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脳内飛び蹴りの終焉

棺桶に入れて来世まで「Kan Sano/Ghost Notes」

 この投稿をしている多くの方々のように、見事なまでの音楽的な解説は他の方に任せて(どなたかお願いします!)、このアルバムが自分にとって一生モノの大切な1枚であることを、相当恥ずかしいけど、ひっそりと書いてエイッ!と投稿してみたくなった。

 最近気になるバンドが「スピリチュアルヒップホップ」だったり、「エクスペリメンタルソウル」であることを聞いても「へぇーー。」以外の言葉が出ないほど、音楽的に無知だ。
それでも好きか嫌いかはハッキリと分かれて、苦手な曲が流れるとその場にいられなくなるし、好きな音を聴くためなら、時間とお金を喜んで差出し遠くにだって行く。
 そしてなにより音楽を聴くことが自分にとって至福の時だった。

 そんな私も人生の荒波にのまれ、音楽を聴けなくなったことが一時だけある。
 あれほど心を動かされていたのに、何にも感じなくなり、辛い出来事よりも音に心が動かなくなったことのほうがさらに悲しかった。
 これまで聴いてた音楽もどこか過去を振り返るような感覚になり、しばらくして、自分は今どんな音楽が聴きたいのか全く分からなくなった。グレー濃淡だけのどうしようもなくつまらない日々から抜け出せずにいた。
 そんな時、仕方なしに流していた、いつもは選曲の冴えない地元ラジオ番組からの曲に耳が引っ掛かった。「引っ掛かる」という感覚が久々で、曲が終わった頃には、新しいどこかに連れてってくれそうな予感に胸がざわつき、すぐに駐車しオンエア曲を検索した。

Kan Sano/Stars In Your Eyes

 ほどなく発売される新しいアルバム「Ghost Notes」に収録されていることを知る。
 そのアルバムで、重たい扉のほんの少し開いた隙間を、すごい風圧が一気に扉を全開にするように、音の世界に夢中になる。
 「こういうのが聴きたかった!」と率直に感じたのが不思議だった。「こういうの」が自分でも何かわかっていた訳ではないのだ。何かはわからずにずっと探してたものにやっと出会えた感が空っぽの心を満たす。

 どうしても行きたくてチャンスを掴んだ、ツアーの金沢公演が久々の遠征となった。
 真ん中のステージを客席が取り囲むようなレイアウトで、向こう岸のお客さんの反応も楽しめる最高のセッティング。
 中盤のピアノソロは私の位置からは弾いてる姿は全く見えず、逆に音に集中できたのかもしれない。あれはたぶん「水面」でゴインゴイン凄い音の大波が来てからの「Sit At The Piano」。静かにピアノだけでそれとなく流れるようにはじまり、途中からドラムとベースが入るあの瞬間、体の奥から喜び突き上げる。言葉にしてしまうとかなり恥ずかしいが、生きてることがどうにもたまらなく嬉しくなってしまう種類の喜び。奥深くに化石のように眠っていて、もう存在すら信じられなくなっていた感覚が呼び起こされて、まだ自分の中にあったんだと嬉しくて少し泣いた。

 以来、毎日が彩色されたように楽しくなった。

 生活の上で具体的な変化がある。
かつて、高圧的で理不尽なクレームの電話を受けた後の負の感情を、誰にも迷惑をかけずに処理しようと、顔の見えない電話の向こうの相手に、脳内で思いっ切り飛び蹴りを喰らわせてなんとかやり過ごしていた。それでも帰宅後も思い出してはモヤモヤしたり、なんて無駄な時間とわかりながらも負の感情を反芻、増幅してしまうのが悩みだった。
 それが今では脳内で音楽をかけるようにしたら(ノっちゃわないよう注意!)一瞬生まれる負の感情がスーッと流れて「そんな人もいるよね~」とすぐさま忘れられるようになったのだ。音楽ってすごい。脳内飛び蹴りは出番がなくなった。

 ライブでの「(自分の音楽を)みつけてくれてありがとう」とのご本人の言葉が忘れられない。
 こちらこそ「こんな素晴らしい音を鳴らしてくれてありがとう」なのだが、もしもあの時、仕方なくラジオを流していなかったら、私は今も日に何度か脳内で飛び蹴りを喰らわせつつも、モヤモヤした色のない日々を送っていたかと思うとゾッとする。
 音楽との出会いも「たまたま」の重なりだが、偶然がいくつも重なるのが縁のような気もしている。そして「わかってない」人の心をも動かすから凄いのだと思う。

 のちに「Stars In Your Eyes」は、「かつてのバンド仲間と久々に演奏したら、想像以上に楽しかった時のことを曲にした」旨(本来の表現とは相違あると思います)をお話しされていた。なるほどそれで、こちらの眠っていた「音を楽しむ心」が呼ばれたのかと、勝手ながら妙に納得してしまった。

 Kan Sanoさんは以前、「80歳まで音楽を生業とすることが目標」と語っていた。そうなると私はそれを聴くために85までは生き延びるつもりだが(正直者です)、先のことはわからない。仮に元気でいても、Kanさんの音楽が想像を絶する変貌を遂げ全くついていけなくなるかもしれないし、あるいは自分だって変わるかもしれない。

 それでも「Ghost Notes」は棺桶にいれて来世まで持っていきたい1枚だ。
歌詞カードの裏面に、とても素敵な手書きの文字(Keiko Kishimotoさんによるものだそう)で「DOWNTOWN」という詞がデザインの一部のように書かれている。しかし、曲自体はCDにはどこにも入っておらず、当初、私のだけハズレなのかと焦ったりした。この曲は時折ライブで演奏される。
 「遠い宇宙からあなたへ」。ていねいに生み出された音楽が、どこかの1人の心に届く。
 この曲自体が、アルバムの「Ghost Notes」(ないようで、実はある音)なのではと想像する。

 この先も頼りない直感と偶然を手掛かりに、心震わす音に出会えそうな予感にわくわくしている。そしてもう一歩深く楽しめるように、今更ながらちょっとだけ勉強してみようと思う。

 年甲斐もなく拙い文と「熱い思い」だけの内容を晒してしまったことを、明日には猛烈に後悔し、入るべき穴を必死に掘っていることだろう。

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