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季節を越えて

平手友梨奈「角を曲がる」の主人公に出会って

東京ドーム公演でこの曲を聴いてから、この動画が公開されてすぐに、一度だけ観た。それからは、今まで観ることができなかった。
理由は自分でも分からない。でも、あまりにも訴えかけるものの量が多すぎると、時に自分自身のキャパを越えてしまうことがある。自分自身と向き合うことなしに、この曲を聴くことはできない。
私はそんなに強くないから、日常生活を守るための、一種の自己防衛であったのかもしれない。

『独り占めしてたはずの不眠症が 私だけのものじゃなくて落胆した』

世の中の人は、全員自分の人生が世界で一番大変だと思って生きているものだと思う。
誰だって、生まれてから死ぬまで自分の人生しか歩むことはできないし、自分の人生に、一歩だって他人の足跡がつくことはない。
つまり、この世に生まれた人は皆、他人の人生を一歩も歩むことなく死んでいく。
体験したことのないものの大変さを測り知ることなんてできないし、自分の苦しみを誰かに経験させることなんてできやしない。

みんなの中の一人になんてなりたくないと叫びながら生きても、自分だけの人生を歩んでいきたいと思っていても、ふと周りを見て、似たような人間で溢れていることに気づいてしまったとき、自分の存在価値が分からなくなる。
人が溢れかえる街で、私はここにいるよと叫びたくなる。
誰に言いたいのかも、何がしたいのかも分からないけれど、ただ、私はここにいるという事実を、誰かに認めてもらいたいときがある。

自分の気持ちを、存在を、誰かに気づいて認めてほしいと思う日がある。でも、自分の気持ちは自分だけのものにしておきたいとも思う。
本当にお気に入りのおもちゃを、友だちに貸してと言われて怒る子どものように、母親が自分以外の子どもと話しているのを見て、泣きじゃくって母親の気を引く子どものように、本当に大切なものは、自分だけのものにしておきたい。

眠れない夜を幾度となく越えて、何度も角を曲がって、曲がって、曲がって……。
彼女が、暖かいところにたどり着く日がくることを願わずにはいられない。
ふわふわの毛布にくるまって、うたた寝してしまうような、そんな場所にたどり着くことができるように、願わずにはいられないのだ。

ただ、何も尋ねず、「大丈夫だよ」と言ってくれる人に出会えますように。
「頑張れ」でも「すごいね」でもなく、「大丈夫だよ」と、ただそれだけを伝えてくれる人に出会えますように。
あわよくば、自分で自分に「大丈夫だよ」と言える日が来ますように。

曲が終わって、暗くなった画面に映った自分の顔を見て、たまらなくなった。
 

……ここまでは、2019年10月24日に、私がノートに残した走り書きをもとにしたものである。

あの日、曲が終わった後、どんな感情だったのか。
感情は、感覚は本当に儚いもので、今の私には当時の私を代弁することはできない。
ただ、曲が終わってすぐ、感情に任せて走り書きをし、「たまらなくなった」と言葉にして、本当にたまらなくなって、続きが書けなくなってしまったことを、何となく覚えているだけだ。
 

季節が変わった12月。またPVを見て、もう一度彼女と再会した。

他人に”らしさ”を造り上げられて、幻想の自分しか見てもらえないか?
他人の造りだした”幻想”と、自分の中の”現実”のギャップに、はち切れそうな思いを抱いているか?
他人の期待には応えられない、応えたくない。でも、自分の中での自分をはっきりととらえることもできない。そんな自分が、嫌いか?

