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2017年7月24日

かかし (24歳)

バックグラウンドミュージック

THE BOYS&GIRLSが歌う、「君」の歌

栄光の架橋がBGMとして似合うような人生を歩んでみたかった。

ーだからもう迷わずに進めばいい
栄光の架橋へと

オリンピックのテーマソングとして1番に思い浮かぶのはこの歌だ。
選手の喜ぶ姿、悔し涙、それまでの努力、ひとつの物語として想像することができる。

この歌を聴くとき、想像する主人公は、いつだって自分以外の誰かだ。
努力家で、負けず嫌いで、周りから期待をされていて、そのプレッシャーにも負けず、自分の決めたステージに立ち続ける強い主人公を思い浮かべる。
 

そんな、物語の主人公になれるような人生を歩んでみたかったと思う。

栄光の架橋なんて私の人生には現れる気配がない。
社会人生活は2年目に突入する。

就職した会社では、詰めてくるような上司もおらず、学生時代に想像していたような大きなストレスもなく働くことができている。

誰にでもできる仕事を毎日繰り返し、上司からの評価は決して低くはないが、今以上の仕事を任されることはこの先もずっとないかもしれない。

ひとつの出来事が、その日に起こったことか昨日までに起こったことか、それすら分からなくなってくる。
境のない日常が続いていく。

一般事務職、という私の仕事。

「大丈夫です!」「手伝いましょうか?」
誰にでもできる仕事だから、笑顔で引き受けなければ他の人に仕事が回り、自分の居場所はなくなってしまう。

その不安から抱えたものが決して少なくはなくても、問題なく時間までに済まさなければならない。

管理職の上司たちが談笑している喫煙室の横を、頼まれた雑用を抱えながら足早に通りすぎる。

やりたかったことはこれなのか?
他の場所で、頑張りたかったことがあったんじゃないか?
今いる場所でも、もっとやりたいように出来るんじゃないか?

変えなければならない、変わらなければならない

その思いは時に大きく、時に小さくなりながらずっと私の中にあるだけで、姿を見せて外に出ることはない。

《誰にも見せない泪》だとか、
《人知れず流した泪》みたいに、
そんな分かりやすいように姿を見せてはくれない。
 

「新人の頃は泣いてばかりだったよ」
そんな風に話す先輩のようにはなれないみたいだ。

涙を流すほど悔しいこともなければ、
飛び上がるほど喜ぶようなこともない、
繰り返す日常。

物語の主人公と自分を比べてしまったら傷つくから、決してその姿を自分には重ねない。
「夢は叶う」だとかそんな歌は聴きたくない。
自分より熱を持ったものには近づかない。
臆病な守り方をしていると我ながら思う。
 

だけど、自分の人生は自分が主人公でなければならない。
いつかは自分の姿に感動したい。
 
 

そんな卑屈で情けないほど傷つくのが怖い私に、この歌と一緒になら、と思えるような歌を歌ってくれたのは、驚くほど暑苦しいロックンロールバンドだった。
 

「北海道は札幌から、THE BOYS&GIRLS」

ステージ上で汗を撒き散らしながら早口にそう叫ぶ。

そのステージパフォーマンスは、「アツイ」とよく聞くけれど、彼らの熱さが押し付けがましいものなら私はきっと避けていたと思う。彼らはヒーローのように現れて、私の心の温度を少しだけ上げてくれた。
 

ヒーローだなんて書いたけれど、真ん中で歌を歌うヒーローは、Tシャツにジーンズで前髪は汗でへばりついているし、ステージを転げ回ったり時には客席に飛び込んだり、ヒーローだなんてそんな正しいものではなさそうだ。

