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THE LIVING DEAD

~道を失った者への唄~ BUMP OF CHICKEN

 死なないように生きている。

 右足、次に左足。目線は足元から離さないように。決して前を見ないように。同じくらい気をつけて後ろも振り向かないように。ただ地面と足がついたり離れたりするのを出来るだけ意識して。決して考えてはいけない。自分がどこから来たのか、どこへ行くのか。擦り切れた靴底を感じながら、一歩、また一歩と歩いていくだけの往復運動。それに何の意味もない。いや、もし意味があるとするならば俺を生かし続けるだけの永久機関。どこにつながっているともしれない真っ黒なレールを辿り続ける自動人形。考えてはいけない。だって俺にはもう行きたい場所も帰れる場所もないんだから。
 

 けたたましい携帯のアラームで無理やり覚醒され、おぼろげながら頭の隅に引っかかっていた夢を引きはがされる。暗闇の中、そこだけ四角く光で切り取られている場所に手を伸ばし、音を止める。眠りのふちに足をかけている状態でスマートフォンを操作する。画面には最近メジャーデビューしたロックバンドの記事がポップアップされ表示されていた。一瞥してからすぐにスワイプし、表示を消す。抜けきれない眠気を感じながらも、身体を布団から引きはがす。部屋の寒さに軽く身震いをしながら、ふと背の低いテーブルの上に目をやった。昨日の帰りに買ったビーフジャーキーと、ビールの空き缶が1本転がっている。他に食べ物がないことをぼんやりと思い出し、半分ぐらい残っていたビーフジャーキーを一度に口に含む。そして、特に味わいもせず、蛇口をひねって、コップに注いだ水道水で流し込む。顔を水で流すだけの適当な洗顔をし、歯を磨き、ひげを剃り、この寒さに耐えられるだけの服を着こんで、部屋を後にする。
 外の空気は部屋よりもさらに寒く、肌を刺すように冷たかった。呼吸とともに白く立ち上る影がはっきりと見える。昇りつつある太陽と消えつつある街灯の明かりに照らされたアスファルトは、いつもと変わらない表情でひっそりと佇んでいた。ポケットに手を突っ込み俯きながら、半ば無意識に目的地までの道を辿る。すると道の向こうから静寂を切り裂くように、興奮気味な声が聞こえてきた。思わず目線を上げると、夜通しのセッションでも終えたのか、背中にギターケースを担いだ若い男たちがこちらに歩いて来ていた。出来るだけ何も考えたくないのに、頭は勝手に何かを考え始める。そんな頭を無理やり押し殺して、自分に言い聞かせる。
「考えてはいけない。考えたら歩けなくなる」
かすかに震えだした左手を右手で抑え、目線を下に戻し、少し早足に、若者たちとすれ違う。冷めやらぬ熱を帯びた声が遠く聞こえなくなってから、歩みを緩める。気が付かないうちに動悸が激しくなっていたらしい。少し深めに息を吸い、呼吸を落ち着かせる。そして心の中で独り願う。
 出来るならば今日が早く終わり、また安らかな眠りの中に落ちられるようにと。
 出来るならば明日こそは目が覚めず、どこまでも続く夢の世界で眠り続けられるようにと。

 俺は、自分のことを救ってくれたバンドのようになりたかった。いや、もっと正確に言えば、自分のことを救ってくれた曲を作ったバンドになりたかったのかもしれない。
 俺が初めに聴いたのはコピーバンドであり、しかもそれはコピーというにはあまりにもひどい、まがいものだった。でも、その曲に込められていた何かは確かに中学生だった俺を動かした。適当にしていた学校の勉強を死に物狂いで挽回し、親に小遣いを必死でねだってエレキギターを手に入れた。毎日、部屋で一人、慣れないストラップを首に掛け、指先の痛みを感じながら弦を押さえ、弾いて、こう思っていた。
 いつかあの曲を演奏できるようにと。

