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チャーリー・ワッツこそローリング・ストーンズ

哀れな『エモーショナル・レスキュー』の楽しみ方

好きなロック・バンドを10組選べと言われたら、多分、死ぬ間際になっても決められないと思う。しかし、1組だけ選べと言われたらローリング・ストーンズと即答できる。もう、大好きとか殿堂入りとかそういう次元じゃなくて、ほとんど空気とか水の領域、いや、もっと肌感覚の、生涯取れないシミやアザみたいなものかもしれない。

じゃあ、どうして自分にとってストーンズはそんなに特別なのかを冷静に考えてみると、どうやらその要因がドラムのチャーリー・ワッツにあるような気がしてならないのである。もう一度念を押します。ミック・ジャガーでもキース・リチャーズでもなく、チャーリー・ワッツです。

これは別に奇をてらっているわけではない。もしも、この3人のうち誰かをストーンズから外さなくちゃならないという究極の選択を迫られたら、割とあっさりキース・リチャーズを選んでしまうかもしれない。それくらい、僕にとってチャーリー・ワッツは特別な存在だということである。ちなみにロン・ウッドは愛すべき永遠の客人扱いなので対象外。

そんなチャーリー・ワッツの重要性を心底感じたのは、今から30年以上前の1988年、諸事情により来日は不可能だと言われていたローリング・ストーンズに代わって、ミック・ジャガーが単独で日本へやって来た時だった。「でもなぁ、ミックだけじゃなぁ・・・」なんて思っていたのに、テレビ中継されたソロ・コンサートを見た時の興奮は、今思い出しただけでも赤面してしまうくらい異常なものだった。だがしかし、何かが足りない。決して満足できない。それが何かと分析すれば、一番の要因がチャーリー不在である事に気づかされる。仮にその時キースがギターを弾いていたとしても、結果は同じだったような気がする。

そういったチャーリー絶対必要論をものの見事に立証しているのが、ストーンズ史上最も哀れなアルバム『エモーショナル・レスキュー』である。何故哀れなのかというと、英米両国においてチャート1位を獲得しているにも関わらず、その存在があって無きがごとくに扱われているからだ。傑作として賞賛されることは愚か、隠れた名盤として愛されることもなく、失敗作としてけなされることすらない・・・いやはや、これほど哀れなアルバムが他にあるだろうか。

でもまぁ、正直それも仕方ないかという気持ちもある。ストーンズの代名詞と認定できるようなキラー・チューンが無く、「なにこれ?」としか言いようのない意味不明なジャケット・デザインとロック的要素が希薄なアルバム・タイトルのせいで致命傷を負っている事は否めない。しかし、ミックやキースだけでは絶対に満たされない、チャーリーあってこその理想的なストーンズ・サウンドが他のどのアルバムよりも明確に示された、まさにストーンズ・オブ・ストーンズと呼べる隠れすぎた名盤なのである。

しかしながら、このいわゆるストーンズ・サウンドなるものの魅力を言葉で表現するのは非常に難しい。なぜなら、その魅力のほとんどが身体的な快楽によるものだからである。音が鳴り出した途端、脳や体が勝手に興奮状態に陥り、どうにもこうにも止まらなくなるのは、何か得体の知れないヤバいものが音に添加されているとしか言いようがない。オープニングの「ダンス(パート1)」は文字通り、どんな恥ずかしがり屋さんでも勝手に踊らされてしまうような非常にアブナイ曲だ。これがストーンズの名曲として語られることは皆無に等しいが、気持ち良さでいったらこれにかなうものはほとんど無いと思う。

2曲目「サマー・ロマンス」を聴けば、誰もが自然とエアギターをかき鳴らしてしまうこと請け合いだ。もしもギターが弾けたらな、僕は真っ先にこの曲のカッティング・パートをコピーするだろう。気分はもうキース・リチャーズ、勝手気ままにジャガジャーンと腕を振り下ろす快感に、なんぴとたりとも抗うことはできない。そして「レット・ミー・ゴー」や「氷のように」が流れれば、今度はミック・ジャガーが憑依してくる。どんなにクールを気取った人間でも、突然クネクネと変な踊りをしながら歌い出してしまう危険性があるので、なるべく人前では聴かないようにした方がいい。

そんな状態に陥ってしまうのは皆、実はチャーリーのドラミングがあってこそなのである。ちょっとモタついているような、何かが引っかかっているような、あの独特としか言いようのないヘタウマなノリを生み出せるお方なんて、他のどこを探してもいやしない。すなわち、ストーンズ・サウンドに欠かせないものは何かと尋ねられたら、それはチャーリーであると答えざるを得ないのである。ミックやキースのソロ・アルバムが音楽的クオリティに関係なく心底満足できない要因が、チャーリー不在にあるような気がするのは僕だけかもしれないが・・・。

大学生の頃、ストーンズのコピーバンドでドラムをやっていた時、一番やりたかった曲が「ボーイズ・ゴー」だった。これこそ究極のフィーチャリング チャーリー・ワッツ。ストーンズ史上最もエキサイティングなロック・ナンバーだと僕は思っている。ミックのセクシーで挑発的なヴォーカル、キースとロンの適当だけどメチャクチャ楽しそうなギター・プレイ、やたらと音をでっかくしてベースを弾きまくるビル・ワイマン、そんな勝手気ままなメンバー達を自由闊達にスイングさせてしまうチャーリー。特に終盤におけるミックとの掛け合いでは、イアン・スチュワートのピアノも巻き込んだノリノリのドラミングが堪能できる。残念ながらコピー曲として採用されることはなかったけれど、未だにこの曲が始まれば僕はエア・ドラムを叩かずにはおれなくなってしまう。

「サマー・ロマンス」も「レット・ミー・ゴー」も「ボーイズ・ゴー」も「氷のように」も、全てなんの変哲も無いただのエイト・ビート・ロックン・ロールだ。しかし、それをここまで官能的にしてしまうところにチャーリー・ワッツの真骨頂がある。だからこそ、ミックは気持ちよく歌って踊れるし、キースとロンは好き放題にギターと戯れることができるのだと思う。ということで、最後にもう一度念を押して締めくくりたい。

「チャーリー・ワッツこそローリング・ストーンズである」と。
 

(曲のタイトルは全てCDの日本語表記によります)

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