ギターを弾くヒーローは、ボーカルに好き勝手にされても眉毛を少し下げるだけで気弱そうだし、ヒーローだなんてそんな頼れるものではなさそうだ。

ベースを弾くヒーローは、ボーカルから飛んでくる汗に分かりやすいように嫌な顔をして、ヒーローだなんてそんな心の広いものではなさそうだ。

ステージ後ろでドラムを叩くヒーローに至っては服を着ていないからヒーローだなんてそんなCOOLなものではない。
 

私は彼らの曲をたくさん知っているわけではない。彼らは、メジャーデビューをしてから1枚だけアルバムを出した。その中に入っている11曲はきっとこれから先の私の人生も一緒に歩んでいってくれると思っている。

彼らのアルバムには「バックグラウンドミュージック」と名付けられていた。
 

《君が歌えば君の歌さ》
1曲目の「せーので歌うバラード」にはこんな1節があった。

このアルバムは間違いなく「君」に向けて歌われている。
他の誰かではなく、自分に当てはめて聴くことができるのは、彼らが正統派のヒーローでないからだと思う。

なんとなくでしかないが、音楽の向こうに、私と同じように悩んだり苛立ちを覚えたり、時に愛想笑いや作り笑いをしたり、言葉を飲み込んだり、前に踏み出せなかったりしている人が想像できる。

だけど、私がステージで見てきた彼らはいつだって最大限に格好つけて、格好いい存在でいることを引き受けてくれているように見えた。だからヒーローなのだ。ロックンロールヒーローなのだ。
 
 

《高らかに、なおかつ偉そうに俺は君のために歌う、君は君のために笑え》

《俺たちずっと歌うから君はグッと生きてくれよ》

2曲目の「すべてはここから」では、
《君のために》《ずっと》
《歌う》というヒーローからの宣言を受け取る。
 

そして、3曲目の「歩く日々ソング」ではすっかり主人公になった私が歩き始めるのだ。

《君は君の踵鳴らして進めよ裸足でもスニーカーでもブーツでも》
 
 

歩き始めたからといって、うまくいかない。《だからもう迷わずに進めばいい》なんてゴールのあるものではない私の人生。
それを見透かされているかのように4曲目以降は「雨」「風」「雷」が出てくる。
 

だから私はTHE BOYS&GIRLSの歌を人生のBGMにしたいと思ったのかもしれない。
 

前を向けたと思っても些細な出来事でその足は止まってしまう。その度に彼らの歌を聴けば、また歩き出せるかもしれない。私は彼らをヒーローだと認識してしまったから、頼ってしまうのだ。

向かう先はライブハウス。

《誰もわかっちゃくれない、ていうかわかられてたまるかよ》

こう歌いながらボーカルのワタナベシンゴはステージの上で嬉しそうに中指を立てた。2016年冬の大阪。

曲が進んで、ワタナベシンゴは涙なのか汗なのか分からないが顔をぐしゃぐしゃにしながら《本当は誰かに分かってほしかった》と歌った。
 

等身大のヒーローがそこにいた。
 
 

彼らは私と同じように歩いている。
一般事務職の私と、ロックンロールバンドの彼らだから全く違う人生なのだと思うけど、それでも私は彼らの歌に自分を重ねて聴いている。
彼らの歌は、私を主人公にしてくれる。
 

《今よりももっと優しくなれたら歌いたいことがあるよ》

アルバムの最後の曲「パレードは続く」の歌いはじめだ。
彼らの歌から確かなゴールは見えないし、過去を振り返ってもいない。
それは彼らが歩き続けているからだと思う。
 

彼らはこの夏、2年3ヶ月ぶりに新たなアルバムをリリースする。
タイトルは、「拝啓、エンドレス様」

THE BOYS&GIRLSをヒーローだと認識し、彼らの音楽を自身のBGMに設定してしまった。彼らのファーストアルバム「バックグラウンドミュージック」に愛着を持つのに2年と3ヶ月という期間は長過ぎた。

だからきっとさらにさらにかっこよくなったであろう彼らの音楽に、「拝啓、エンドレス様」に、似合うようになっていかなければならない。

私の人生は、THE BOYS&GIRLSの音楽とともに続いていく。

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