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世界の片隅でもなく世代の端くれでもない孤独の旅路

ニール・ヤングとクレイジー・ホースとジャック・ニッチェが通じ合った音楽世界のこの部屋で

思い出せば、高校生の頃、ラジオで聞いたニール・ヤングの名曲は、”Heart Of Gold”(孤独の旅路)という曲だった。ラジオ番組の何かしらの特集でニール・ヤングの歌が何曲か流れたのかもしれない。
そのなかで特に気に入ったのが”Cinnamon Girl”というロックな曲だった。
加えて言うなら、”Ohio”も”Like A Hurricane”もロックで、すぐに好きになった。
僕は、音楽を気に入った最初のきっかけがロックだったから、やはりどうしても格好いいロックに聞き耳を立ててしまう。
ニール・ヤングを初めて聞いた時、すでにボブ・ディランの歌は聴いたことがあって、CDのアルバムをよく聴いていた。
フォークソングの哀しげな表情も、強い意志の歌心も、なんというか、今まで知らなかったのに、懐かしさを覚えるものだったし、世代も全然ちがうのに何故か自分にも共感できる音楽だった。
ニール・ヤングの”Heart Of Gold”(孤独の旅路)を聞いた時、僕はボブ・ディランを想った。それは曲中に哀愁のハーモニカが鳴らされるから、という感じ方だったのかもしれない。音楽の初心は単純な受け方をするものだ。
とにかくフォークソングに付き物と言えるのがハーモニカだ。
ニール・ヤングの哀愁感は良い感じだと僕は思った。
その反面では荒々しくも激しい演奏をするニール・ヤングに惹かれていた。
1995年に高校2年だった自分は、それより30年くらい前の音楽に興味を持った。それで、そのロック史に残る名盤とやらを探る旅を始めてしまった。
ニール・ヤングの名曲に、”Helpless”という歌がある。それもラジオで聞いたのかもしれない。
その”Helpless”は、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング(CSN&Y)というグループのアルバム、「Deja vu」というアルバムに入っているらしい。それも当然聴いた。
僕はニール・ヤングを聴きたかったから、スティヴン・スティルスもデヴィッド・クロスビーもよくわからない。中でもグラハム・ナッシュの歌はポップな感じが良いと思った。
クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングのフォーク仕様のハーモニーヴォーカルが斬新なのも、高校生の自分には響かない。
僕は格好いいロックと、”哀愁の名曲”ただ良い曲のイメージを求めていた。

「Deja vu」のなかでデヴィッド・クロスビーが不穏なイメージを膨らませる”Almost Cut My Hair”はロックだった。エレキギターのけたたましく響き渡る展開とクロスビーの無骨に吠える歌は、まあ良かった。

アルバム全体の第一印象でやはり気に入ったニール・ヤングだったけれども、ニール・ヤングはこのアルバムでは異色な気がする。そしてスティルスがどこでどういう役割をしてどの曲で存在感を示しているのかもよくわからない自分だった。
それから僕はCSN&Yの「デジャ・ヴ」を気に入らないまま聴くのをやめた。好きになり始めてもう一度見直したのは数年後だ。
音楽に熱狂を求めて聴くと細部を見落としてしまう。気に入らないものは聴かないし、気に入る曲だけを繰り返すという感じ方で、次々と先へ進もうとする自分だった。
若い時、聴きたいのはやはりロックだったと思う。
1997年に「イヤー・オブ・ザ・ホース」という映画があった。僕はそれをいつ観たのか忘れている。「イヤー・オブ・ザ・ホース」は、ニール・ヤングと彼と共にあるバンド、クレイジー・ホースのライブツアーをドキュメンタリーで描いたジム・ジャームッシュ監督の映画だ。

僕は同じ頃にジャームッシュの監督による「デッドマン」の映画を気に入っていた。白黒映像の異色な西部劇は気味が悪いけれど、展開と編集がクールに格好いい。
頼りない青年のジョニー・デップが次第に変調してゆく姿は見どころだった。子供のころに観た「エイリアン2」の映画で善良なアンドロイドだった人が「デッドマン」では異様な悪役を演じているのが自分には面白かった。その俳優はランス・ヘンリクセンという人だと知る。

