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エレファントカシマシというくすり

新春ライブ2020 大阪フェスティバルホールで感じた音楽の力

数日前から自律神経系の持病で体調は最悪だった。季節外れの気温差と一人で大阪へ遠征する緊張が影響していたと思う。さらに1階の良席だとわかってからは、這ってでも行かねばなるまいとプレッシャーで余計具合が悪くなるという悪循環。迎えた当日はとても万全とは言い難い状態だった。大阪でエレファントカシマシが待っている…その希望だけを頼りに私は重い身体に鞭打って大阪へ飛び立った。

エレファントカシマシの恒例とも言える1月の新春ライブ。今年は1月4日、5日に東京国際フォーラムで開催された。大阪では1月9日、10日の2Days。10日はWOWWOWのライブ中継も行われる。

昨年はこの新春ライブの中継を自宅のテレビで見ていた。この頃はまだエレカシのライブは遠い憧れの存在だった。九州の片田舎でライブと言えば福岡に出向くぐらいが精一杯だった私にとって、2019年はまさに激変の年だった。

エレファントカシマシの恒例ライブと言えば、やはり日比谷野外音楽堂だろう。特に2019年は記念すべき30回目の公演だ。居ても立ってもいられず、絶対に野音のステージを見に行きたいと思った。

ライブを見にわざわざ東京まで?今までの私からは想像もつかない冒険だ。だが、勇気を振り絞って応募した野音は全て落選。昨今のエレカシ人気を考えれば致し方ない結果かもしれない。

それでも諦めきれない私は日比谷公園内で音漏れを聴くためだけに東京へ出かけた。初のエレカシは公園に生い茂る木々の間からしっかりと聴こえてきた。だが、この壁一枚向こうにエレカシがいるのだと思うと、悔しさとうらやましさでいっぱいになり、今度こそ必ず目の前で聴きたいという欲求が止められなくなった。

そんな私にエレカシの新春ライブ当選の知らせが届いた。2020年の幕開けと共にとうとう初めてエレファントカシマシに会えるのだ。
 
なんとか無事に大阪の地に降り立った。現地ではエビバデ(エレカシファンの愛称)の友人たちが待ってくれていた。体調は相変わらず思わしくなかったが、ファン同士おしゃべりしているだけで身体が少し軽くなるから不思議だ。

グッズも購入しいよいよ会場へ。大変ありがたいことに1階の前方中央の席で、ステージを目の当たりにすると否が応でも高まってくる。見覚えのあるギターが、ベースが、ドラムが、そしてマイクスタンドがすぐそこにある。もうすぐエレファントカシマシに会える。会場の照明が落ちると同時に心臓がバクバクッと派手な音を立てて鼓動した。

ミヤジ(失礼ながら愛称呼び)の囁くような声から始まり、次第に力強くなってゆく。ああ、私を救ってくれたあの声だ。鼻の中がツンとした。
 
数年前、ちょうどエレカシ30周年ツアーの頃。原因不明の体調不良に悩まされ、毎日息をするだけでなぜこんなに辛いのかと苦しい日々を送っていた。個人的なことだが、辛く苦しいときには悲しいバラードやラブソングなど聴く気になれない。そもそも音楽すら耳に届かない状態だった。

そんなとき、30周年ツアーのことを知り、ふと動画サイトでエレカシの曲を聴いた。『やさしさ』という曲だった。ミヤジの声が、矢のように真っすぐ心に突き刺さった。ミヤジは泣きながら歌っていた。まるで大樹のようだと思った。大地から吸い上げたエネルギーを全て絞り出し空に解き放つかのような歌い方。おのれの魂を削り取るように全身全霊で歌うその姿に、この人は一曲歌いきったら死んでしまうのではないかと思わずにはいられなかった。

『RAINBOW』という曲ではまさしく度肝を抜かれた。

<陽だまりも宇宙も 悲しみも喜びも
全部この胸に抱きしめて駆け抜けたヒーロー
それが俺さ 嘘じゃないさ>

思わずミヤジの年齢を調べてしまった。エレカシってベテランのバンドじゃないの?50代目前でこんな曲を歌うのか。一見不遜な歌詞をその圧倒的歌唱力と格好良さでねじ伏せてしまう説得力に打ちのめされた。30年を経てもなおこんな曲をぶつけてくるエレカシに比べ、体調の悪さにウジウジしている私は何だ?

