に変わったことをしたわけではないのです。例年通り、わりと孤独な夏と秋を過ごしていて、いつも通りの日常生活を送っていただけなのに、あなたの音楽のおかげで、少し装飾されたような、化粧を施されたような日々を過ごすことができたのです。逆に言えば、あなたの音楽がなければ決して思い出にはなり得ない平凡な日常でした。こんなことは初めてで、思わず「音楽文」というサイトに3度もフジファブリックの音楽に対する思いを置かせていただくことになりました。今回で4度目です。あなたが作ってくれた音楽が、その時々の私の気持ちや言葉を引き出してくれたのです。

正直に申し上げますと、私には元々好きなアーティストが複数存在するものですから、好きなアーティストが増えれば増えるほど、気持ちが追いつかなくてたいへんなのです。自分の体が自分の心、あなたに対する思いを追いかけている感覚さえします。けれど、あなたの音楽を追いかけずにはいられませんでした。以前の音楽文にはもっと早くフジファブリックの音楽に出会っていれば良かった、なぜ当時気付けなかったのかと後悔を綴りましたが、少しだけ前向きに考えを改めました。今の私だからこそ、あなたが築いてくれた当時のフジファブリックに今さら出会えたのだと。

どういうことかと説明すると、個人的な見解なので、間違っていたら申し訳ありませんが、あなたは常に悩み、考え、もどかしく、やるせない気持ちを歌詞に書くことが多かったですよね。「若者のすべて」、「赤黄色の金木犀」の2曲に留めることができなかった私は、『志村正彦全詩集』とフジファブリックのベスト盤のみならず、アルバムをすべて聞いてしまったのです。そこで見えてきたのが、あなたの苦悩する姿でした。
<曖昧なことだったり 優しさについて考えだしたら 頭の回路 絡まって 眠れなくなってしまうよ>「ロマネ」
<チェッチェッチェ うまく行かない チェッチェッチェ そういう日もある チェッチェッチェ つまずいてしまう>「バウムクーヘン」
<捨てちゃいけないもの 捨ててしまったんだ また拾って 仕方ないないないや>「Clock」
あなたが歌詞の中に書いてくれた言葉の数々がすべてすとんと私の心に納まりました。まさに私は今、あなたの言葉の通りなのです。何かと考えることが多く、うまく行かないと思うことも多く、つまずいてばかりで、傷だらけの日常だからです。(たとえ話ではなく、本当につまずくことが多くなりました。)一度手放してしまったものを取り戻したくなる気持ちに襲われることも本当によくあります。

つまりこんな現状だからこそ、今、私はフジファブリックの音楽を欲しているんだということに気付いたのです。遅いなんてことはなかったと。もちろん、あなたが存命だった頃にライブで生歌を聞いてみたかったとか欲を言えばキリがないですが、遅かれ早かれフジファブリックの音楽に出会えたことには変わりありませんから、それでいいんじゃないかと最近は無理矢理肯定するようになりました。そうでも思わないと、後悔ばかり残ってしまいます。もっと良く解釈すれば、やっと自分自身がフジファブリックに追いついたのかもしれません。あなたの音楽は今聞いても、斬新過ぎます。キャッチーなメロディなのに、新しい風を感じます。こんなの今までなかった、知らない世界だと衝撃を受けました。その新しさを当時は受け留める余裕がなかったのかもしれません。

私事にはなりますが、あなたが活躍していた頃、私はプライベートで何かと騒々しい生活を送っており、新しいものを吸収する余力はなかったのです。もちろん他のアーティストの音楽にどっぷり浸かっていたというのもひとつの理由ですが、それだけでなく、心と時間のキャパオーバーというか、生活するのがやっとというような時期だったもので、あなたの音楽の存在に気付けませんでした。今年気付けたということは少しは心に余力が出てきたのかもしれません。またはただの偶然なのか。今年フジファブリックに出会えたのは運命と思いたいところですが。
<「運命」なんて便利なものでぼんやりさせて>「若者のすべて」

ところで、あなたはおそらく目標が高く、もっと良いもの、さらに上を目指して、奮闘したからこそ、思い悩んでいたのだと思われますが、私が惹かれたあなたの良さをこれから列挙します。

