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Jellyfishを陰で支えたティム・スミス

ベーシストであることの屈託と歓び

ベーシストは演奏者として、どうあるべきか。ベーシストは人間として、どう生きるべきか。
それを僕は、ティム・スミスから教わったような気がします。「音楽評論」とは違った、自分史のようなレポートになってしまいそうですが、ご興味あれば読んでいただければ嬉しいです。特にベースを弾かれる方々に、少しでも共感してもらえたら有り難いと思っています。

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もう20年近く前のことになるのだけど、無謀にもJellyfishの完コピを試みたことがあります。Jellyfishは世界的に有名なバンドとは言い難いと思うので、少しだけ概略のようなものを書いてみます。

中心人物はアンディー・スターマーというアメリカの音楽家。「ドラムボーカル」という特殊な(というか異様な)ポジションを飄々とこなすプレイヤーであり、優れたソングライターでもあり。YUKIの歌う「プリズム」を作曲した人物だと言えば「ああ!」と思ってくれる人が多いかもしれません。そのスターマーを引き立てるように、見事なコーラスを重ねる面々(ギターやベース、キーボードを奏でる面々)が揃い、ある種の奇跡のように誕生したロックバンド、それがJellyfishです。

でも、ビートルズの例を待つまでもなく、奇跡というのは長くはつづかないもの。あまりに美しすぎる調和は、崩壊するのが早いです。Jellyfishが出したオリジナル・アルバムは、たったの2枚だけ。まるで桜のように、一瞬、咲き誇って、潔く散ってしまったJellyfish。それを「はかない」と感じるか「だからこそ美しい」と感じるかは人によって違うだろうけど、とにかく、もっと広く知られるべきなのに、その前にステージを降りてしまったミュージシャンです。

そんなJellyfishの楽曲群をコピーすることは困難でした。なにしろ知られざるバンドなので(少なくとも当時は)どこを探しても楽譜が見当たらなかった。しかも代表曲の「ファンクラブに入るなら」は、恐ろしく入り組んだ構成で、さらには微妙にチューニングを落として録音されているようでもあり、リーダーは「俺たちマジでやるのか、これ」というようなことを言いました。でも僕は、やってみたかったんですね。そういうわけで、もちろんJellyfishには遠く及ばないけれど、思いつくベストの布陣で臨みました。ぴったりと音楽的趣味が合うわけではないし、ライフスタイルも年齢も違うけれど「Jellyfishを1度でいいからコピーしてみたい」という共通項を持つ凄腕の知己を集め、夜な夜なスタジオに籠りました。

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そして、ここからが本題になるのですが。ビートルズのジョージ・ハリスンが(レノン&マッカートニーという天才のそばで)居場所を探すのに苦労したように、ベースを務めた僕も、相当な孤独を味わいました。何しろ「凄腕」のメンバーを集めてしまったわけだから、置いていかれないように精一杯だった。スターマーの役を担った(つまりドラムを叩きながら歌った)友人は、のちに誰もが知る音楽家のマネージャーとセッションするようになり、キーボードの担当は数年後、来日した大物アーティストと舞台に立つという偉業を成しとげました。もちろんリーダー(ギタリスト)も辣腕。彼らは絶対音感を持ち、音域が広く、英語の発音もバッチリという「市民ミュージシャン」としては恐ろしい水準にあったと思います、身びいきがすぎるかもしれないけれど。

ぶっ飛んだ奴らに囲まれて、自分には何ができるのだろう。それはもしかすると、Jellyfishを黒子として支えたベーシスト、ティム・スミスが考えたことと似ていたかもしれません。おこがましい言い方かもしれないけど、俺はティム・スミスそのものを目指そう、というようなことを考えていたように記憶しています。

そもそもベースというのは、目立たないことこそが求められるポジションであるというのが私見です。ボーカルが歌いやすくあるためにステージに立つのが役目。ドラムスの暴走を抑え、ギターやキーボードをクッキリと浮き上がらせるのが務め。その考えは、中年となった今でも変わりません。でも、ティム・スミスが引き受けていたのは(基本的には僕の考えに近いものだったと思いますが)「裏方だからキラクでいい」というような、そういう仕事ではなかったんですね。聴き込めば聴き込むほどに「どうすれば主旋律が引き立つか」「どうすれば黒子なりの存在感を出せるか」が学べる、究極のベースラインを考えたのがティム・スミスだと思うのです。

具体的には(恐らくは意図的に)ほとんどベース音を聞こえなくしてある箇所があります。そこでは他のパートのメンバーが躍動している。そういった部分のコピーは、本当に難しかった。積みあがったブロックの山を見て「こういう山ができているってことは、こういう土台があるんだろうな」と推測するような作業になるわけで。他方、いきなりハイフレットに跳ぶような小粋な仕事も、ティム・スミスはやってのけ。そういう部分は、聴き取り自体は容易だったものの、運指に苦労しました。スタジオでの合同練習がない夜も、ひとりで黙々と、そんなベースラインを指先とハートに刻み込んでいました。