話を戻して、その奇妙な映像の全編でギター音を被せているのがニール・ヤングだった。
ジム・ジャームッシュとロックの関わりは強い。
大学生の時に雑誌で見たジム・ジャームッシュの選ぶロックな名作アルバム10選か何かのページは何度も読み返した記憶がある。たしかイギー・ポップやMC5が選ばれていたと思う。僕はストゥージズの”No Fun”と”Fun House”という曲をラジオで聞いたばっかりで夢中だったので、ジム・ジャームッシュの言う事が興味深かった。
「イヤー・オブ・ザ・ホース」の映画は一度観たきりで、細かなところは今、全然思い出せないのだけれど、クレイジー・ホースのバンドはロックだったし、ニール・ヤングがエレキギターを轟音で鳴らすところは印象にある。自分が聴きたいのはエレキなニールだったんだやっぱり。
でも、ここでは名曲であるはずの”シナモンガール”も
“オハイオ”も”ライク・ア・ハリケーン”も、やっていない。

ニール・ヤングは1990年代に、”ゴッドファーザーオブ・グランジ”と呼ばれているらしかった。その時、僕はグランジの事は当然知らないし興味がない。グランジムーヴメントの中心的なバンド、パール・ジャムがニールと共演しているという情報は面白そうだけれど、大体、グランジのメインバンドともいうニルヴァーナを好きじゃなかった。好きじゃないというより聴いたことがないし、パンクがきらいだった。パンクとグランジも同じようなものだと、それは単なる思い込みと偏見だというのは今になってよくわかることだ。
ニール・ヤングとパール・ジャムが共演したアルバムは1995年の「MIRROR BALL」だ。このアルバムが発売された当時僕は雑誌でそのアルバム評とジャケットデザインを見た記憶がある。ジャケのイメージは格好いい。
しかしそれだけで当然聴かなかった。

今改めてその「ミラーボール」を聴くと、ニールとホースよりも、ニールとパールは安定のロックを打ち鳴らしていると思う。さすがにグランジのパール・ジャムの演奏は若くみずみずしい。ひけを取らないニールの勢いも凄い。
(今日はひとつの発見があった。チバユウスケのバンドROSSOの「DIRTY KARAT」の名曲”CHAD IN HELL”のインスピレーションになった曲は、ニール・ヤング「MIRROR BALL」からの”Scenery”だった。最高やん)

ニールとホースはその1995年当時には50代のおやじになっている。それにしては強力なロックをやっているだろう。でも僕はその時代にこれらを聴かなかった。「イヤー・オブ・ザ・ホース」で少し見ただけだ。

僕はクレイジー・ホースに興味があった。それもおやじじゃなく全盛の時代だ。
そもそもニールとホースが若くてクレイジーだった1970年代はどうだったか、自分が初めて聞いた”シナモンガール”はじゅうぶんに時代を乗り越えたロックだと思う。
自分に響いていたのは通年ずっと延々永遠”シナモンガール”だった。この音楽が大好きだった。そして弾き語りのニールよりも、弾け飛ぶヤングが聴きたい。
クレイジー・ホースについて、このバンドの詳細についてどこで知ったのか記憶が薄いけれども、元々バンドの中心だったギタリストのダニー・ウィッテンが1970年代にすでに亡くなっている事実の重さを、何故か自分は勝手な気持ちで受け止めていた。

高校生の僕はDANNY WHITTEN(ダニー・ウィッテン)の存在がずっと気になっていた。しかし、1995年頃にクレイジー・ホースのオリジナルのアルバムのCDは店に行っても無かったように思う。
CDで聴けたのは2003年だった。

それを聴いた時には、自分の興味は違う方向を見ていたのか、ごちゃごちゃと分散した感覚で音楽を追っていて、クレイジー・ホースの音楽にそんなに感動はしていなかったのかもしれない。