まず「夜汽車」を聞く前、歌詞を読んでいる時点で惹かれたポイントとして、これは川端康成「雪国」レベルの文学だと驚きました。念のため「雪国」の有名な冒頭部分を挙げます。
<国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。>「雪国」
この名文に匹敵するレベルの歌詞が「夜汽車」だと思うのです。
<長いトンネルを抜ける 見知らぬ街を進む 夜は更けていく 明かりは徐々に少なくなる>「夜汽車」
川端康成に劣らない情景を鮮明にイメージできる文章力に圧倒されました。川端康成は「雪国」を完成させるまでに30年以上推敲を重ねたそうです。あなたの場合、ほんの数年の間に「夜汽車」だけでなく、数々の歌詞を書き上げたわけですから、それって本当に類稀なる才能だと私は考えます。

「若者のすべて」について書いた時はあなたのことを中原中也のような詩人と表現しました。それは今も思っています。あなたが得意とする呪文のような反復表現、擬音・擬態語や早口言葉のような不思議な言葉、自然を形容する巧みな表現の数々はやはり中也の表現力に似ています。つまりあなたは川端康成のような文豪でもあり、中原中也のような詩人でもあり、わずかな期間の間に、音楽界に文学の風を吹き込んでくれた先駆者のような気がしてならないのです。今、音楽界にはまるで文学としか呼べないような歌詞を書くアーティストがたくさん増えています。今の文学系アーティストの原点があなたのような気がするのです。ちなみに私はフジファブリックを知ったのが繰り返しになりますが、今年のため、フジファブリックが他のリスナーからどう考察されているのかをよく知らないまま、音楽文に投稿し続けていました。後から検索して知りました。あなたが中也に似ているということはすでにネット上にたくさん書かれていて、だから何を今さらと思われるかもしれませんが、その古くからのファンのコメントを知らない状態で、中也に似ていると本当に思ったのです。あぁ、自分が感じたことは他のリスナーと同じだから良かったと安心したくらいです。なので、今回は川端康成という名前を出しましたが、これもすでに誰かがどこかで書いているかもしれませんね。あえて検索はしませんが、とにかくあなたが命を削るように必死に紡いだ詩は文学の塊ですから、音楽界において今でも貴重な財産ですということです。私は元々詩集が好きで、いろいろな詩集を保有していますが、『志村正彦全詩集』が一番の宝物になりました。時々覗きたくなるんです。じっくり読んだり、パラパラ眺めたり、それが楽しいです。

それからあなたが作ってくれた音楽は言葉が印象的なだけでなく、メロディも病み付きになります。一度聞いただけで覚えられるくらいで、頭の中で勝手に再生されてしまうんです。それが最初の頃は初めての経験で、ずっと聞いていたら正気でいられなくなりそうと怯えてしまったのですが、さんざんフジファブリックを聞き貪った今となれば、慣れたのか大丈夫になりました。心地良いくらいです。遠出する時なんかは車の中でひたすら聞いています。前奏、間奏により強調されるピアノとかキーボードの音も効果的なんですよね。歌詞はとてもシンプルなのに、音楽のアレンジのおかけで、ものすごくドラマチックに仕上がっていると思います。だから時々驚くのです。詩集で読んでいるだけの時はえっ、この曲こんなに短いの?と。音がつくと言葉の少なさを感じさせないし、きっとあえて言葉少な目に表現して、音を聞かせてくれるんだろうなと思いました。そこも魅力的です。私はどうしても長く書いてしまう傾向にあるため、短く要点を的確にまとめられるあなたの言葉の選び方に憧れます。もちろんあなたの長めの曲も大好きですが。

フジファブリックにはまりすぎている私は最近、図書館へ足を運んだ際、地方新聞の過去ログから「フジファブリック」と検索して、あなたのインタビュー記事を発見しました。2006年1月の記事です。
「日本人のためのロックと割り切っている。わびさびを大事にしたドラマチックな音を追求したい。」
と答えているものの、フジファブリックの音楽からは、ビートルズなどクラシックロックの要素も垣間見ることができ、洋楽ファンも楽しめるとまとめられていました。つまり邦楽でありながらも、洋楽の要素も取り入れられているため、多くファンを獲得できるのではないかと思いました。だから今でも新たなファンが途絶えないんですよ。むしろ以前よりファンはどんどん増えているはずで、あなたが模索してくれた音楽の方向は正しかったんだと思います。

