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米津玄師の『Lemon』と『檸檬』と『レモン哀歌』

私にとっても『Lemon』は“苦い”

以前、数少ない友人の一人に米津玄師のファンだと言ったらこう聞かれた。
 「どうしてレモンが苦いの?酸っぱいものじゃないの?」
 その時、自分がレモンを“苦い”と思っていることとその理由に気が付いた。
 高校の教科書に載っていた高村光太郎の『レモン哀歌』の一節。
 
 「わたしの手からとつた一つのレモンを
  あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ」

 レモンは皮ごと齧るものではない、皮ごと噛んだら苦いでしょうに。 授業の本題から外れた先生の些細なつぶやきが頭に残っていたからだ。智恵子が皮ごと噛んだレモンの苦さ、愛する人を失う光太郎の心の苦さが私の心の中にも広がった。クラスメイトと一緒にいるよりも図書室で一人本を読んでいる方が楽しかった私には、現実の世界よりも本の世界の方がリアルで、レモンは『レモン哀歌』のレモンで、それは“苦い”ものだったのだ。
 
『Lemon』を聴いた時、まだ私は米津玄師の曲をちゃんと聴いたことがなくて、彼のことを、若くて「音楽の」才能あるミュージシャンとしか認識していなかった。だから、亡くなった人のことを思う曲が『Lemon』と聞けば当然高村光太郎が妻である智恵子の死の間際を詩にした『レモン哀歌』と檸檬を爆弾に見立てる不穏な小説である梶井基次郎の『檸檬』を踏まえたのだろう。まだ若いミュージシャンなのに良く知っていたなという程度に思っていた。その後ファンになり、彼の作る詩が生半可な読書量や読解力ではとうてい作りえない語彙と素養にあふれたものであることを知った。高村光太郎や梶井基次郎を良く知っていたな、なんていうレベルの人ではない、「文学の」才能もある人だったのだ。
 米津さんが鈴木敏夫さんのラジオ番組に出演された時、『Lemon』を作る時に茨木のり子の詩を読んでいたと語っていた。茨木のり子は私と同郷で祖母と同じ女学校の出身で私には身近な存在故にかえって興味がもてなかった詩人だったのだが、このラジオをきっかけにして、彼女の詩集を読むようになり、そして、ある詩集の中で『Lemon』とのつながりを見つけることができた。

それは、茨木のり子の死後、出版された詩集『歳月』の94ページ。

「智恵子が漬けた梅酒を
ひとり残った光太郎がしみじみと味わう詩」

 ここに『レモン哀歌』の智恵子がいた。そして、この詩の題名は『梅酒』。酒をこよなく愛する米津さんにぴったりの題名だ。
 この詩集は茨木のり子が亡くなったあと見つかった「Y」と書かれた箱の中に入っていた詩を彼女の甥御さんが見つけ出版したものだ。その中には31年前に亡くなったご主人への愛が詩という形をとって綴られていた。

 茨木のり子のご主人の名前のイニシャル「Y」と書かれた箱。
 その箱のなかから取り出された言葉が、Yのイニシャルを持つ米津さんの代表作として結実した『Lemon』は、音楽ではあるのだけれども、光太郎をはじめとする日本文学の木に実った果実という気がする。

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