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2017年7月19日

だーいし。 (22歳)
229
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同じコトバの違うコト

ミスチルとマイヘアの行間

持ち運び型の音楽プレーヤーで聴きたい音楽を探す。
聴きたい音楽をすぐに、それも大量に、ポケットに入れておけるのは凄く便利だ。
良い時代に生まれたなと思う。

僕のプレイヤーの中ではMr.ChildrenとMy Hair is Badが並んでいる。
どちらとも好きなバンドだ。
でもこの並びはどこか奇妙で面白いな、とフェスのタイムテーブルを見てるような気持ちでその並びを見つめていた。

その2組に”繋がり”を感じたのは、ミスチルの《フェイク》、マイヘアの《真赤》を聴いたときだった。

マイヘアの《真赤》は彼らの代名詞的な曲で、まさにマイヘアの音楽を簡潔に表している。
もう笑ってしまうくらいの純愛の曲なのだ。

君の犬と自分自身を下げてまで、この主人公は彼女の側にいることを願う。
そこに留まらず、主人公は
〈君の犬なりに気を遣ったんだ〉
とまで言い切ってしまうのだから、この主人公は彼女を強く愛してしまっていることが分かる。
主人公の中で、1番大切なのは自分の存在意義よりも、彼女の気持ちなのだろう。
笑ってしまうくらいの純愛がそこに垣間見えた。

〈振り向いて欲しくて なぜか甘えてしまう〉
この部分は沢山の”ダメな男”の気持ちを端的に表していて面白い。
男の本性を恥ずかしい程にさらけ出しているからだ。
“強さ”を置き去りにしたラブソングは世界に沢山あれど、ここまで弱さをさらけ出してしまった曲は少ない。
この弱さこそが、この曲の強さだと思う。
この弱い主人公を思わず愛してしまうのは僕だけではないはずだ。
思わず手を握ってしまいたくなるような、それこそ子犬のような”可愛らしさ”がこの曲には存在する。

その”可愛らしさ”を疾走感のあるギターリフ、激しくリズミカルなドラム、しっかりとしたベースで表現することで”可愛らしさ”が一変して”格好良い”になっている。わずか3分28秒の曲が更に短く感じてしまう程の疾走感。居てもたってもいられなくなってしまう。

一方でMr.Childrenの《フェイク》だ。
言わずとしれたモンスターバンド、ミスチル。
〈でも妙に器用に立ち振舞う自分は それ以上に嫌い〉《HANABI》
〈誰かの優しさも皮肉に聞こえてしまうんだ そんな時はどうしたらいい?〉《くるみ》
〈疲れて歩けないんなら 立ち止まってしがみついていれば 地球は回っていって きっといい方向へ 僕らを運んでくれる〉《足音~Be Strong》

と少し書き連ねただけでさえキラーワードが飛び込んでくる。
桜井和寿の書く詩は、まさにポップだ。
誰にでも平等に、誰からも愛されるポップス性を持っている。
自分のことを歌っているんじゃないかと、曲を聴いていてドキッとする瞬間が他のバンドよりも圧倒的に多いのがミスチルの特出する所だろう。
またそれらの多くは、聴く人を励ますような応援歌だ。
桜井和寿の書く、たった1文に救われた人はきっと沢山いる。

しかし《フェイク》は違う。
他の曲と同様にキラーワードを含みながらも、あまりにも生々しくて、沢山の人から愛されるポップとは言い切れないほどの-まるで刃物のような鋭さを持っている-。

〈言ってしまえば僕らなんか似せて作ったマガイモノです〉
歌い出しの1行目から、大衆居酒屋で酔っ払って悪態をつきながら吐露してしまうような、普段は言えないことを歌っている。
世界にあるもの、今見えるものを、全て嘘だと歌う
この曲は綺麗事抜きの現実を、更には醜い自分のことを、痛い程に体感させられる。

それでも最後にはやはり希望が待っていて、
〈世界中にすり込まれている 嘘を信じていく〉
と後半、迷いから抜けた瞬間を描く。
現実は厳しいけども、それでも止めてはならないということをたったの1文で伝える。
やはりこの人は天才だ。桜井和寿は誰からも愛されるポップス性を持っているんだな。
と思いきや、最後の1行の
〈すべてはフェイク それすら…〉
が、重くのしかかってくる。
この最後の1行にロックバンドとしてのミスチルを感じられて嬉しくなった。

マイヘアの《真赤》、ミスチルの《フェイク》、これらを引き合いに出したのは共通点があったからだ。
〈ブラジャーのホックを外す時だけ 心の中までわかった気がした〉真赤/My Hair is Bad

〈「愛してる」って女が言ってきたって 誰かと取っ替えのきく代用品でしかないんだ ホック外してる途中で気付いていたって ただ腰を振り続けるよ〉フェイク/Mr.Children

描かれているのは両者ともに、ブラジャーのホックを外しているシーンだ。
男女1体1の、密にコミュニケーションを取るその瞬間にフォーカスを置いた両文。しかしこの2つの歌詞には磁石のS極とN極の程の違いがある。

マイヘアの描くシーンは愛情に満ちた温かみがあり優しさがあるのに対して、ミスチルの描くシーンにはそれらを全く感じない。

それどころか現実に対する冷たさすら感じる。
ブラジャーのホックを外すシーンはまさに2人だけの愛情を育んでいる景色なはずだ。
しかし《フェイク》では2人だけの愛情よりも、もっと大きくて残酷な抗えない現実を見てしまっている。
そしてそれに気付いてしまっても、気付かないフリをして情事に勤しむところが更に生々しく現実を突きつけている。

この対極の2曲が、同じワードを含むことに僕は途轍もない面白さを感じた。
表現者が違えば曲も大きく違ってくるのは当たり前のことだ。
10人居れば10通りの曲が出来上がり、それを聴く人がまた異なる解釈をする。
なんと自由で楽しいことなのだろうか。
ジャンルの垣根を超え沢山の音楽で彩られた人間の生活はきっと、とんでもなく豊かだ。

S極、N極と分けられた磁石は、どれだけお互いが違っていてもやがては惹き付けられてしまう。
《真赤》も《フェイク》も、どちらの曲にも僕の心は惹かれている。
音楽を鳴らさずとも、音楽が頭に流れている瞬間が僕は好きだ。
次に僕がホックを外すとき、脳裏に流れる曲はどちらだろうか。
そんなことすらも楽しみに思えてきてしまう。

こういうヘンな繋がり方があると、沢山の音楽を聴くことは本当に素晴らしいことだと思い知らされる。
僕はこれからも沢山の音楽と出逢うだろう。
その出逢いの中にヘンな繋がりがあるのを楽しみにして、僕は音楽を聴く。

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