これはアルバム「FAB FOX」についての記事で、「聞いた人がイマジネーションを膨らませて自分の世界をつくってくれるといいな」、「音楽をやるのは、自分のやるせないコンプレックスなど、言いたいことがあるから。」などとも答えていて、あなたにすぐ伝えたくなりました。あなたの音楽のおかげで、自分の世界のイメージが膨らんでいるし、私もコンプレックスなどたくさん抱えていて、言いたいことがたくさんあるから、書きたいと思っているんですと。あなたの音楽のおかげで、こうして何かを書くきっかけをいただいていますと。

そしてあなたは「手紙」をとても大切にしていたそうですね。2009年3月16日付の「志村日記」をネットで拝見しました。
「手紙を下さい。手紙は勇気づけられます。(中略)一通たりとも捨ててません。家に保管してあります。」
という言葉を読んで、あなたの人柄が分かった気がします。
<実は寂しいだけ 寂しいだけ 相手なんてね いやしない>「Clock」
<誰か僕に 誰でもいいよ 優しくしてくれないかい>「タイムマシン」
「銀河」や「TAIFU」のように他者を寄せ付けないような、一人でも平気みたいなぶっ飛んでいるメロディや歌詞を書くかと思えば、こんな繊細で寂しがり屋で臆病な一面を見せられると、なんだか放っておけなくなるし、共感もしてしまうのです。手紙、誰かからの言葉によって勇気づけられるという気持ちよく分かります。最近分かるようになりました。私も言葉をもらえるとうれしい質で、それに励まされることも増えました。どんなに長々と自分の気持ちを綴っても、自分では自分を救えないことに気付きました。他者からもらう言葉やあなたの歌詞に救われるようになりました。だからあなたの気持ちがよく分かります。あなたが手紙が好きなら、あなたに手紙を送りたいと考えて、今こうして綴り続けています。桜のように簡単に舞い散ってしまうものではなく、あなたに思いが伝わるような愛を込めた手紙をしたためられるように気合いを入れました。作り話ではなく、すべて本当の話、本当の気持ちに花を咲かせて書こうと。

ご存知かと思いますが、あなたが亡くなった後も世界は動き続けているため、様々な出来事がありました。特に個人的に印象深いのは東日本大震災です。2011年の出来事のため、少しずつ風化してしまっているのですが、その震災をきっかけに岩手には漂流ポストという故人宛ての手紙を投函できるポストが作られたんです。もしも距離的にもう少し近かったら、そこに投函したいくらいなのですが、なかなか行くことができないため、今回はここに投函しました。ここは音楽についてファンが思いを綴れる場所なので、もしかしたら、あなたにも届きやすいのではないかと思っています。手紙を大切にしてくれるあなたなら、読んでくれる気がして。

あなたが表現してくれる自然は美しいです。夕日を見れば「茜色の夕日」を口ずさみたくなります。歌詞のモチーフとして多く描かれた「月」を見れば
<三日月さんが 逆さになってしまった 季節変わって 街の香りが変わった>「Anthem」
とか
<この星空の下で僕は 君と同じ月を眺めているのだろうか>「同じ月」
という歌詞がメロディと共に自然と思い起こされます。あなたがどういう意図で歌の中で月を多用したのかは分かりませんが、私は月を偉大な存在と捉えています。なぜなら、あなたが数々の歌の中で思い巡らせた月と私が今見ている月は同じだからです。まさに<同じ月>だからです。当然のことですが、人類が誕生した頃に見た月と現在見えている月は同じもので、質量など多少の変化はあるのかもしれませんが、<同じ月>なんです。ベートーベンの「月光」もドビュッシーの「月の光」も私たちが見ている月と<同じ月>を見て生まれた曲なのです。音楽家に限らず、月は作家や他の芸術家たち、多くの人の心を捕らえて離しません。月はイマジネーションを膨らませてくれる存在ですね。だからあなたが作ってくれた「同じ月」という歌は私にとってとてもかけがえのないものになりました。月曜日から週末まで毎日月は<三日月さん>になったり逆さになったり形を変えながらも空から慌ただしい私たちの生活を見守ってくれますが、あなたは<にっちもさっちも どうにもこうにも変われずにいる>と悩みながら、<壊れそうに滲んで見える月>を眺めていたのですね。私は<同じ月>を見ながら思うのです。そんな変われない自分をもどかしく思えるあなたがいたからこそ「同じ月」という素晴らしい楽曲が誕生したのですから、あなたが簡単には変われない人間で良かった、悩み続ける姿こそ美しいと。「同じ月」に限らず、先に挙げたあなたの言葉を拝借すれば「やるせないコンプレックス」などを抱えて必死に生きていたあなただからこそ、作れた音楽がたくさんあるのです。