 高校に入学するとすぐに、軽音部に入部した。初めてのバンドは想像していたよりもずっと楽しく、一人でばかり練習していた俺にとって初めての仲間だった。うちの軽音部は、高校に入ってから楽器を始めたやつらがほとんどだったから、”バンド”なんて格好つけて言っているが、お遊戯会みたいな演奏だった。それでも、純粋な感情をぶちまけただけのめちゃくちゃな演奏は、どこか心地良く、どこか熱くさせるものを含んでいた。
 そんな仲間たちとつるんで、家に帰るのが夜遅くなるなんてのは、しばしばだった。ファミレスやコンビニの前で駄弁ることは大概くだらなくて、特に一番仲の良かったドラムスのやつの話は、仲間の中でも頭一つ飛び抜けてバカバカしかった。「ブラウン管越しで評価されたくないんだから金がなくてもライブに行って見るしかねえ」とか、「次のシングルのボーナストラックに何するか当てようぜ」とか、本当にどうでもいいこと。だけどもそいつの言葉は誰を貶めるでもなく、ただ場の空気を軽くさせ、明るい笑いをもたらす、春先のくすぐったいそよ風のような、そんなやつだった。たぶん誰よりも仲間の気持ちをくみ取り、誰も傷つかない話を選んでいたんだと思う。まあ、かなり車が好きで、実家の私有地で乗り回しているとかも聞こえてきたので、本当に何も考えていなかった可能性も多分にあったが。時々車雑誌を見せられて新型モデルの排気量とか馬力、トルクについて熱く語られたっけ。何一つ意味が分からなかったけど。
 でも、高校の卒業が近づくにつれて、組んでいた同級生たちは一人、また一人といなくなっていった。受験だ、就職だと大義名分を振りかざして、人生の選択を失敗した時に言い逃れできない理由を1つでも多く、なくすようにと努めていた。俺にはそれが、自分を信じられない奴らが、自分から逃げるために目をつむり、耳をふさいでいるようにしか感じられなかった。そいつらのことを、憧れるもの、目指したもの、譲れないもの、そういったものをもたない奴らとしか思えなくなっていた。毎日部室には顔を出したが、後輩たちと一緒に演奏しながらも、最後まで残っている俺のことを疎んでいる雰囲気というのは感じられた。
 そんな中、なぜかドラムスのやつだけは、たまに部室に来て、楽しそうに叩いていた。そんなことをしていて、受験や就職は大丈夫なのかと、意地悪をして訊いてみたが、一言「よくわからん」と一蹴されてしまった。あまりに普通に答えられたので、俺は言葉をなくし、二の句を継げずにいた。するとそいつは「でも、いつかやりたいことはあるんだ」とつぶやいた。その時は、いつもけらけら笑って掴みどころのない口元が、どこか締まって見えて、いつもにこにこしていた目は、どこか遠くをまっすぐ見つめているようだった。つい、俺は言葉を少し荒げて、それならなんで今、やらないのか、と問い詰めた。すると少し間をおいて「たしかにそうかもね」と言葉を濁した。その態度に我慢が出来なくなり、聞かれてもいないのに自分の卒業してからの計画についてわめいてしまった。誰に言っても馬鹿にされるか正気を疑われると思っていたから、本当は伝える気など無かった。でもこいつの態度を見ていたら、そんな気持ちはどこかに消え失せて、口をついて出てしまった。思い悩んでも後の祭りなので、洗いざらい全部。俺の夢と、それを叶えるために何をするのか。これからどこで生活するか。そのためにバイトでいくら金を貯めたか。思っていたことを、もう全部。俺が絶対に正しいとでも言いたいかのように。さっきよりも少し長い沈黙の後、普段と変わらない感じで「そうなのか。お前、格好いいな」と、いつもの誰も傷つけない笑みを浮かべて、そうつぶやいた。
 