2003年に自分に響いた音楽は、ザ・バンドの「ラスト・ワルツ」の映画だと思う。マーティン・スコセッシ監督が解散コンサートを描いたこの映画にも、交友関係のニール・ヤングが出演して一曲歌っていた。昔聴いたあの”Helpless”だった。僕はニール・ヤングよりもヴァン・モリソンのパフォーマンスに感銘を受けた。そしてザ・バンド、リヴォン・ヘルム、リック・ダンコの真の籠った歌に打たれた。
2003年になると、音楽自体というよりも、大体において、もうCDの音質について不満があったのがこの時代で、自分は世に在る数多くのCDのそれぞれの音質と音圧の差に気づき始めていた。内容が良くても音質のよろしくないものは聴く気が起きないという気持ちだった。
それで多くのCDを手放した。
このクレイジー・ホースのアルバムもそれらのひとつだ。

僕はクレイジー・ホースのアルバム1971年の「CRAZY HORSE」と翌年の「LOOSE」を聴いたのだけれども、「LOOSE」には、肝心のダニー・ウィッテンが参加していなかった。ダニー・ウィッテンが亡くなったのがその1972年だという。
だとすれば、ダニー・ウィッテンがクレイジー・ホースとして実質的に作品を残したのはただ一枚「CRAZY HORSE」だけという事だろうか。バンドで主に歌うウィッテンの声の実際が聞けるのは前身バンドのザ・ロケッツのアルバムとこれだけなのだろう。

アルバム「CRAZY HORSE」には、ダニー・ウィッテン作の名曲”I Don’t Want To Talk About It”(もう話したくない)が輝いている。この1970年代では後にロッド・スチュワートとリタ・クーリッジが歌っているのが有名だ。
それらのアルバムとカバーバージョンを聴いたけれど、ひときわ素晴らしいオリジナルバージョンだと思う。クレイジー・ホースのオリジナルでは、ライ・クーダーが心あるスライドギターを丁寧に奏でる。
ライ・クーダーは、またアルバムの”Dirty Dirty”という曲では転じて大胆にエレクトリックスライドをキメてクレイジーなこの暴れ馬を大きく動かせている。

そういえば、「CRAZY HORSE」のアルバムにおける発見は、このライ・クーダーの参加もそうだけれど、ニール・ヤングのアルバムに今まで参加してきた人脈なんだろうが、ジャック・ニッチェやニルス・ロフグレンの名前が入っている。

プロデュースはジャック・ニッチェとブルース・ボトニックにより、エンジニアはブルース・ボトニックだ。この人はドアーズのエンジニアとして有名だし、「CRAZY HORSE」は何気に豪華な製作陣によって出来ている。
そしてジャック・ニッチェはプロデュースだけでなく、バンドの一員としてピアノを弾き、1曲では歌も唄っている(“Crow Jane Lady”)
JACK NITZSCHE(ジャック・ニッチェ)は1960年代にはフィル・スペクターのアメリカンポップスに関わっていて、60年代中期にはローリング・ストーンズのアルバムでアレンジをやっていたりする人だ。
ニール・ヤングで言うと、1969年の1作目のソロアルバム「Neil Young」からニッチェが関わっていて、その後もいろんなアルバムに数曲で演奏したり編曲を請け負っている。

他に、
JACK NITZSCHEのソロアルバムの名義による1972年のアルバム「St.Giles Cripplegate」というのもある。演奏はロンドン・シンフォニーオーケストラにより、作曲はジャック・ニッチェによる。クラシックの交響曲というこの思いがけない音楽はニール・ヤングやクレイジー・ホースの音楽とは関わりないものかもしれない。

NEIL YOUNGの名作と知られる「Harvest」1972年のアルバムには、ジャック・ニッチェ編曲によるストリングスが絡んだ2つの曲がある。僕は以前からこのアルバムの中にある
“A Man Needs A Maid”と”There’s A World”が不思議に思えていた。いったいどうしてロンドン・シンフォニーオーケストラがここに参加しているのか。その疑問は一応このつながりで理解できる。