<時が経ったら何か変わるかな 少しは偉くなるものなのかな なりたかった大人になれたのか 悩む今日であります>「タイムマシン」
この歌の中でもあなたはこのように歌っていますが、あなたは偉大な存在になったと伝えたいです。
<大きな声で 歌えば届くかと 出来るだけ 歌うよ>とあなたが歌ってくれた歌は今もなお多くの人たちの心に届いています。

あなたが表現してくれた自然の美しさの話に戻って説明しますが、月と並んで花も歌のモチーフとして多く描いてくれました。
<どうしたものか 部屋の窓ごしに つぼみ開こうか迷う花 見ていた>「花」
あなたが残してくれた日本人のためのロックのつぼみは今となっては完全に開花し、日本中ありとあらゆる場所にフジファブリックの音楽の花が咲き誇っています。開こうか迷っていた自信のない花が嘘みたいです。でも<花のように儚くて色褪せてゆく>ことはなく、常緑樹のように一年中フレッシュな音を届けてくれるたくましい花なのです。

私はあなたのことを金木犀の香りのようだとか、香り運ぶ風のようだとたとえましたが、つまりあなたは自然を音楽と文学で表現する天才だったと考えます。あなたの独特な視点で見つめる自然が美しくて、自然の情景の描き方が巧みで、私はフジファブリックの音楽にまんまと吸い寄せられてしまいました。良い香りの花に近付きたくなる虫の心境です。引き寄せられました。そしてその自然の先にはいつでも故郷を思う心が潜んでいましたね。あなたが見つめる自然の向こうには故郷と童心が存在し大切な誰かを思っていて、フジファブリックの歌を聞くと、リスナーもそれぞれの故郷を感じ、童心に戻り、大切な人を思い出せるのです。私は秋に「赤黄色の金木犀」のことばかり考えていたせいか、昔存在した金木犀の香りのガムまで思い出しました。ミントのガムを噛むより、その花の香りような味のガムが好きだったのです。今は売られていないので、噛むことができないのですが、まさかそのガムのことまで思い出せたとは信じられません。あなたの音楽が見事に子供時代まで思い出させてくれました。

あなたがいなくなってしまって10年が経ちますが、10年の間にいろいろな変化がありました。自然災害が各地で頻発しました。平成が終わり、令和になりましたし、PCのOS(Windows)に関して言えば当時はXPが残っていましたが、7になり、今や10が主流です。私はここ1ヶ月ほど、もうすぐサポートが終了する7問題で、頭を抱えていて、そのせいかよりあなたの悩む姿勢が描かれた楽曲たちに支えられていたのです。完全に心の支えになっていました。だからますますはまってしまいました。10年とはこのように様々な変化を感じられる年月ではあるものの、あなたの音楽は今も変わらず生き続けています。
<君は僕の事を 僕は君の事を どうせ忘れちゃうんだ そう悩むのであります>
<キミに会えた事は キミのいない今日も 人生でかけがえの無いものでありつづけます>「クロニクル」
誰もあなたのことを忘れません。忘れていません。忘れられません。あなたのいない今日もフジファブリックの音楽に出会えたことは人生でかけがえの無いものになりました。

