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Queenの映画に収められなかった名曲

もし天国があるなら届くかもしれないギターソロ

映画「ボヘミアン・ラプソディ」の公開から、もう1年以上が過ぎた。それでも余韻が、いまだに街に残っているように感じられる。この映画が、いくらか脚色されたものであったとしても(史実だけを描いたものではなかったとしても)多くの人が胸を打たれたという事実は、きっとフレディや存命のメンバーを喜ばせているのではないだろうか。

僕の周りにも、感銘を受けたという人は多い。Queenの魅力や、音楽そのものの素晴らしさを教えてくれた恩師は、スクリーンを観ながら涙をこらえるのに必死だったと言う。Queenが最も好きなアーティストというわけではないという知己は、まるで(映画というより)ライブを観たあとのような気分になったと語る。そして映画監督であり、それゆえの向学心から本作を観ただけだという友人でさえ、ライヴ・エイドのシーンには舌を巻いたそうだ。

映画館が苦手な僕も、この作品は観ておこうと思って足を運んだ。予備知識として与えられていたのは、フレディが性的にマイノリティであったということ、そして難病におかされたあと「限られた時間」で懸命の活動をしたこと、それくらいだった。実際に映画を観てみると、フレディが他にも、いくつもの難問を抱えて生きたということが分かり、それらのエピソードは心に刻まれた。この映画は間違いなく傑作だと思う。

ただ僕が、どこかのタイミングで必ず響きわたるだろうと予期していた曲は、ラストシーンまで待っても流れなかった。そして僕が好むQueenの小品(たとえば「’39」など)は、残念ながら聴くことができなかった。だからといって映画の出来が悪かったなどと言うつもりは更々ない。限られた時間のなかで、あまりQueenを好まない(あるいは知らない)層までも惹きつけるための、ベストの選曲がなされたとは思う。だから以下に書くのは、決して批判などではなく「こうであったら更に良かったのに」という個人的な願望だ。

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僕は鑑賞の順序がメチャクチャだと批判されることが多い。たとえば最初に買ったビートルズのアルバムは「LET IT BE」だった(色々と事情はある)。せめて「赤盤」くらいは聴いて、初期の瑞々しさを知っておいたなら、ポールが「LET IT BE」に、どれほどの想いを込めたかを理解できただろう。映画の話をするなら「スターウォーズ」を、不用意にも「エピソード3」から観てしまった(やはり複雑な事情がある)。

実はQueenについても同じようなことが言えて、最初に聴いたアルバムは、フレディの死後にリリースされた「Made in Heaven」だったのである。もちろん、その後「オペラ座の夜」のような、Queenの軌跡を知ろうとするなら必聴のアルバムにも手を伸ばすことになるのだけど、やはり順序というものは大事だ。Queenの持つ(いい意味で)奇抜な面を知った上で「Made in Heaven」を聴けていたら、その純度に圧倒されたはずだ。

そう、「Made in Heaven」は純度の高いアルバムだ。それはフレディの遺作のようなものであり、遺されたメンバーが生きつづける意志を込めたであろう作品でもある。「Made in Heaven」にケチをつける人は、まずいないだろう。まるで天国から声が降ってくるかのようだと感想を述べる人さえ知っている。たしかにフレディが(恐らくは死を目前にして)遺したボーカル・テイクは、信仰を持たない僕にさえ「天国」を思わせる。それは現世で録音されたものであり、同時に(恐らくはメンバーや関係者が全力で編集したがゆえに)天国から届けられたものであるように感じさせるものにもなっている。

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その「Made in Heaven」に収められた傑作群のなかでも、ひときわ輝く曲が「Let Me Live」だというのが私見だ。フレディを含む3人のメンバーが順繰りに歌うという演出自体に涙を誘われ、それぞれが美声を持っていることを思い知らされ、あえて「歌わない」ことを選んだジョン・ディーコンが、装飾を排したベースで縁の下を支えていることに薫陶を受ける(僕自身も歌を苦手とするベーシストだ)。4人による、もうライブで聴くことはできない「架空の調和」は鮮やかで、その主役であるフレディの声は、やはり魅力的だ。映画「ボヘミアン・ラプソディ」が作られた目的が、天国からのメッセージを僕たちに届けるというものなのだとしたら、スタッフ・ロールに重ねて「Let Me Live」が流されると良かったなと思う。少なくとも鑑賞の直後は、そういう勝手なことを思った。

それでも今、考えるのは、やはり生きのこっている人たちが主役であるべきだというようなことだ。前述したように「Let Me Live」は天国から降ってくる曲ではある。それでも、その天国に届けとばかりに鳴らされるギターソロが、この曲のハイライトなのではないかと、いま僕は思う。2:38あたりから奏でられる旋律は、一瞬、とてつもない高さに達する。もちろん僕たちは、どんな手段を用いても、どれだけの熱い気持ちをもっても、生きているかぎり天国にタッチすることはできない。それでもブライアン・メイが、精一杯に手を伸ばそうとする気持ちが、このソロには込められているように感じられる。僕にとっての「Let Me Live」は、天国に放たれる曲だ。

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40年近く生きていると、いくつもの死別を味わうことになる。だからQueenのメンバーが、フレディの不在を悲しむ気持ちを、ある程度は推し測れる。僕は何人もの大事な人を亡くし、その痛みを抱えながら、こういった拙文を書きつづけている。恐らくは僕以上に、悲劇的な死別を経験し、その痛みゆえに筆をとることすら難しくなっている人もいるだろう。彼や彼女がギターを弾けるかは分からないけれど、その奏でる音がブライアンのそれには遠く及ばないとしても、天国に放たれることを願う。この記事は、フレディや映画監督への感謝をつづったものというより、ほかのメンバーへの敬意を表すものというより、誰かを失った身近な知己への共感を示すものである。書き終えて、それが分かった。

僕が慰められることを求めないように、何を言ってもらっても死者は生き返らないと感じてしまうように、友人知己も痛みを抱えたまま生きていくことにはなるだろう。それでも声は降ってくるはずであり、その声に応えようと試みるだけのことは、命をもつ僕たちにも不可能ではないと思う。

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