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帰る場所ならTHE BACK HORNにあるから。

ひとがひとを救う時。

「ひとつ言えることは、おれ達も皆も将司の歌が大好きってことだよ、ずっと歌っててくれよな」

あの夜。しんと静まり返ったライブハウスで、ギターの菅波栄純が何の躊躇いも恥ずかしげもなくそう言うと隣でマイクを握り締めるこのバンドの唯一無二のボーカリストもまた何の迷いもなく「歌える限りはな」と返した。ふたりがその後しばらく確かめるように視線を交わし合ってから客席に向かうのを、わたしは祈るような気持ちで見ていた。あんなに美しい光景はそうそう見られるものじゃない。あれは紛れもなく「ひとがひとを救う瞬間」だった。

2019年11月27日「KYO-MEIワンマンツアー」カルペ・ディエム〜今を掴め〜熊谷公演。ライブの終盤、ボーカルの山田将司は掠れた声で「ツアーをやるごとにどんどん体が追いつかなくなってて、おれ自身も悲しいけど今日は今日だけのライブをやるから」と、今まで聞いたことの無い弱音とも取れる言葉を吐いた。正直とても驚いたし反応に困ってしまった。あの山田将司が、まさかこんなことをファンの前で言うなんて。じっと固唾を飲んでその言葉に耳を傾ける会場の空気の中で、彼は前日のライブの対バンの話を絡めながらこう続けた。「トシロウさんの、ここに立ち続けることは簡単なことじゃねぇ、何度挫けそうになっても諦めなかったやつだけがステージに立てるんだって言葉が響いてさ…曲作ってライブして、20年同じことしてると本当にこれがおれのやりたかったことなのかなって思う時もあった、だけど皆の顔見てると、この為にやってるんだって思えるよ、どうもありがとう」

何も言えなかった。ありがとうだなんて、どう考えてもこちらのせりふだ。とっくに限界を超えているであろう擦り傷を負ったみたいな声でそんなことを言うものだから、涙を堪えるので精一杯だった。きっとあの場にいた誰もがそうだっただろう。そんな何とも言い難い沈黙を破ったのが冒頭の栄純さんの言葉だった。断言出来る。山田将司にこんな言葉をかけられるのは世界中の何処を探したって菅波栄純ただひとりしかいない。あの時わたし達が1番言いたかったことを、1番近くで声にしてくれた。今更ながら本当に感謝したい。あの瞬間それまでの張り詰めた緊張感がふっと和らいでこころなしか山田さんの表情も柔らかくなったように見えた。わたし達がその言葉で救われたように、彼のこころが少しでも軽くなっていたらと思う。

ライブはこの後佳境に入るのだが、もうほとんど山田さんは歌えていなくてそれでも声にならない声で懸命に伝えようとしてくれていた。メンバーは誰一人演奏を止めようとはしなかった。このステージに立つ意味をそれぞれが全力で刻みつけているように見えた。「死ぬ気でやるのは礼儀として当たり前」止まらない涙をボロボロ零して拳を突き上げながらわたしはこのツアーの初日に山田さんが言っていたこの言葉を思い出していた。一体どれだけの人間がそこまでの覚悟を持ってステージに立っているのだろう。少なくともバックホーンは、いつだって本当の意味で命を削りながら音楽を届けてくれていた。全身全霊生きるとはどういうことなのか、それは彼らの生き様を見ていれば分かる。今までその姿に幾度となく導かれ救われてきたのだ。これからもずっと、そんな風にバックホーンと共に生きていけると信じていた。バックホーンの終わりなんて想像出来なかった。只、漠然とそれだけは永遠に続くものだと思っていた。

熊谷のライブからの帰りの電車の中で、もしかしたら終わるとしたらこんなふうに終わっていくのかなと、それまで考えたこともなかったことが頭を過ぎって怖くて怖くて仕方なくなったのを今でも覚えている。山田将司の歌声の無い世界。それがこんなにも怖いなんて。あまりにも恐ろしくて、わたしはしばらくバックホーンが聴けなくなってしまった。毎日毎日、生きた心地がしなくて良くない想像に支配されて泣いて過ごした。今まで如何にバックホーンの音楽に活かされ生きてきたのか嫌と言うほど思い知らされた。あの声は、ひとを救い、生かす声なのだと身を持って知ったのだ。

それから年が明け、熊谷の後4公演中止したものの一度再開したこのツアーの全日程中止、その他のイベントの出演キャンセルが発表された。山田さんの声帯ポリープ切除術の手術の為。正直、とても悲しかったし寂しいとも思った。でもそれよりもずっとずっと安心した。山田さんがきちんと手術を受けてくれることにもこの先も歌い続けてくれると約束してくれたことにも!その為ならいくらでも待てる。

バックホーンの最新作にして最高傑作であるカルペ・ディエムと言うアルバムは、日々を超えて行く為に必要な11曲が揃っている。こうなることを予期出来ていた訳では決して無いのは分かっているけど、それでもこのアルバムが無かったら未だ熊谷からの帰りに感じた恐怖や絶望を抱えたままだったかもしれない。今は只、前を向いて山田さんを信じて待つことが出来る。あの、人一倍真面目でストイックで優しいひと達が一体どんな気持ちでこの中止期間を過ごすのかわたしには想像もつかないけれど、ひとつ言えることはこれからもずっと山田さんの歌が大好きだってことです。去年のカウントダウンジャパン、2019年最後のステージで山田さんはシンフォニアの歌詞の一部を変えてこんな風に歌っていた。

「帰る場所ならバックホーンにあるから」

いつもはライブハウスの名前やイベント名に変えることが多いのだがこの日、山田さんは自らの居場所を確かめるみたくこう宣言した。これはきっとそこにいるファンに向けて言った部分ももちろんあるだろう。でもわたしにはどうしても自分に言い聞かせているように感じられて仕方なかった。今、もし彼らに言葉をかけることが出来るなら同じことを言いたい。そしていつかまたライブハウスで生きて再会出来たなら思い切り「おかえり」と言って迎えたい。そんなことを思いながら、わたしは今日もカルペ・ディエムを聴いている。

「大丈夫」「まだ歩けるはずさ」

果てなき冒険者で歌われているこのフレーズが、バックホーンとわたし達をその先の未来へ導いてくれることを信じて。
 


 
講評
THE BACK HORNの山田将司が声帯ポリープの診断を受けた直前のライブを観たことで、自分にとってバックホーンの音楽がいかに大切であるかを改めて実感し、山田の復帰を待ち望む気持ちを綴った作品。ステージ上でのメンバー同士のやりとりからは絆が伝わり、彼らがどんな思いでライブを行っているのか、どのように音楽と向き合ってきたのかが見事に表現されています。寂しい気持ちはあるものの、山田が手術を受けることに安心したファンの深い愛情も伝わってきました。

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