冷静そうに見せかけて、心の中ではもがきながらもたくさんの音楽を残してくれてありがとうございます。詩人として、独特のぶっ飛んだ詩や、ありふれた自然を繊細に描写した詩を、悩む心の内をありのまま残してくれてありがとうございます。私はそれらに今年救われました。

あなたは私のまだ知らなかった音楽と文学を教えてくれました。洋楽はそれほど詳しくないものですから、洋楽の世界が見える日本人向けロックを聞かせてくれたことによって新たな音を学びました。詩、文章の楽しさも知りました。つまり音学と文楽とも言えるような新しいジャンルをあなたが、フジファブリックが開拓したような気もするのです。私が病み付きになってしまったのはそれが一因かもしれません。

志村くん、あなたは今頃何をしていますか?
<いつの日かクレーターに潜ってみたり 惑星を眺めつつ花を植えたい>「ムーンライト」
なんて歌詞もありましたから、もしかしたら月にいますか?地球を眺めながら花を植えていたりしますか?こんなふざけているような質問をしますが、私は至って冷静です。あなたが<描いていた夢に 描いていた夢に>近づけていることを私はここから願っています。

長すぎる手紙なので、最後にまとめさせていただきます。フジファブリックの音楽のおかげで、私の今年はちゃんと<思い出の束>になりました。
<たまに泣いて たまに転んで 思い出の束になる 誰か出会って そして泣いて 忘れちゃって 忘れちゃって>「クロニクル」
時々泣いたし、時々転んだし、誰にも出会えないと寂しく思ったり、そんな日々を忘れようとしたり、なぜか忘れたくないとも思いました。なんだかんだ充実していたのです。珍しく。もう一度今年の1月に戻って、また1年過ごし直してもいいと思えるくらいです。そう思えたのは、悩んでいる時、あなたが作ってくれた音楽に出会えたからです。

気付きました。「ロマネ」、「バウムクーヘン」、「クロニクル」、「Clock」、「同じ月」などの共通点はすべて歌詞の上では苦悩的な暗い様子が伺えるのに、メロディがやたらポップで爽やかで明るくてキレがあって、清々しいんです。解決なんてしていないのに、ロックなメロディだけ聞けば悩みが吹き飛ぶような錯覚にさえ陥ります。だからずっと聞いてしまうんです。歌詞で悩んでいる人に寄り添ってくれて、キレのあるメロディで悩んでいる人を励ましてくれて、メリハリがあって大好きです。たぶんフェルメールの絵画のような、光と影の明暗の差がくっきり見えて、はっとさせられるんです。フジファブリックの音楽を聞くと心に稲妻が走ります。
つまりあなたが紡いだ歌詞が闇だとしたら、あなたが奏でたメロディは光なのです。明暗の差のおかげで、悩みがくっきり浮かび上がりますが、明るいメロディの光にまやかされ、甘やかされ、悩んでいることさえ爽快に感じられるのです。私はあなたの音楽のおかげで、悩んでいる時もなんだか心が弾むようになりました。おかしな現象ですよね。

フェルメールが描いたようなどこまでも見通せるようなあなたの瞳からは想像もできませんでしたが、あなたの歌から自分のこと誰かのことに思いを馳せ、悩む気持ちを音楽として表現していたことに気付いて、あなたの感情が伝染したかもしれません。悩みを抱え続けることは本当はつらいけれど、心地良さもあるのです。悩ましい時ほどフジファブリックの音楽が聞こえてくるから。

(追伸)「花」や「夜汽車」などは音源を聞く前、あなたの詩集で初めて読んだ時から好きでした。CDを聞いたらやっぱり好きになりました。一番のお気に入りは「タイムマシン」です。時間を越えるのではなく、あの世とこの世を行き来できるタイムマシンがあるとすれば、いつかあなたに会ってみたいと思っています。まぁ行き来せずともあなたは私たちのすぐ側にいて見守ってくれていると信じていますが。<後悔だけはしたくない>のでフジファブリックの音楽を聞きながら、私も出来るだけ大きな声で歌い続けようと思います。だいたいいつも悩んでばかりの私なので、これからもずっとあなたの音楽にお世話になります。

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