「おめぇ何やってんだ!」「さぁ行け!」

ミヤジにそう言われながらぶん殴られたようなあの衝撃は今でもよく覚えている。
それからは夢中でエレカシの曲を聴き漁り、毎日エレカシ三昧。気がつくと、いつの間にかあんなに悩まされていた体調不良は治っていた。
それ以来、エレファントカシマシは私の「ヒーロー」になった。

あのとき、私の腕を泥沼から引っ張り上げてくれたあの声、待ち焦がれた生のエレファントカシマシの音。これだ、これが聴きたかったんだよ。

1曲目の『俺の道』―狭いフェスティバルホール内に収まりきらずにはね返ってくるような声量、赤いライトに照らされて怒号にも似た歌声が地鳴りのように響き渡る。トミの力強いドラムプレイから始まった『平成理想主義』、ストリングスチームの壮大な演奏をバックに『新しい季節へキミと』が披露された。

「令和の新時代もドーンと行こうぜ!」

ミヤジのそんな声が聴こえてくるような、新春ライブに相応しいプロローグ。

エレカシのステージはシンプルだ。派手な演出はなくスクリーンもない。ライティングも最小限でMCは少ない。

「俺たちの曲を聴いてくれ」

その一途な想いが身体をくの字に曲げて歌うミヤジからひしひしと伝わってくる。
会場の暑さか、血が沸き立つ熱さか、ミヤジの声に身体が熱を帯びていく。たとえ角膜がサハラ砂漠になろうともエレカシの全てを目に焼き付ける。私は瞬きを忘れてステージを凝視した。

<ぶざまなツラで言い訳なんかしたくないのさ
やってやろうぜ
俺の心に火を灯す 熱い思い探す旅路さ>―『旅』

<流れゆく流れさる時と共に 俺は何度でも生まれ変わる
俺は今を生きてゆく>―『自由』

目の前に突きつけられる。「お前は今を生きているか?」「明日に向かって歩んでいるか?」
あの野太い声で放たれる真っすぐすぎるほどのメッセージ。自分の迷い、弱さ、狡さから目を背けていても、目の前には道が伸びていることにいつも気づかせてくれる。

<橋を渡り山を越えて今 俺よ もう一度起て>―『旅立ちの朝』

優しく背中を押してくれるのとは違う、手をとって道の先へ引っ張って行ってくれるような力強さがあるのだ。辛く険しいかもしれない明日へ立ち向かう勇気をくれる。それはきっと、ミヤジ自身がもがき苦しみ、自分を奮い立たせるために紡がれた言葉が迷える私たちの胸を打つからだろう。
 
エレファントカシマシの曲は極端だと思う。エレカシの長い歴史と伴走してきたわけではない新規ファンの私にとって、曲の振り幅が広くあまりに曲ごとの面構えが違うのに驚く。
艶のある声で歌い上げる切ない曲、勇気をもらえる前向きな応援歌も好きだが、漢気あふれる荒々しさ、世間への痛烈な皮肉、剥き出しの闘争心、滲み出る狂気、様々な顔を持つその突き抜けた骨太のロックサウンドがたまらなく好きだ。
新春ライブではそんな新旧の名曲が顔を揃える。

<友達なんかいらないさ 金があればいい>―『デーデ』

これがデビュー曲なんだから痛快だ。

ミヤジが縦横無尽に動き回り、挑戦的な眼差しで客席を指差す。ヒリヒリとした疾走感に身体中が痺れる。得も言われぬ力が身体の底から湧き出してくるようだ。

『笑顔の未来へ』のワンフレーズを歌うと、男椅子(ミヤジ愛用パイプ椅子)が前方へ出され、ミヤジがアコギを持つ。『珍奇男』だ。

<わたくしは珍奇男 通称珍奇男
わたくしを見たならお金を投げて欲しい
あわれなる珍奇男みなさんあきれておられる>

目をひん剥き鬼気迫る形相で絶唱する姿に、赤と青のライトが強烈な狂気を照らし出す。こんな歌詞を書くミヤジの頭の中はどうなっているんだろう?有無を言わさず一気にその世界観に引き込んでしまう引力がある。