……そのままでいい。

問題を起こさなくても、幸せなんてもらえない。
誰かを幸せにしたいと思ったとき、その人のためにしてあげられることは、その人のできるだけ近くに、幸せを浮かべてあげることだけだ。
幸せの存在に自分で気づいて、自身の手を伸ばさなければ、幸せを手に入れることなんてできない。
どんなに愛し合っていたとしても、幸せの手渡しは、できない。
だから、そんなことのために、自分を殺さなくていい。

『らしさって一体何?』と語りかけながら、鏡を割った先の二人の主人公は、他人が造りだしたイメージの”彼女”と、本当の”彼女”だろうか?
そう考えることもできるだろうが、私は、他人のイメージに近づくために本心を殺して微笑む”彼女”と、本心を殺してしまったことに苦しむ”彼女”だと思う。

これは、どっちも本当の”彼女”ではなかろうか?

彼女は、他人からのイメージの圧に苦しんでいるだけではないと思う。
『本当の自分はそうじゃない』のに、分かってもらえなくて、結局本心を殺してしまった自分の弱さが憎くて、思い通りにならない自分に対しても苦しんでいるのではないか。

本心を殺して微笑む”彼女”も、本当の”彼女”だ。
自分と闘い、苦しみ続ける”彼女”も、また本当の”彼女”だ。
だから、こんなの本当の私じゃないなんて、苦しまなくていい。

本心を殺してしまった自分は、弱い自分は嫌いかもしれない。でも、弱い自分を否定したら、その存在を否定してしまったら、それは、本当に”自分を殺す”ことになってしまう。

本心を隠して微笑むことと、自分を殺すことは別物だ。

『微笑みたくないそんな一瞬も 自分をどうやれば殺せるだろう?』

……自分を殺して、微笑む、のではないと思う。
本心を殺して、微笑んで、そんな弱い自分が憎くて、つらくて、弱い自分の存在を否定することで、自分を殺してしまう……。

弱くてもいい。そのままでいい。
本心を殺してしまった自分も、そんな自分が嫌いな自分も、全部本当の自分だから。
だからどうか、自分の存在を、自分で否定しないで。

できるだけ本心で生きていきたいと願っても、たまにはそれが叶わないこともあって、どれが本当の自分か分からなくなる日もある。
大丈夫だから。
全部、本当のあなただから。
本心だけが、本当のあなたではないから。
だからどうか、どんな自分の存在も、あなたが認めてあげてほしい。
どうにか自分を殺さずに、歩いていけますように。
 

季節を越えてもやっぱり、彼女に思いを馳せてしまう。
どうかどうかと、いろいろなことを願わずにはいられないのだ。

……彼女は、鏡だ。

無駄な期待に、押し潰されそうな日がある。
本心を隠してしまった自分に、どうしようもなく腹が立つ日がある。
変わらない毎日に流されていってしまいそうで、ふと気づけば何も持たないまま社会に投げ出されてしまいそうで、どうしようもなく怖くなる夜がある。
気づけば一日が終わって、時の流れの速さが怖くて、形ある、確かに手に触れられる”自分らしさ”が欲しいと焦る夜もある。
 

……角を曲がって、曲がって、曲がって、彼女にはいつかきっと、自分の全てを受け入れられる日が訪れると思う。

だって、夜空を見上げて歩いているんでしょう?
そうじゃなければ、中途半端な星空に気づくことはできないはずだから。
夜空を見上げていたら、いつか流れ星を見つけるかもしれないし、やがて夜が明けて、朝日が見えるかもしれない。
どうか、彼女にいつかそんな日が訪れますように。

都会に出てきてから、もうすぐ一年。
どうせ星なんか見えないと、夜空を見上げたことはなかった。
ふるさとの星空を思い出して、悲しくなるのが嫌だった。
人だらけのこの街で、何かにどうしようもなく怖くなった夜は、家から出ることすらできなかった。

季節を越えて、出会った彼女。
今日もどこかの角を曲がっているのだろうか。
どこかで中途半端な星空を見上げているのだろうか。

今夜は私も、彼女と同じ星空を見上げてみようか。
いつか私にも彼女にも、夜空に何かを見つける日が来ると信じて。
 

(『』内は、「角を曲がる」より引用。)
 
 

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