メンバーは妥協を許しませんでした。ああでもない、こうでもないと、意見を出し合い、すりあわせ、懸命に「再現」への道を辿りました。僕の耳コピの誤りも、容赦なく指摘されました。今にして思えば、一銭の得にもならないことに、そこまで夢中になれたことは奇跡のようにも感じられます。単に「若くてヒマだったから」あんなことをできたわけではないと思う。人生で一度はフルマラソンを3時間台で走っておきたい、死ぬまでにドストエフスキーの「罪と罰」を読み通しておきたい、そういう類の野望と似た、仕事とも勉強とも違う、言うなれば「ストイックな遊び」に打ち込んだ日々でした。

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ライブは、西多摩にある市民会館の小ホールを借りて行いました。もちろんワンマンライブではありません、そんな身分ではありません。何組かの(それぞれに魅力ある)バンドと、だいたい30分くらいずつを分け合って演奏しました。たしかBUZZ the LIVEというイベント名だったかな。
ガチガチに緊張していた僕ですが、前奏が終わってドラマーが歌いだした瞬間、我に返ることができました。ああ、こんなにも素晴らしい声で歌う仲間がいるんだから、俺は大したことをしなくても大丈夫だと。己の小ささを受け入れることができたわけです。ティム・スミスは恐らく、もっと威風堂々と重低音を奏でていたのだろうけど、僕は僕なりのティム・スミスを演じました。のちにギタリストが述懐したところによると「ファンクラブに入るなら」の演奏が終わった後、一瞬の静寂があって、それから割れんばかりの拍手が届いたと。だいぶ過去を美化しているような気もしますが、少なくとも僕たちの「本気」は、聴いてくれた方々に伝わったのだと思います。

順番が前後しますが、前夜にリーダーが諭してくれたことを、今でも覚えています。

1.おまえは自分で思っているより上手いから自信を持て
2.緊張したら周りを見ろ、みんなだって緊張している
3.初手から間違えたっていい、そのほうが落ち着くから
4.ベースというパートは目立たないものだから気負わずやれ

その四か条は、そしてティム・スミスのあり方は、その後の(ベーシストとしてだけでなく、人間としての)頼りとなる羅針盤になったような気がします。己の卑屈さを自覚し、褒めてくれる人の言葉を信じようと努め、ノーミスなど目指さず、自分が注目などされていないことを思う。その上でブロックの土台を根気よく知ろうとし、時に勇気をもってハイフレットへ跳ぶ。常にそんな風にできたわけではないけれど(何度も無様で不誠実な姿を周囲に見せてきたけれど)少なくとも「そうあろう」とは心がけてきました。そうでなければフルマラソンをサブ4で走ることはできなかっただろうし「罪と罰」を読み通すこともできなかっただろうと思う。そう、前述した2つの野望は「例」ではなく、実際に僕が(ずいぶん後になって)達成できたことでもあるのです。

自分たちの演奏が終わって、1人でぼんやりしていた時、対バンの女の子(たしか1番手で登場した、椎名林檎やthe brilliant greenのコピーバンドの、キーボードを務めていた子)が「すごく良かったです」と声をかけてくれたことを思い出します。でも、それに対して、何か気の利いた言葉を返せたかは思い出せない。たぶん「ありがとう。そっちもクールでしたよ」くらいのことは言ったと思うのだけど。
あの日、色々な人に頭を下げ「ありがとう」に類することを言ったのは、かけがえのない思い出です。何かを突きつめると感謝することができるようになるというのは、実際に突きつめてみないと分からないものだと思う。

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世界には色々なベーシストがいて、持論を押し付けるのは愚かなことだと分かっています。いわゆる「歌うベース」も、それはそれで魅力的だし、ゴリゴリと鳴り響く、バンドを牽引するようなベースも、もちろん格好いいと思う。でも僕が選んだのは(選んだというより「そうするよりほかない」と悟ったのは)黒子として弾き、生きることでした。そばにいる天才に嫉妬し、憧れ、そんな自分を受け入れ、できることをやるというスタンスでした。

ティム・スミスの長いインタビューを見聞きしたことはないので、彼が本当のところ、どんなことを考えて、あのJellyfishという天才集団のなかにいたのかは分かりません。でも「背中で語る」という言葉があるように、優れたミュージシャンは「音で語る」ことができるものだと思います。もしかすると僕は、とてつもない誤解を抱いたまま演奏し、生きてきたのかもしれない。でも、自分に伝わってきたこと、少なくとも自分はこう感じたという手応えは、とても大事なものだとも思うのです。

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