 どこまでも続くまっすぐなレール。夜の帳が下りる中、日が落ちていく地平線の彼方まで続くレールの先は果てしなく。
 目を凝らしても、その彼方は判然としない。どこに繋がっているのかわからない、どこまで続いているかもわからない。
 望んだものがその先に見つかると、あいつらは勝手に想像している。
 いや、それは想像じゃない。それは妄想だ。
 なんで気づかないんだろう。日が暮れ、夜の闇に包まれレールが見えなくなった後、ふと顔を上げると、さっきまでは見えなかった幾千もの星が空に瞬いていることを。
 俺はそれに目を奪われたんだ。そこを目指すと決めたんだ。自分もいつかあんな輝く星になるんだってことを。
 

 卒業と同時に都会に出てきた。電車で2時間とちょっと。大きなカバンとギターを一つ。そして自分が信じる、ちっぽけなプライドをポケットに忍ばせて。
大学への進学を望んでいた親とは絶縁した。どちらかというと、こちらから一方的に家を出てきた。良い大学に行って、良い会社に勤め、結婚し、子供を育てる。普通の人生。それが親の望みだった。そこには、子供に余分な苦労はさせたくない、という親心が透けて見えた。でも、俺の考えなど欠片も分かってくれなかったし、考えようともしてくれなかったことも分かってしまった。
 新しい街での日々はただひたすらに忙しかった。月日は、あっという間に過ぎて、数年なんていままでの数か月ぐらいの感覚だった。昼間はバイト、夜になったらギターの練習。そして新しく組んだバンド仲間とセッション、ライブ。
 いくら稼いでも金は足らない。バイトと駆け出しのバンドで手に入る額はたかが知れている。学生時代に貯めた貯金を切り崩しながら、必死で自分の生活を維持する。予想はしていたが、都会での暮らしはとにかく金がかかる。部屋をひと月借りるだけで五日分のバイト代が消える。しかも築30年のワンルームで。それに加え、スタジオ代やライブのノルマ代もかさんでいく。毎月が自転車操業。確かに生活はきついし、いつ破綻してもおかしくない。でも後悔はない。これが俺の道だと信じて進んでいれば。一歩ずつでもいい、確かに俺の夢に近づいていると感じられれば。
 バンドの方向性が揃わないことなんて毎回のようだった。バンド内の音楽性の違いなんて、そんなものは初めからある。結ばれた紐が、いつほどけてもおかしくない。実際にメンバーが変わることもしばしばあった。でも、全員が何かに突き動かされて、音楽を奏で続けようとしていることは確かだった。誰もが自分の信じる音楽を持っている。それをお互いぶつけ合って進んでいく。でもそれだけでは進んでいけない。そんなことはわかっている。それでも俺は止まらない。止まれない。だってもうこの道しか残っていないから。
 その日もいつものセッションの帰り道だった。明け方だというのに大声で話しながら路地を闊歩している。夜通しでやったのに、次のライブのために練習していた曲がどうしてもしっくりこない。そんなことを話していた気がする。誰かが言った「やっぱり曲が良くねえ。なんか青っぽいっていうか、ガキっぽい」。俺が書いた曲でもないのに、ほとんど無意識に、なら自分で書けよ、と唾を吐くようにぼやいてしまった。間髪を入れずに罵声を浴びせられる。お互いにもう後には引けなかった。そこからは売り言葉に買い言葉。罵詈雑言で相手をけなしあう。今にも相手に掴みかかるところだったが、寸前に残りのメンバーが間に入って事なきを得た。それでもそいつは言葉を止めない。ぶつぶつと訳のわからないことを言っていたが、最後に吐いた言葉だけは、はっきりと聞こえた。「お前は自分のことしか考えてねえんだよ。お前とバンドやっててもつまんねえ」。
 それからすぐ、そいつはバンドからいなくなった。その後も、あいつから最後に言われた言葉が、なぜか頭の中にずっと小さく響いていた。それを振り払うかのようにギターを弾く時間を増やした。昼も夜も、何も考えないですむように、時間の許す限り掻き鳴らすことを止めなかった。相手を黙らせるくらい上手く弾ければ、誰も文句は言えないだろう。硬くなった指先は弦の上を淀みなく動き回る。
 いつかあんな曲が弾けるようにと。

 そんな日々も、ある日突然の終わりを迎えた。
 朝起きたら左手がしびれていた。手を身体の下に敷いて寝ていただけだろうと思って気にせずにいたら、一日経っても治らない。長い時間ギターを弾いていると、手がしびれることはあったけど、こんなに長いことなったのは初めてだった。でもギターを弾くことは止められない。毎週のようにライブが控えていたし、今度は招待された舞台だ。手が変だなんて、言ってられない。幸いなことに指はまだ動く。まだ押さえられる、まだ弾ける、まだ伝えられる。俺の音を。
 そして、ある日を境に、ギターが弾けなくなった。
 しびれを通り越し、痛みを伴っていた左手は弦を押さえられなくなっていた。親指と人差し指は思う通りに閉じられなくなり、音が定まらない。さすがにまずいと思い、病院に行ったがもう手遅れだった。漢字ばかりの病名を言われたが、憶えていない。唯一憶えているのは手術が必要なこと、そして手術をしたらもう前みたいな演奏をできる可能性が限りなく低いこと。手術をしてもしなくても弾くことができないなら、やっても意味がないと思いながらも、そのことをバンド仲間に伝えたら手術を勧められた。これからのことがあるし、せめて生活に支障がない程度まで回復させろと。

これからのこと?

これからはもうない。あるのはこれまでだ。だってもうギターを弾けない。曲を奏でられない、そんな俺に何の意味があるのか。一瞬のうちに、黒い光が空の星々を塗りつぶしてしまったようだ。さっきまであんなに輝いていたのに、どんなに目を凝らしても空には何も見えない。たまらず目をつむり、耳をふさいだら、瞼の裏に浮かぶのはいつかの光景。耳にとどくのはいつかの演奏。シンバルが高らかに幕開けの響きを鳴らし、ドラムスのリズムが刻まれる。躍動するベースライン、スポットライトの下、俺の存在が暗い影から切り出され、ギターが叫びだす。これが俺の生まれてきた意味だと唄いきる。ただそれだけを叫んだ曲。

 カーテンを閉め、外からの光を遮った部屋。壁にもたれかかりながら、少し猫背気味に座っている。包帯が巻かれた左手はズキズキと痛む。目の前には、ネックから折れたエレキギターが転がっている。目は虚ろになりながらも、眠れずにただぼんやりとしている。最後に家を出たのはいつだっけ。バイト先に手のことを言ったらしばらくの間は休ませてくれた。ただ、それがいつのことだったのかがわからない。確か一週間のはずだったが、何日経ったのか。このままずっとここで座っていたい。どこにも行きたくない。しかし、いつしか耐えきれない、のどの渇きを覚え、水を求めて洗面所まで這うように向かう。やっとのことで蛇口をひねり、ふと顔を上げるとそこには、生きる屍が映っていた。

