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好きなアーティストが活動をやめたとき、私たちはどうすればいいのか

School Food Punishmentがいた世界で、la la larksがいる未来で、私は、

生まれてはじめて好きになった音楽のことを、覚えているだろうか?
生まれてはじめて好きになったアーティストのことを、覚えているだろうか?

音楽が好きな方なら、きっと「Yes」と答えるだろう。
私もそうだ。はじめて好きになった音楽、アーティストは、今に至るまで自分の根幹を成している。
では、

そのアーティストは、今も活動を続けているだろうか?

現在の私はたぶん「No」と答えることになるだろう。
はじめて好きになったそのバンドは、7年以上前に解散している。
そのバンドの系譜に連なる新しいバンドが生まれたが、その1つは、2019年9月にライブ活動を休止し、ひと区切りをつけた。
こちらは無くなった訳ではないので、現在も水面下で曲を作っていると思うのだが。

7年以上前、大好きなバンドの解散から、ずっと考えてきたことがある。
好きなアーティストが活動をやめたとき、残された私たちはどうすればいいのか?

当時の自分はどうすればいいか分からなかった。しかし今になって、ふたたびそんな状況に遭遇したこともあり、その方法を考えるようになった。そしてようやくほんの少し分かってきた。
はじめて好きになったバンドと、それを継ぐバンドへ感謝を込めて。私の思い出と併せてそのことを書いていきたい。

School Food Punishment。それがはじめて好きになったバンドの名前だ。
 

内村友美(Vo.)、蓮尾理之(Key. / Syn.)、山崎英明(Ba.)、比田井修(Dr.)からなる4人組ロックバンド。
音楽性について、「エレクトロニカ、ポストロック、プログレなどを独自に解釈した~」なんて説明がなされていた記憶があるが、当時の私は具体的にどういうことなのかよく分からなかった。音楽の授業は好きだったし、家では年中父が色々な曲をかけていたが、自分からそれらにハマっていた訳ではない。理論的なことは分かるはずもない。
私が一聴して最初に思ったのは、
「この世にはこんなにカッコいいものが存在したのか……!」
ということだった。

はじめて聴いたのは2009年発売の1stシングル「futuristic imagination」。父に勧められて見たTVアニメ「東のエデン」のEDテーマだった。
とにかく鮮烈でカッコよかったのだ。ピアノとストリングスの音がこんなに攻撃的だったなんて。畳み掛けるような曲展開。合間に挟まれる変拍子。抽象的な概念と強い意志を行き来する歌詞。柔らかくも焦燥感と芯の強さが伝わる歌声。
TVサイズの約1分半、あらゆる要素が自分の心を刺してきた。胸の奥がざわざわするのを止められない。カッコいい。ずっとずっと聴いていたい……

しばらくして、買ってもらった携帯ゲーム機に音楽を入れることができると知った私は、これまでにない強い意志で、「エデンのEDのやつ、あれが聴きたい」と父に訴え、配信でシングルを買ってもらい、School Food Punishmentの曲を聴くようになった。

自分から何かにハマったのは生まれてはじめてだった。
当時好きだったものがなかった訳ではない。しかし当時小学生の自分にとっては、あのゲームどこまで進んだかとか、昨日あのアニメ見たかとか、そうした話題についていくためのコミュニケーションツールとしての側面が強かったのだ。
だがSchool Food Punishmentの曲を聴いた時、他人が知っているかなんてどうでもいい、自分はこれが好きだ、とはじめて思った。そう思わせるだけの力がschool food punishmentの曲にはあった。