僕は、ニール・ヤングのロック曲が無い「Harvest」を、名作とはいえ、そんなに聴いていなかった。
このアルバムは”Heart of Gold”(孤独の旅路)を聴くために聞いていたようなものだった。
これからは別の視点で見てみるのが良いのかと思う。
今まで自分が聴きたいのはやはりロックだったんだろう。
「Harvest」よりも”Southern Man”が入っている「After The Gold Rush」が好きで、それよりも”シナモンガール”が入っているニール・ヤング・ウィズ・クレイジー・ホースのアルバム「Everybody Knows This Is Nowhere」の方が良いと思っていた。

みんなが知っているアルバムよりも”此処は何処でもない”という感覚を求めていたかった。バンドが鳴らす音からはクレイジー・ホースの名の通り、荒くれ馬の走る軋みが聞こえる。今でも謎めいた演奏だと思う。
それを想えば、その2年後だとしても「CRAZY HORSE」のアルバムは如何に端正に洗練された事だろう?
この実は、ジャック・ニッチェとブルース・ボトニックによるプロダクションの強さもあるのだろう。

僕は好きな音楽を、CDで聴いたりレコードで聴いたりしているが、CDで聴いたことのあった「CRAZY HORSE」を、内容は同じでもレコードで聞き直す感触は大きく違うと思う。

レコードで聴けば、
クレイジー・ホースの肝心だと思っていたダニー・ウィッテンというよりも、ベースのビリー・タルボット、ドラムのラルフ・モリーナによるバンドの脚力がやはり荒馬の如くがっしりとして骨も強い。
曲の中で広がってゆくコーラスとハーモニーのヴォーカルもバンドのメンバーによるもので、なかなかに颯爽としている。これはクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングの影響ではあるだろう。

CDではあんまり聴いていなかったのに、レコードなら何度も聴いてしまう音楽がある。
この「CRAZY HORSE」もそんなアルバムだ。何回何回聴いてもまだ何か気になってしまう。
僕は以前、ジム・オルークのフェイヴァリットミュージックを調べていて、その中にジャック・ニッチェの「St.Giles Cripplegate」のアルバムを見つけた。選盤された数々のアルバムの中に、ニール・ヤング「On The Beach」があり、デヴィッド・クロスビー「If I Could Only Remember My Name…」というのもあった。
高校生の時、クロスビー、スティルス&ナッシュは好きじゃなかったが、20才の頃、「GRAHAM NASH/DAVID CROSBY」1972年のアルバムを聴いてみて少し見方が変わった。だんだんとデヴィッド・クロスビーの音楽が気になっていった。そこにはイギリスのロックにはないアメリカの翳りのサイケデリック感覚がある。
そして、同じ頃にはそのクロスビーも参加した1973年の
Gene clark Chris Hillman David Crosby Roger Mcguinn Michael Clarkという連名作、1960年代のザ・バーズのメンバーによるリユニオンアルバム「Byrds」をよく聴いた。

ここにはニール・ヤングの作品が2曲カバーされている。名曲”Cowgirl In The Sand”のカバーはもちろん素敵だった。そして最後にある”See The Sky About To Rain”がとても良い曲だ。繰り返し繰り返しアルバムを聴いた。
音楽の全体の印象は、クロスビー、スティルス&ナッシュに近い感触だと僕は思っていた。
つい最近、やっとニール・ヤングの「On the Beach」を聴くことができて、思わぬ発見があった。
あの「Byrds」(1973年)のアルバム最後の曲
“See The Sky About To Rain”の作者本人のバージョンがここに入っていた事。そしてこの曲は、
クレイジー・ホース、ダニー・ウィッテンの名曲、
“I Don’t Want To Talk a It”と非常に似ている歌だということだ。

もう何年も前に「Byrds」のバージョンで聴いたことがあるのに、クレイジー・ホースのそれとは似ていると気づいてもいない。

自分自身の発見はとても時間がかかるものだ。
誰かが教えてくれたら良いのだが、誰も教えてくれないから道は自分で歩かなきゃいけない。
この世界の片隅で
この世代の端くれでもない僕は
孤独の旅路をゆく。

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