 街には鮮やかなイルミネーションが輝いている。聖夜を過ぎても片づけられず残されている、赤と緑を基調とした瞬く色彩のものもある。商店が立ち並ぶ路地では、いたるところに年末年始のセールの見出しが貼られ、道行く人々の目線を集めている。皆寒そうにマフラーを巻き、厚いコートを羽織っている。しかし、往く年を惜しみ、来る年を待ちわびる、そんな高揚感を伴っている。その中を足元に目線を落としたまま淡々と通り抜ける。手にはビールとつまみの入ったビニール袋。次の角を右、少し進んだら左と、感慨もなく歩みを進める。都会に出てきてから住み続けている街の道は、意識をしていなくても部屋まで連れて行ってくれる。今日の仕事も昨日と何ら変わらなかったことに安堵しつつも、どこか冷たい風が吹きすさぶような感覚がある。住む場所を変えていなければ、働く先も変えていない。何かを考えることがとても億劫で、ただひたすら同じ毎日を繰り替えすことが、自分を保つ唯一の方法になっていた。ただ生きていくだけならば、こんなにも簡単だと気付いてしまった。朝起きて、金を稼ぎ、夜眠る。何年続けても、その感覚はあまり変わらない。これに気づくまで、一体俺は何をしていたんだろうか。今となっては、よく思い出せない。今日も一刻も早く家に着けるようにと歩調を早め、家路を急ぐ。
 部屋の前につき、ふと郵便ポストに目をやると、チラシや封筒で溢れかえっていた。年末の広告でもたくさん入れられたのだろうか。しかし、考えてみれば、ここ数ヵ月ずっと放置していたことに思い至った。ひとまず、手に持っていたビニール袋に紙の束を流し込み、郵便ポストを空にする。部屋の鍵を開け、中に入り、電気を点けると、安心なのか焦燥なのか自分でも区別がつかないため息が漏れる。今日もまた無事に帰って来れた。いや帰って来てしまったのか。少し重たくなったビニール袋から缶ビールを取り出し、袋を机の上に置く。プルタブを引くと、プシュと小気味良い音を立てて缶の縁に白い泡が浮かんできた。ぐっと一口流し込むと、体の芯が熱くなった。ほどなくすると、頭の内側に少し靄がかかってくる。何かを真剣に考えていた気がするけど、そんなことはどうでもよくなる。ビニール袋の中からつまみを取り出そうとして手を入れると、紙の束の隙間に何かとても懐かしいような、でも今見たら取返しのつかないような何かが目の端に映った気がした。薄ぼんやりとした意識の中で、その封筒を取り出す。封筒は素人目から見てもとても上質なもので、シンプルだが品のある装丁が施してある。宛名は俺の名前。差出人は、高校の時のドラムスのやつともう一人、知らない女性の名前。宛先の住所に番地は書かれていなかったが、郵便局の人が気を利かせて届けてくれたのだろうか。何かを悟り震えだした手で封を開け中身を取り出す。二つ折りにされた少し厚めの紙の表には、金色のアルファベットで何かが書かれている。もうこれが何なのかを頭は理解していても開ける手は止まらない。二つ折りの紙を開くと、その封筒の中身は予想に違わず、彼らの結婚式の招待状だった。
 

 たぶん今俺はレールの上を歩いている。初めからどこにもつながっていないし、どこからもつながっていない。だから行くとこもなければ帰るところもない。このレールを選んだのは自分であって、他の誰でもない。
 どこかで間違ったかもしれない。でも、どこで間違ったかわからない。だからどこまで戻っていいのかもわからない。
 確かに目指している場所はあった。それに手が届かなくなっただけ。それならば目的地を変えればいい。でも、変えられない。だってそれ以外の場所など、自分には価値がないから。自分には価値を見出せないから。
 

 封筒の消印はもう一ヵ月以上も前のものだった。返信の期日など、とうに過ぎていた。彼は彼なりの道を選んだのだろうか。どういった道を辿ったのだろうか。自分で決めたのだろうか、それとも流れに身を任せたのだろうか。聞きたいことはたくさんある。聞いてもらいたいことも沢山ある。でももう遅い。今となっては何もかもが手遅れだ。一人きりの部屋に涙の落ちる音がする。純白の招待状には小さな染みが出来ていた。
 飲みかけのビールの残りを一気に飲み干し、招待状と一緒にごみ箱に突っ込んだ。着こんでいた服を脱ぎ、床に乱雑に放置する。電気を消して布団を頭から被る。

 明日、目が覚めなければいいのに。このままずっと夜が明けなければいいのに。
 どうして目は覚めるんだろう。どうして夜は明けるんだろう。
 明日が来たって、俺には何の意味もない。
 俺には何も残されていない。
 俺はいったい何なんだろう。