1stアルバム「amp-reflection」の音源を父が手に入れてからは、もう完全にschool food punishmentの音楽の虜だった。
「futuristic imagination」を含む13曲入りのアルバムだが、はじめて聴いた時と同じくらいの衝撃を、手を変え品を変え全曲が提示してきた。鳥肌の立つカッコよさとその裏の奇想天外さ。高周波が出るネズミ捕り器の音を使った曲なんて世界に何曲存在するのだろうか(「goodblue」)。
そして、Vo.内村友美の歌詞からは、多くのことを知った。田舎の閉鎖的環境に育ったからか、まだ幼く経験が不足していたからか、歌詞を通して学ぶことは多かった。恋をすると「無駄な遠回りのクセ」がつくらしいこと(「butterfly swimmer」)、何もかもダメで「途方に暮れていたい」ような明け方が人生には存在すること(「04:59」)など。曲を聞くまで当時の自分には想像もつかなかったのだ。
中でも特に好きな歌詞は、「世界」や「未来」について歌っているものだ。

「君が少女に教えた 世界に溢れる無限の色
 パレットの中の絵の具では作れないほどあると」
『goodblue』

「明日を呼ぼうと 晴れのち晴れだと
 簡単に雲 払ってしまう 君の横顔 みとれるほど 眩しい未来
 あぁ 世界は変わる きっと変われる」
『after laughter』

思い返せば、私はschool food punishmentの曲に、価値観の軸を作ってもらっている。
上記の2曲をはじめ、このアルバムは、何も知らない私に広い世界や未来への憧れを抱かせ、心の奥深くへ根付かせていった。
いつしかschool food punishmentは私にとっての生きる指標となり、曲を聴く時は、そうしたものに思いを馳せる時間となった。
 

2012年2月、無期限の活動休止を発表。6月、内村友美の脱退に伴い、解散。
解散を知ったのは、新たに買ってもらったばかりのiPod touchでネットを見ていた時だったと思う。
2ndアルバム「Prog-Roid」を経てリリースされた、7thシングル「How to go」を何度も聴いて、次はどんな曲が出るかワクワクしていた矢先だった。

解散に至った経緯はよく分からなかった。私にとってそれほど重要でもなかった。
ただ、憧れであり、指標であり、自分に寄り添い未来や外の世界に希望を持たせてくれる存在。それがいなくなった事実の方が重大だった。
こんな時、人によっては泣いたり、何も手につかなかったりするのだろうか。
私は茫然としていただけだ。日常生活はたぶん普段通り送れていた。
ただ、何をするにも現実感がない。気付けば虚しい気持ちが胸を占めている。
それが本当にキツかった。

今になって思い出すのは、「Prog-Roid」が出たときのライブ映像。私がついに行くこと叶わず、CDの特典DVDで見たライブだ。
冒頭、ステージに立った4人の背後のスクリーンに映る、レトロゲームを模したウィンドウ。

CONTINUE?
>>>Yes
  No

選択肢を指す矢印は上下に動き続け、「Yes」を指し、演奏が始まるまでにはしばらく時間がかかった。その動きからは、何かを続けるべきか否かという迷いが感じられた。
6thシングル「RPG」を踏まえた演出だが、あれは予兆だったのかと、今でも思う。

以上が、私がはじめて好きになったバンドと出会ってから解散までの顛末だ。
 

一度、冒頭の問いを思い出してほしい。好きなアーティストが活動をやめたとき、残された私たちはどうすればいいのか?
私の場合は、その時、必死に喪失感を埋めようと試みていた。

School Food Punishmentの解散以来、私は途方に暮れていた。「04:59」の歌詞をこんな形で実感することになるとは思わなかった。思い入れが強すぎた反動か、あれほど聴いていた「amp-reflection」をはじめとする音源が聴けなくなっていた。
代わりに手が伸びたのはYouTubeだった。
憧れの4人はいなくなった。しかし、あの4人から影響を受けて音楽を作っている人が、もしくは4人が影響を受けたアーティストの流れをくむ人が、世界のどこかに必ずいるはずだと思ってのことだ。
そこからは「4人組のバンド」「女性ボーカル」「メンバーにキーボード・シンセサイザーがいる」といったSchool Food Punishmentの要素を基準に、音楽をひたすら漁った。時にはジャンルについて調べ、その歴史の長さや定義の複雑さに頭を抱えながらも、関連するアーティストを探しては聴いた。そしてその度に「なんか違うな」と歯がゆい思いをした。
私にとってあの4人の音楽に代わるものはないであろうことは、はじめて聴いた時から分かっていたはずなのに。
 

しかしある時を境に、喪失感は徐々に埋まっていくようになる。自分にとっていまいち刺さらないと思っていた曲が、突然カッコよく聞こえはじめたのだ。
長く音楽を聴いている人には良くあることかもしれないのだが、当時、School Food Punishmentの曲が唯一のカッコよさの基準だった自分にとっては、大きな変化だった。

私は、今まで聴いてきたSchool Food Punishment以外の音楽それぞれの良さをよく理解せず、切り捨てていた自分を恥じた。そして同時に、今まで聴いてこなかった様々なタイプの曲を聴くことが面白くなった。
そのためか、高校に進学してから、自然と音楽系の部活動に入った(どういう訳か管弦楽中心の部活だったが)。
やがて、School Food Punishment以外に大好きなアーティストもできた。
大学へ進学し上京してからは、ライブに足繫く通い、生の演奏を浴びる楽しみを覚えた。
気付けば、音楽そのものが好きになっていた。
 

そしてその中で、la la larksというバンドと出会い、好きになることができた。

School Food Punishmentの内村友美が、バンドの解散までプロデューサーを務めあげた江口亮たちと共に結成したバンドだ。坂本真綾に提供した「色彩」は多くの方が耳にしたと思う。本人たちもセルフカバーをよくライブで披露していた。

かつての自分ならSchool Food Punishmentとの音楽の違いにもやもやしただろう。正直、結成の報を聴いた時は、期待が半分、果たして自分に受け入れられるのかという不安が半分だった。実際に楽曲を聴くと、ギターの音が増え、謎の電子音が減り、歌詞がいくらか素直になっており、そうした変化に戸惑った。

だが「ハレルヤ」という曲を聴いた時、一発で好きになった。
サックスやトランペットなど、ブラスセクションの生音をフィーチャーした、School Food Punishmentでは考えられなかった楽曲だったが、今の自分にとっては間違いなくカッコいいものだった。この人たちを追いかけなくては。School Food Punishmentの代わりではなく、la la larksとして。そう思った。
「ハレルヤ」の歌詞にこんな一節がある。

「想いには優劣じゃなく 温度差があるの」
『ハレルヤ』

かつてSchool Food Punishmentに熱中した自分。解散のショックで大好きだった曲を聴かなくなった自分。その一方で他の様々な音楽にハマりだした自分。
それら全てを優しく肯定されたように思えた。好きなものたちへの熱は絶えず変化し、温度差が生じる。でもそれらに優劣はない。どれも等しく大切なものだ。
ここまでの紆余曲折は無駄ではないと思えた。いつの間にかla la larksのことも大好きになっていた。

そして2019年、ライブ活動休止前最後のライブを、自分の目で見ることができた。
 
 

好きなアーティストが活動をやめたとき、残された私たちはどうすればいいのか?
7年以上を経た今、明確な答えは未だに出せないが、やっと分かってきたことが2つある。

1つは、喪失感を埋めようと試行錯誤するのは無駄ではないということだ。
School Food Punishmentが解散してから私が様々な音楽に手を出したのは、ある意味では迷走の現れとも言えた。
だが、そこで大いに迷ったことが、私の音楽に対する認識を変え、好きなものを増やし、自分の世界を拡げることに繋がった。
誰に理解される訳でもなく、ただ1人部屋で曲を聴いていただけの自分が、la la larksを通してSchool Food Punishmentが好きな人々に出逢い、好きな音楽を語り合えるところまで来た。

School Food Punishmentが歌ってきた「世界」、私が憧れていた「世界」に、気付けば自らの力で辿り着いていたのだ。
School Food Punishmentがいなくなってからの時間は、School Food Punishmentと同じくらい、私を形作っていた。
 