衝撃的な歌詞と言えば『ガストロンジャー』だ。歌詞というよりかは魂の叫び。発表から20年を経てもその怒り、皮肉、衝動が現在でも全く色褪せない。

<化けの皮を剥がしにいこうぜおい さあ勝ちに行こうぜ。>

ミヤジの咆哮がこだまする。観客のボルテージは最高潮。私は四十肩もお構いなしに拳を突き上げ、何度も雄叫びを上げた。

ライブ終盤、突然会場が暗転し、小鳥がさえずり始める。『朝』だ。
さぁ、我らの『悪魔メフィスト』がお目覚めになる。暗闇の中で狂気を孕んだ不気味な笑い声が響き、人外の嬌声が耳をつんざく。
何かに取り憑かれたかのようなミヤジのシャウトに背筋が凍る。我々は地上に現れた宮本・メフィストに魅せられたファウストだ。不穏で鬼気迫る世界観に私の魂はすっかり奪われ、茫然とする他なかった。

エレファントカシマシが次々に見せる顔に、私は息をするのも忘れるぐらい没頭した。

話は変わるが、私は今回エレカシメンバーのトミ(D)、成ちゃん(B)、石くん(G)の演奏がたまらなくうれしかった。総合司会のミヤジから目を離さない。自由に歌い方が揺れるミヤジに慌てることなく阿吽の呼吸で演奏を合わせている。当たり前すぎるそのことに気づいたのはボーカル・宮本浩次のソロ活動を通してだった。

2019年はミヤジのソロ活動が本格化した年だった。次々にタイアップのついた新曲を発表し、怒涛の勢いでソロ活動を展開するミヤジに喜びながらも、バンド活動が休止状態なのを不安に感じていた。

ソロのバンド演奏を初めて聴いたのは19年夏のロックフェスだった。横山健(G)、Jun Gray(B)、Jah-Rah(D)というベテラン勢が参加したバンドでソロ曲とエレカシの曲も演奏された。
ともすれば不協和音、それぞれの強烈な個性がぶつかり合う化学反応のような演奏だった。聴き慣れたエレファントカシマシの音と全く違うことに驚いた。

今まであまりに自然で当たり前だと思っていたエレカシの演奏が、出会って40年という月日で培われた信頼と積み重ねられた経験によるものだということを改めて突き付けられた。私はミヤジのソロ活動をもってその当たり前ではない40年の重みを初めて理解した。

「エレファントカシマシっていうバンドは自分の根幹にあるもの」(「CUT JULY2019」より)
そう言ったミヤジは散歩中にもらったお土産をたくさん胸に抱えてバンドへ帰って来てくれるだろう。それまでしっかり見守ろうと心に決めた。
ミヤジがアンコールに歌ったのは『友達がいるのさ』だった。

<俺はまた出かけよう あいつらがいるから 
 明日もまた出かけよう 友達がいるのさ>

エレカシの代名詞とも言える『ファイティングマン』で最後を飾った新春ライブ。気持ちのいい疲労感と大きな喪失感に包まれた。ずっと飛び跳ねていたせいか足はガクガクで歩くのも覚束ない。
そう、そして私は気が付いた。身体の疲労とは別に、とても元気になっていることに。

片頭痛も身体のだるさも微熱も胃の重さもすっかりなくなっていた。そんなものエレカシにかかればどこかにすっ飛んでいってしまうんだ。
私はちょっと笑ってしまった。やっぱり私にとってエレファントカシマシはどんな薬よりも抜群に効果のある特効薬だ。何ならお肌のハリツヤまでよくなるおまけ付きだ。我を忘れるほど何かに夢中になることはこんなにも人にエネルギーを与えるんだ。誰が言ったか、病は気から。私めが身をもって証明いたします。

会場を出ると同じくヘロヘロになった友が待っていた。胸がいっぱいでなかなか言葉が出てこない。ぽつりぽつりと感想を言い合いながら帰途についた。

その夜はアドレナリンが最大級に放出されている関係でまったく眠くならない。SNSでライブの感想を読みながらようやく幸せな浅い眠りに落ちたのは朝方だった。

翌日も何人かのエビバデと食事したり、写真を撮ったり、どこから来たの?グッズ何買った?あの曲よかったねなどとたわいないおしゃべりをして、大阪2日目参戦の方々に見送られ空港に向かった。

帰路、一人になってさっそくセットリストをプレイリストにして聴き始めると、涙が止まらない。
大好きな音楽を生で聴けた興奮、その感動をたくさんの人と分かち合えることができるよろこび、こんな幸せなことがこの世にあったなんて。
こんな幸せに出会わせてくれたエレファントカシマシに感謝。ありがとう、エレファントカシマシ。これからもずっとエレファントカシマシと共に―。

余談だが、私の体調を心配していた家族は、無事に帰ってきた私の姿を見て、「きっと元気になって帰ってくると思っていたよ」と言って笑っていた。

※『』は曲名、<>は歌詞から引用しました。

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