3584 件掲載中 月間賞毎月10日発表
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

米津玄師はカリスマなんかじゃない

米津玄師の根底を流れる本当の魂

米津玄師。

今や小さい子供からおじいちゃんおばあちゃんまで知られるようになったミュージシャンだ。

テレビではヒットメーカーとして音楽界の注目の的のど真ん中にいる。

彼を一躍有名にしたのは「Lemon」の大ヒットだ。

異常なまでに売れ、本人でさえ、山火事を見ているようだと言っていた。

だが、世の中が彼を評価した理由はそれだけではない。

「パプリカ」、「まちがいさがし」、「馬と鹿」。

どれもたくさんの人に聴かれ、ランキングの常連の曲だ。

だが、それだけたくさんの人に聴かれているのにも関わらず、テレビ出演はほぼ無い。

そんななか出演した2018年の紅白歌合戦は大反響だった。

ネットは彼のテレビ出演に関してのもので溢れた。

そして2019年紅白歌合戦。

私が今書いている時点では彼の出演は発表されていないが、サプライズで出演するのか等の推測が、これまたネットで溢れている。

まさに、米津玄師はカリスマのようだ。

だが、私はそのような世の中にズレを感じる。

確かにランキングの常連になり、なのにテレビに出ないような状況は、カリスマと呼ばれる条件を全て満たしているような気もする。

カリスマといえば遠い存在だ。
遠いところでキラキラと輝いていて、でもなかなか手が届かないような存在。

そんなカリスマのイメージが私に世の中とのズレを生じさせているのだろう。

彼の唄をもう一度きちんと受け止めてほしい。

彼の唄は全く遠くなんてない。

逆に心のすぐ側に寄り添う唄だ。

確かにアレンジの仕方、コード進行を見れば、「凄い」というのが印象深くなるのかもしれない。

でも、私が注目するのは歌詞だ。

彼の歌詞は人間味で溢れている。

それも前だけ見る強い人間の唄じゃない。

弱いところを大切に抱えて、
必死になってイマを生きている人間の唄だ。

そんな彼の唄は、私が辛いとき一番側にいてくれた、

同級生に悪口を陰で言われ、性格を否定されたような気持ちになり、
生きることが辛くて学校に行けずに家で毎日泣いたあの日。

「どれだけ無様に傷つこうとも
 終わらない毎日に花束を」  (灰色と青)

嫌なことから逃げないで、ということじゃなくて、
よく生きてきたね、と言ってくれた気がした。

生きているだけでいい。そう教えてくれた。

そして彼は私の世界を広げてくれた。

「どこかであなたが今 わたしと同じ様な
 涙にくれ 淋しさの中にいるなら
 わたしのことなどどうか 忘れてください」 (Lemon)

大切な人をただひたすらに想い続けることの美しさ。

「迷走エスオーエスの向こうに
 救命はないのを知っていたって
 精々生きていこうとしたいんだ」
         (リビングデッド・ユース)

ただひたすらに生きていていく勇気。

世の中は学校だけじゃない。もっと美しいものもある。そんなことを教えてくれた。

また、彼のおかげで音楽の奥深さを知り、音楽が大好きになって、今や尊敬さえしているRADWIMPSやBUMP OF CHICKENにも出会えた。

全ては彼が音をくれたからだ。
私は居場所を見つけられたのだ。
彼の唄はずっと側にいてくれた。

だから、私は米津玄師をカリスマと見れないのだと思う。

音楽は人それぞれの受け止めかたがあるものだと思うから、彼の唄を天才的なものだと受け止めていても何の問題もない。

だが、それだけではないことを心の片隅に置いといてはくれないだろうか。

きっとこれからも、彼は、革新的な音楽をつくりだしていくのだろう。

でも、その中にある、
米津玄師さんという一人の人間が、
何か想いを持って書いたであろう唄の、
その想いを少しでも掬う人でありたいと強く思う。

これを書いている今、2019年が終わろうとしているが、
2019年が始まってすぐの2月2日、
彼のライブに行った日。

彼は一人の人間として、
ありのままの人間として歌っていた。

もしかしたらこの先、長い間彼のライブには行けないかもしれない。

だけど、あの日から続いている今と、
彼の輝きもつ唄の中の根底を流れる強い想いを、
大切に抱えながら、
一人の人間らしいミュージシャンとして、
米津玄師の音楽を抱きしめていこうと思った。
 
 
 

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい