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今の江沼郁弥を描き出す

2ndアルバム『それは流線型』を聴いて

人生において、陶然とすることなど滅多にないように思う。
経験することはあまりないだろう。もしかすると、たいていの人は死ぬまでないかもしれない。それなのにこんなにも何度も、しかも連続的に経験できるとは、僕は本当に幸福だと思う。
 
 

江沼郁弥さんのソロになってからの2枚目のアルバムが11月に発売された。アルバムは全10曲が収録されていて、タイトルは『それは流線型』だ。5曲目にはアルバムタイトルと同様の楽曲も収録されている。

1曲目の“introduction”を聴いたとき、初めて見る景色だと思った。これが今の江沼郁弥か、と。語彙力が乏しいせいでこんな感想しか出てこないということに溜息が漏れる。でも、その中には「やっぱり江沼郁弥はすごいや」という打ちのめされる溜息も含まれている。

《泣けて仕方ない》
《まだよわいかな》
《誰がぼくを許さない》
《泣けて仕方ない》
《まだよわいかな》
《誰がきみを許さない》

“introduction”の歌詞は、上に挙げたたった6行で構成される。このたった6行に生きることの切なさと悲しさが詰め込まれている。「泣けて仕方ない」ような状況でこの曲を聴いてしまったせいで、涙腺がやられてしまいそうになった。なんとか持ち堪えたけれど、この曲にはそれくらいの力がある。何度聴いてもそう思う。

1曲目から通して聴くと、どの曲も本当に素晴らしい。その中でも特に僕の心を射抜いたのは、アルバムタイトルにもなっている“それは流線型”だ。

一聴した瞬間、“introduction”のときと同様に心を何処かに持っていかれそうになった。何度も聴くうちにあることに気づいた。江沼郁弥の今までの作品を考えたとき、その曲調とは裏腹に歌詞の中にポジティブな、前進することを連想させるような言葉が散りばめられている。以下に歌詞の一部を引用する。

《加速して 思うまま僕は泳いでいくのさ》
《君へ行こうか》
《明日へ向えば》
《月が呼んだら 空へでも行こうか》

流線型というのは、飛行機や新幹線の先端部のように先が丸く、後ろに流れていくように全体的に細長い形状のことを言う。歌詞から「流線型」というのは、トビウオを表しているのではないかと思った。海の中を縦横無尽に泳ぐトビウオが月に向かって跳ねる。そんなイメージだ。江沼さんがそんなことを連想して書いたのかどうかはわからない。違うのかもしれない。

僕が“それは流線型”を聴いて、一番驚いたのは、《僕は光を放とう》という一節だ。1stアルバムの『# 1』に収録されている“光源”のときにも感じていたが、江沼郁弥は以前より「開けている」と感じることが増えてきた。閉じこもるというフェーズではないように思う。江沼さんが「僕は光を放とう」といった、こんなにも外界に開けた言葉を使ったことがかつてあっただろうか。僕はその点に一番、衝撃を受けた。

本作はすでにシングルとして発売されている「うるせえんだよ」「偽善からはじめよう」「積木くずし」も収録されている。これらの楽曲が素晴らしいのは言うまでもなく、特に“積木くずし”という楽曲は、江沼郁弥のキャリアを考えると、その表現力を何段階も押し上げたように思う。遥か遠くまで行ってしまって姿が見えない、そんな感覚だ。

“積木くずし”の歌詞を何度読み返しても、江沼さんは世界を一体どんな目で眺めているのだろうと思う。俯瞰でも悟りでもない。より深淵な感じがする。僕が抱いた印象は、以下の歌詞に最もよく表れていると思う。

《次は君の番》
《どこまで高くなるだろう》

あとは君の好きにすればいいとばかりにぽんと背中を押されるイメージ。背中を押されて我に返る。僕は一体どうすればいいのだろうと。嘘で積み上げた積み木は、ちょっとした揺れで傾いて、スローモーションのようにゆっくりと崩れていく。江沼さんはアウトロで《in the dark》と絶唱しながら、ゆっくりと幕は下りる。そして、暗転。
 

2019年を振り返ると、江沼さんは本当に精力的に活動した。「うるせえんだよ」「偽善からはじめよう」「積木くずし」といったシングル曲を3か月連続リリースし、弾き語りライブも含めて数々のライブを行い、ソロでは2枚目のアルバム『それは流線型』を発売し、ツアーも敢行した。残念ながら、アルバムツアーを見ることは叶わなかったが、他のツアーには足を運ぶことができた。

江沼さんのライブは、楽曲の魅力やポテンシャルが過不足なく再現され、そこに幻想という曖昧なベールのようなものが会場全体を包み込んでいく。生きていく上で陶然という何とも曖昧な感覚に陥ることは稀なように思う。僕は、ライブが終わった後、ふうと嘆息し、しばらく立ち上がれなかった。

『それは流線型』を僕は目を閉じてじっと聴き入った。何度も何度も繰り返し。目を閉じた先には陶然とした空間が広がっているように感じた。もはや江沼さんは楽曲だけでその空間を再現してしまうんだ。そして、僕にはもはや彼の姿は見えない。遠くに行ってしまっている。

光と闇が、綱渡りするかのように危うげにその両輪を成している。でも、その中心に江沼郁弥から発せられる冷徹な熱気のようなものを感じる。それが核としての役割を果てしているから、前進できるのだろう。膝を抱えた少年は、もうそこにはいない。

僕は彼の発する温度が好きだ。それは僕の温度にとてもよく合っている。だからこんなにも魅了されるのだと思う。

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