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2017年7月18日

後藤智紀 (49歳)
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トゥー・マッチ・モンキー・ビジネスの90年

〜30年後再見した映画とチャック・ベリーの哲学〜

享年90だったことを考えれば、ショーをすることはもとより、来日することですら厳しかっただろうが、この3月にチャック・ベリーが大往生でこの世を去ったニュースを目にした時は、とうとうあのダック・ウォークする雄姿を、身体を張った大きなパフォーマンスで額が汗まみれとなるステージをこの目に焼き付けることができなかった、と先立たぬ悔やしい思いと憤りを自分に向けると同時に、彼が亡くなってしまった現実が何処か信じられない、そんなことは起こるはずがないとも思った。チャック・ベリーは死なない、と。何故なら彼は自身の映画「ヘイル!ヘイル!ロックンロール」の中で息巻き、こう豪語していた。

「俺が死ぬもんか」

1955年、彼が完璧なデビュー曲「メイベリーン」を生み出していなかったら、ロックンロールはどういうことになっていただろう。その後に続く、最初数秒のイントロだけで判断がつく、まるで特許を取った発明品の数々がなかったら。ジョン・レノンは「ロックンロールは言い換えればチャック・ベリー」と発言しなかったばかりか、世界はきっとそれだけでは済まなかった。ローリング・ストーンズ結成の経緯となった、幼馴染みミック・ジャガーとキース・リチャーズの、ダートフォード駅での再会。果たしてチャックのレコード無くして話が盛り上がっただろうか。「やあ、元気?最近どうよ?そうか。じゃあ、またな」ひょっとしたら定型の挨拶と近況報告を済ませ、その場で永遠の別れとなっていたかもしれない。リトル・リチャードは「チャック、あんたのリズムで歌うのが俺にはピッタリなんだ」と、その影響を屈託無く、思い切り馬鹿笑いし告白していた。60余年前に、既にロックとR&Bとカントリーをミクスチャーしていた男。ロックンロールはもとより、あの性急なビートとリズムと3分間の燃焼、スピードを出し過ぎて前のめりな感覚のあるライムはパンク・ロック、果てはラップの源泉か。際限無くチャックの血は、仲間達から子供達、そして孫達にまで留まることなく、脈々と流れている。

彼は容姿までも「ロックする人、斯くあるべき」を定義した。無駄な贅肉のないスリムな体型に細身のスーツを身に纏う。創作した楽曲が彼の体型に似合っていたのか、それとも彼の体型があの音を鳴らしたのか。その細く長い4本の四肢を大きく広げ、リズミックな楽曲に合わせ、可動範囲一杯にシャープに、切先鋭く、大きくダイナミックに動かす様は、彼の楽曲群とこの上なくマッチしていた。

悲壮感が微塵も無い。宝の楽曲群やステージ上での眩い、生粋のショー・マン・シップ。ショーが始まり、コール・アンド・レスポンスで盛り上がれば投げキスを連発。自身の身体を張った大きなパフォーマンスでカラフルなステージ衣装は汗まみれ。そして大団円を迎えれば即座にステージ袖に退散。渾身のロックンロール・ショーだ。

熱く、華々しいステージ上のチャック。だが、それとかけ離れ、どこか体型からくる身軽さ所以なのか、清々しく風通しがよい印象が深かったのはツアーを回る光景だった。

彼が携えていたものは小型のスーツ・ケース一つだけだった。中には衣装やコームなど軽く必要最小限なもの、故にその表情は涼しい。上背あるスリムな身にスーツを纏って空港ロビーを颯爽と歩く姿はビジネス・マンのようだった。ショーが始まる数分前に自らの運転で会場入りし、ギター・ケースからボディの薄いギブソンのセミアコを取り出す。そして何より彼には同行者がいない。ツアー・バンドはおろか、マネージャーらしき人もいない。バック・バンドは現地で調達する。どんな音が出るのか、出たとこ勝負。ギャラは前金制で手に入れ、ショーの後は一目散に車に乗り込み、その土地で感慨に耽ることなく、まるで誰かに追われているかのように次の土地へ。

「トゥー・マッチ・モンキー・ビジネス」という楽曲がある。様々なアーティストにカヴァーされた彼の代表曲のひとつだ。チャックにとってのロックンロール・ライフというのは自身の経験に基づき学んだ、ビジネス以外の何物でもなかったのだろう。デビュー前はジョニー・ジョンソンがリーダーだったトリオを乗っ取り、チャック・ベリー・トリオと名称変更させ、衆目を集める伏線を敷いた。「メイベリーン」は氏を含めた3人の共作、当然ながら印税が三等分され懐に入ることへの不満。それは名誉云々というより、自身が作った曲の収入が何故三等分されねばならないのか、自身の法務的無知さが招いたこの上ない経済的屈辱だったのだろう。度重なった逮捕そして服役の裏には、表立ってメイク・マネー出来ない、偏見所以の心情が見て取れる。身を持って学んでサヴァイヴしてきた人生、そこから得た金銭哲学。だが、彼の佇まいからは憐れみや哀しみや情のようなものがまるで感じられない。無駄に付随するものが見当たらない。それは彼の創造する音楽そのもの、そして贅肉の無いスリムな肉体にも結実しており、不思議なことにそれらは統一されている感覚がしてならない。

十代でロックンロールを体験し、その高揚感を味わい、やがてロックが人生の思想となり、生き方となり、そして判断基準となってしまった人間にとっては、語呂合わせで6月9日が「ロックの日」と呼ばれるようになったことは、この時代が本当に祝祭的であり、幸福であり、全てが肯定感に包まれた時代になった、とつくづく感じ入ってしまったりする。そんなロックの日に手許に届いた彼の新譜、初めて手にしたミスター・チャックの新譜。黒のジャケットに浮かぶタイトル「CHUCK」、細面な小顔。しなやかな身体から伸びる左右への開脚は何処までも続く。前半の力強く、生気に満ちた、有無を言わせぬ特許取得の楽曲群から、時にセンチメンタル、時に魅力的なリズム・トラック、そして刻んだ物語の舞台が、70年という時を刻んできた彼の仕事場=ハコでの出来事を思わせるものまで。無駄な色や情感、贅肉は此処にも映らなかった。

映画では、あのブルース・スプリングスティーンが屈託の無い笑顔でチャックのバック・バンドを務めた時の話をした。

「『ギャラの分頑張れ!』とチャックにドヤされたけれど、ノーギャラだと言えなかった。でも65歳や70歳になった時、孫に言える。『チャック・ベリーに会ったぞ』って。『彼のバックで演奏したんだ』って」

映画のシーンから30年。それこそミュージック・ビジネスの最前線で闘ってきたスプリングスティーンは孫に、果たしてあの屈託の無い笑顔で回想したのだろうか。其処にはスプリングスティーン自身の哲学が反映し、伝わっていくのかもしれない。

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