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ヴァレンシアが晒す広大な世界

模倣から始まったとは思えない独自のキャリア

僕は文章を書くことを好む人間であり、何本かのレポートを、このサイトに載せていただいている。筆力に全く自信がないといったらウソになるけれど、才をもっていると思ったことは一度もない。先を走る文筆家から視座や文体、そして価値観などを学んで(ある意味では盗んで)ほんの少しずつ成長できればと願っている。あらゆる文章が刺激を与えてくれる。もちろん卓越した記事から受け取るものには重みがあるけど、稚拙な文章に唸らされることもある。たとえば世話になっている美容師さんは、もちろん文筆のプロではないけど、彼女の書くブログは軽薄であるがゆえに、ともすれば硬いだけのものを書いてしまうことになる僕に、力を抜くことの大事さを示唆してくれる。

誰の影響も受けない書き手などいないように、ミュージシャンのキャリアも模倣からスタートするものだと思う。僕が「影響を受けた人」を明かすことを躊躇ってしまうように、多くの表現者が、できることならルーツを暴露はしたくないと思っているのではないだろうか。オリジナルでありたい、独自の作品を生み出したいという欲は、健全なものだと思う。それでも述べたいのは、明け透けにルーツを語るヴァレンシアというミュージシャンが、そうした勇気を持つがゆえに、佳曲を歌えるのではないかという私見だ。

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オランダ出身のヴァレンシアは、1993年に「ガイア」というアルバムをリリースし、その波動は遠く離れた日本にまで伝わってきた。僕自身は、その年に「ガイア」を聴いたわけでないのだけど、かつて組んでいたバンドのメンバーに熱心なファンがいて、その人から僕は(楽器に関する)多くのことを教わった。そういう意味では、僕はヴァレンシアの孫弟子のような人間だと言えるかもしれない。ヴァレンシアの活動は今なお続いており、昨年(2019年)にもアルバムが発表された。長く現役をつづけることだけが尊いとは思わないのだけど(桜のように散るミュージシャンだって僕たちに思い出をくれる)心のなかに広大な世界を持たなければ、歌いつづけ、新曲を書きつづけることはできないと思う。

広大な世界という表現を使ったけれど、ヴァレンシアの1stアルバム「ガイア」は、タイトルそのままに、大地を、あるいは世界そのものを思わせるような力作である。ヴァレンシアは出し惜しみをせずにキャリアをスタートさせたのだ。1作目で大地を表現してしまったのに、まだ歌うべきことが残っているというのは空恐ろしい。<<僕たちは孤独な群衆でしかない>>という歌詞は、当時は青年だったヴァレンシアが既に(ある意味)達観していたことをうかがわせるし、中性的な声をストリングスで彩るという冒険的な作風で勝負に挑んだという事実は、彼が若くありながら大地を踏みしめていたことを感じさせる。

ヴァレンシアはライナーノーツに、自身のルーツはQueenであるという旨を明記している。たしかに(そのことを知ったあとでなら)ヴァレンシアとQueenの類似点に気づくことは僕にもできる。Queenがロックにオペラの要素を取り入れようとしたように、そしてフレディが力強いギター・サウンドにゴスペル調の声を重ねたように、ヴァレンシアはカテゴライズされること(あるいは惹句を得ること)を求めず、我が道を進もうと決めたのだと思う。

でも初めて「ガイア」を聴いた時、その容姿を目にした時、僕はヴァレンシアがQueenのフォロワーであることが分からなかった。髭をたくわえタンクトップをまとうフレディとは好対照に、ヴァレンシアは女性のような風貌を強調している。Queenがガチャガチャとギターの鳴る「炎のロックン・ロール」で一歩目を踏み出したのに対して、ヴァレンシアは幻想的な音で大海に漕ぎ出した。もしヴァレンシアがライナーノーツを書かなかったとしたら、多くのリスナーが「誰にも似ていないミュージシャンが登場した」と感じたのではないだろうか。

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それでもヴァレンシアは、あえて素性を晒すことを選んだのだ。もしかすると彼の周りには、それに反対する人もいたかもしれない、手札を見せる必要などないよと。ヴァレンシアがQueenの名を挙げたのは、感謝を表すためだったのかもしれないし、いつの日か彼らに追いつこうという決意を表明するためだったのかもしれない。彼がルーツを明かした、その詳細な理由までは、僕たちには分からない。ただ、それがどのような動機にもとづいた選択であったとしても、彼が隠しごとをしないという「勇気」を持っていたことは確かだ。「ガイア」にはエレキベースの入る隙間はなく、そういった意味では市民ベーシストである僕は、ヴァレンシアとの接点を持たない。所属するバンドで「ガイア」をコピーしてみようとする日は来ない。僕がヴァレンシアから何かを盗めるとしたら、自分が誰か(何か)を模していることを認め、それでも自分にしかできないことがあると信じる気概だろう。

最新アルバム「7EVE7」を聴いてみると、美声はそのままであり、ストリングスを効果的に取り入れるという作風もそのままであり、それに歯切れのよいドラムが加わり「ガイア」とは一味違う、別種の広大さが感じられる。ヴァレンシアの作風はQueenに近づいたようでもあり、同時に今も、しっかりと距離を取っているようにも思える。先達をリスペクトしながら、自分の道を歩むという姿勢が、30年近くも守られていることになる。冒頭に置かれた曲には「トゥ・セイヴ・ア・サンセット・モス」という題が付けられている。大胆不敵というか、取りようによっては不遜にさえ感じさせるタイトルだ。でも、そういった曲を放つ資格を、勇気をもって歩んできたヴァレンシアは得ているのではないだろうか。

ヴァレンシアの存在を教えてくれた仲間と僕は、今はもう別の道を歩んでいる。僕たちの間に距離があるように、ヴァレンシアとQueenも慣れあっているわけではない。それでも僕たちは、そしてヴァレンシアとQueenは、間違いなく共通項を持ちもする。少なくとも、自分なりの発信をしたいという願いを持つという意味で、僕たちは繋がっている。

※《》内はヴァレンシア「ガイア」の歌詞より引用(訳は投稿者自身による)

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