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繰り返される夢物語

GARNET CROWは解散したけれど

小学校一年の頃、日曜日の朝に放送されるアニメの主題歌が好きで、けれどアニメの内容があまり理解出来ない為に、毎週日曜は主題歌だけを聴いてチャンネルを変えるという謎の習慣があった。子供ながら段々と、チャンネルを変えようとした時に苦しい戦いを繰り広げているキャラクター等に流石に悪い気がして、アニメも観るようになった。おそらくそれが人生で初めて音楽に強く心動かされた体験であった。

ー君が誰かを傷つけたとして 責めること出来るでしょうかー

当時の自分にはあまりに難しい歌だっただろう。けれどその頃、言葉の数をそれほど知らない自分にとって、無意識に誰かを傷つけていた残酷な日々をどうにか、救ってくれていたメッセージなのかもしれない。

歌詞の多くに宗教や聖書に書かれている表現を用いているが、曲調や歌い方は日本らしいリズムで感じられる。歌詞の繋げ方や言い回しは古典的でもあり、楽曲自体も独特の雰囲気を持ったGARNET CROWだが、そのバンド名も実在はしない「深紅のカラス」という、幻想的な名前だ。ただ、想像してみると、真紅のカラスというのは明るく華やかな印象ではなく、少し薄暗さを感じる。楽曲も然りで、花びらが咲くまでの様は美しくもあるが、花びらはいくら揺れても、自ら空を舞う事は出来ない運命だという、無常感や死生観を表現する。それは言い換えるなら、可能性の無い未来を描く事であり、無謀な願いであるのだ。人間である以上、大なり小なりの後悔はする。もう後悔しないと決めたとしても、何か人生を左右する様な出来事があった時には、

あの時・・・だったなら
あの日・・・と言えていたなら

という、思ったところで仕方の無い感情が生まれる。それを忘れようとするまでが早いか遅いかの違いで、誰しも心の中に言葉を抱えていはいる。時間が経った頃、忘れていただろう言葉が前触れもなく思い出される事があると、苦しいものの、それでも忘れていない事への喜びに近い感覚もあったりする。想いを持ちながら、最後まで好いていると伝えられなかった悔しさと、いつか相手がくれた言葉、嬉しかった感情。

ー寂しい夜に思い出すのは 愛した人より愛された日々ー

思い出しては、やはり切なさもあるけれど、その日々は確かに幸せだったと思えるのもまた不思議なところだ。愛のかたちは人それぞれ違えど、受け取った自分にとって幸せだと思えたなら、誰かにとっては何気ない一行は、一つの愛でもあるのだろう。誰かを好いた時、冷静に考えると、相手に素直に好きだと伝えても特に嫌がられる事は無いのだが、それでも恥ずかしいのは事実であり、臆病にならずにはいられない。相手に伝える事が出来た瞬間に目が覚めた時の、本物ではない安心感と、確かに見えた相手の表情と、まだ暖かい布団の中と、ぼんやり夢の事を考える朝。夢みたあとでの続きで、本当に夢と同じ未来を描けるほどに強くはない。

個人的な解釈として今宵エデンの片隅ではそうして絶望的な朝を迎えた後で、何も変わらない現実と好いたままの相手を目の前にした夜、夢の中で待ち合わせしている歌なのだと思う。

ー今宵エデンの片隅で 僕にも愛を下さいとー

現実であれば言えない言葉である。けれど素直に相手を想っている少しの強気な姿勢すら感じられる歌だ。それでも、

ー揺れる日射しと君の笑顔に会う 
例えばそんな事の為僕は生きているー

取るに足らない些細な事に幸せを感じているのだ。それは考えてみると、夢の中での幸せは弾けて現実に戻っても、結局は変な期待をやめられずに同じ夢を繰り返しみてしまう、人間の馬鹿馬鹿しくも愛すべき姿に思える。殆どの原動力はもしかすると、無謀な願いだったり、根拠の無い勘違いなのかもしれない。空を飛びたくて、未だ見ぬ景色を想ったりしても羽は無い。
けれど、いつか何かの繋がりで空を飛べたら、その後の事を考える事は無限に出来る。実際には羽が無いままで、空の事を宛てもなく考えるだけで人生は終わる。それは儚いが、不幸せだとは言い切れないだろう。空を想い続ける事で、心は豊かになるかもしれないし、実際にはもう飛ぶ事が出来ないと解っていながら、幻想的な世界の地図を延々と描き続ける事に幸せがあるのかもしれない。

GARNET CROWは解散した。随分、時間は経った様に思えるものの、歌声を聴くと、小さな頃のワクワクした日曜の朝を思い出す。何故だか思い出は時間が経つほど、美化されていく。今は連絡を取っていない学生時代の友人、お世話になった先生、毎日歩いた通学路。何も考えずに音楽を聴きながら何度も帰った通学路は、数年経ってから歩くと、友人と帰った日の風景や話した内容をぼんやり思い出したり、よく聴いていた音楽が頭の中で流れたりする。特別、楽しかった訳でもない毎日に、戻りたいと思ったりしてしまう。色々な地域に仕事で行く事が多くなってきた中、以前も訪れた街に再び訪れると、よく聴いていた音楽が頭の中で流れたりする。それは逆の場合でも、聴いている音楽が、街の情景を思い出させたりもする。何か別れがあった事を思い出す時、大概頭の中に忘れ咲きが流れる。いつか好いていた相手の事を覚えていたいと思う心と、いつになっても好いていたいと思う心はあるが、どうしても時間が経つと忘れていく。けれど不思議なもので、時間が経って何気ない時にふと思い出したりする。それは何だか、嬉しい気もするのだ。きっとそうして、いつか出会っては別れていった人や街の姿や出来事やその時の自分の姿をこれからも忘れたり、思い出したりするだろう。その度に、忘れたくないと願う。忘れて欲しく無いと願う。
いつか忘れてしまう定めなら、いっそ想っている事くらい言葉にして口にしてしまったらいいのかもしれない。
描けなかった未来、相手は時間と共に忘れて誰かと愛を交わすだろう。

時々思い出す事はあっても。
 
 

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