もう1つは、好きなアーティストが活動をやめた事実とどう向き合うか、ということについてだ。
「喪失感を埋めようと試行錯誤するのは無駄ではない」今の自分は本当にそう思っている。だがこれは好きなアーティストが活動をやめて時間が経った今だから言えることだ。今まさに憧れの存在を失って悲しみに暮れている人が、すぐそんな気持ちになれるはずはないだろう。

最近になって私の周りで、バンドの活動休止・活動終了・解散や、メンバーの脱退・失踪・訃報などを聞くことが多くなった。
その度にたくさんの人が、かつての私のような、あるいはそれ以上の辛い気持ちになっていると思い、胸が苦しくなった。
そんな時どうすればいいのか。どういう気持ちでいればいいのか。ずっと考えていた。

現時点の私はこう思う。
残された私たちにできることは、感謝の気持ちを表現することだけなのではないかと。

「音楽を作ってくれてありがとう」「自分を作ってくれてありがとう」こんな気持ちを目に見える形で残すことだ。
活動を続けているアーティストなら、ライブに行くことやCDを聴くこと、ライブ映像を見ること、グッズを買うことは感謝を示す手段になりうるだろう。ファンレターや贈り物などもいいかもしれない。
しかし活動をやめたアーティストに対してはどうするか。こうなればもう言葉を尽くして語るしかない。
語ることで、私の大好きな人達が確かに存在していたという事実を、積み上げていくしかない。
あの人達が自分に何を残したか、自分はそれをどう活かしていくのか、それらを考えていくしかない。

そう思って、私はこうして文章を書くことにした。
School Food Punishmentというバンドが存在したこと。la la larksというバンドに繋がっていること。
これを読んでくださった方に、その事実が少しでも伝わる可能性に懸けている。
もし興味を持っていただけたなら、是非聴いてほしい。School Food Punishmentやla la larksの音楽を。
そして、もしあなたが今、好きなアーティストがいなくなって途方に暮れているのであれば。
いつか元気になって、ふたたびそのアーティストや音楽の話ができるようになることを、祈るばかりだ。
 
 

2019年9月6日。内村友美の療養に伴うla la larksライブ活動休止前、最後のライブ。
タイトルは「To Be Continued」。
la la larksはこれからも音楽を続けるという宣言だった。
とても寂しかったが、それ以上にこれからの「未来」に希望を感じさせる、タイトルにたがわぬ素晴らしい時間だった。
かつてほどの喪失感はなかった。

現在School Food Punishmentのメンバーは、大きく3つに分かれて活動している。
Vo.内村友美はプロデューサー江口亮たちとla la larksを結成。
Key. / Syn.蓮尾理之、Ba.山崎英明は、siraphというバンドで高度な音楽を作り続けている。
Dr.比田井修はドラマーとして、様々なアーティストのレコーディングや、緑黄色社会などのライブサポートで活躍している。
形は変わっても、音楽は続いている。
 
 

「歌は、歩いてきた人生が作るのだと思います。
 皆様に出逢えた人生が作ってくれた自分の歌を、もっと深めて戻ってきます。
 出来るだけたくさんの方とお会いできることを願って。」
(2019年6月6日、la la larksライブ活動休止発表時、内村友美のコメントより)

school food punishmentに、la la larksに、たくさんの人や音楽に出逢えた私は、何を作ってもらっただろうか?
それを深めるためにはどうしていけばいいか?
そんなことをこれからも考え続ける。
明日からも、好きな音楽を聴いて、受け取った気持ちを何かで返せたらいいな。
そう思い続けていく。
憧れた人たちが続けていくように、私も続けよう。
 

CONTINUE?
>>>Yes
 


 
講評
解散や活動休止するアーティストとどう向き合えば良いのかについて、School Food Punishmentや、解散後に新たに結成されたla la larksに対する思いを織り交ぜながら書かれた作品。投稿者の心境の変化がドラマチックに描かれていると同時に、難しいテーマにもかかわらず自分なりの答えが簡潔にまとめられていました。好きなアーティストが活動をやめてしまい悲しんでいる人を、励ますことができる文章でもあると思います。

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