 強く目をつむり、耳を両手でふさいでいたが、わずかな振動が身体に伝わってきた。布団の隙間から覗き見ると、床に放置した服のポケットから、わずかな明かりが漏れている。
 夜の底が白くなった気がした。
 被った布団から這い出し、光源へと手を伸ばす。消そうと何度も思いながらも消せずにいた、ロック情報アプリのポップアップが、スマートフォンの画面に表れていた。そこに書いてあったのは、いつか俺が憧れたバンドの、曲の名前。しかもかなり古い。なぜ今この曲の名前があるのか。ポップアップをタップし詳細を見る。来年の年始に行われる駅伝のテーマソングに決まったらしい。15年前の曲だと銘打たれている。
 懐かしい。その感情とともに、この曲と初めて出会ったときのことが頭を駆け巡る。たしか中学も終わりのころ、エレキギターを始めて買ってもらったとき、ちょうどこの曲が入ったアルバムを買ったこと。
 一番のお気に入りだった2ndアルバムと、全体的に曲の雰囲気が違っていて、初めは違和感があったこと。
 でも、この曲の誕生エピソードを聞いて、何度も聴き返したこと。
 いつしか、自分のお気に入りの曲になり、何度も練習したこと。
 そして、高校のやつらと一緒に演奏したこと。

『状況はどうだい 僕は僕に尋ねる
 旅の始まりを 今も 思い出せるかい』

 めちゃくちゃな演奏だったけど、バンドがどんだけ楽しいのかっていうのが、あの時わかった気がした。

『選んできた道のりの 正しさを祈った』

 みんな毎日顔を合わせて、ただ純粋に自分たちの好きなものを語り合った

『いろんな種類の 足音 耳にしたよ
 沢山のソレが 重なって また離れて』

 もしかしたら、あの時、みんな心の中にも大事なものがあったのかもしれない

『淋しさなら 忘れるさ 繰り返す事だろう
どんなふうに夜を過ごしても 昇る日は 同じ』

 でも俺はそれに気づかなかった。

『破り損なった 手造りの地図
 辿った途中の 現在地
 動かないコンパス 片手に乗せて
 霞んだ目 凝らしている』

 いや、わざと気づかないふりをしていたのかもしれない。

『君を失った この世界で 僕は何を求め続ける
 迷子って 気付いていたって 気付かないフリをした』

 自分の道が正しいって思いこみたかったから。

『状況はどうだい 居ない君に尋ねる
 僕らの距離を 声は泳ぎきれるかい』

 今なら聞ける気がする。

『忘れたのは 温もりさ 少しずつ冷えていった
 どんなふうに夜を過ごしたら 思い出せるのかなぁ』

 君が何を考えていたのか。

『強く手を振って 君の背中に
 サヨナラを 叫んだよ
 そして現在地 夢の設計図
 開く時は どんな顔』

 君が何を考えているのか。

『これが僕の望んだ世界だ そして今も歩き続ける
 不器用な 旅路の果てに 正しさを祈りながら』

 今からでも間に合うだろうか。

『時間は あの日から 止まったままなんだ
 遠ざかって 消えた背中
 あぁ ロストマン 気付いたろう
 僕らが 丁寧に切り取った
 その絵の 名前は 思い出』

 間に合って欲しい、どうか間に合ってくれ。

『強く手を振って あの日の背中に
 サヨナラを 告げる現在地 動き出すコンパス
 さぁ 行こうか ロストマン』

 ゴミ箱から封筒と手紙を拾い上げる。

『破り損なった 手造りの地図
 シルシを付ける 現在地
 ここが出発点 踏み出す足は
 いつだって 始めの一歩』

 差出人の住所は俺たちが育った町。

『君を忘れたこの世界を 愛せた時は会いに行くよ』

 電車に乗れば2時間と、ちょっとで着く。

『間違った 旅路の果てに
 正しさを 祈りながら
 再会を 祈りながら』【ロストマン】

 でも、会ったときに何て声を掛けたらいいだろう。

 決まってるか。

 おめでとう。

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