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記憶障害持ちで『根無し草』な私にも、糸を引いてくれている人がいた

米津玄師が気づかせてくれた幸運に感謝の花束を

 私は自分自身のことを『根無し草』と定義しがちだ。
 別に物理的に住む家がないとか、どこかに定住していないとかそういうわけではない。
 では何故か。

 人は自分自身を鑑みる時、少なからず過去の自分を振り返るはずだ。あるいはもっとカジュアルなシチュエーションでもいい。「あの頃は楽しかったね〜」なんて歓談はそこいら中で行われている。
 でも、私はその輪に入ることができない。
 私は精神疾患を抱えており、主たる疾患の中の症状に、平たく言う『記憶障害』があるのだ。正確に言えば解離性健忘。現在私は三十路半ばだが、この症状は十七歳の時分からすでにあって、情報や記憶の重要度を問わず、忘れる時は何でも忘れてしまう。
 これが原因で周囲から糾弾されたり、友人を失ったり、割と酷い目に遭ってきた。
 だから私は全てを書き残し、読み直しながら生きていくことにした。

 根無し草の話に戻る。
 記憶という『これまで生きてきた足跡』がブツ切りになっている私は、振り返ろうにもほぼ不可能に近い。
 根っこがない。
 これは恐怖でもある。
『今これをしていることも、明日忘れていたらどうしよう』
『また知らない内に腕を切っていたらどうしよう』
『今書いてる原稿の存在自体を後で忘れたらどうしよう』
 そんな不安に苛まれ、根を張ろうと様々な努力をしてきた。だけど、忘れる時は、本当に何もかも忘れてしまう。

   ◇

 そんな私が、十年ほど前、「ボカロ興味ねー」とか何とか友人にごちていると、彼女は、
『だまされたと思ってこれを聞け』
 とリンクを送ってきた。

 それが「結ンデ開イテ羅刹ト骸」だった。

 衝撃だった。
 バックの音がまず面白い。幼い頃から作曲、宅録、DTMをしていた私の耳は、初音ミクの声=メロディよりも先に伴奏に嫉妬した。そして有名な、初音ミクが哄笑するパートでは、たとえが大袈裟かもしれないが、Velvet Undergroundの「Heroin」でルー・リードが歌いながら笑う箇所を想起した。

 私は迷うことなくこの「ハチ」なるボカロPの作品を聞き漁った。
 この人は、まだ十代らしいが、とんでもないセンスを持っている。それはボカロ曲を通してでも確信が持てた。
「マトリョシカ」が大ブレイクし、続く「パンダヒーロー」は東日本大震災で被災した私の応援歌になった。この混沌と恐怖を、パンダヒーローが現れて解決してくれないかな、なんて夢想していた。

 そして、「ハチさん」は突然「米津玄師」という玄米茶みたいな本名でニコニコ動画に「ゴーゴー幽霊船」を投稿する。
 私は飛びついた。
 もともとボカロの声には心の底からは馴染めなかったから、「ハチさん」こと米津玄師さんが自分で歌ってくれるならこんなに嬉しいことはない。

 そこから先の米津玄師の大活躍・大躍進・無双ぶりは今更私が語るまでもないだろう。
 私自身の話をすれば、「diorama」は就労支援機関まで歩く時の定番アルバムになったし、続く「YANKEE」は完全に中毒になり、現在の夫と上京する段階、即ち両親とあれやこれやの面倒ないざこざを乗り切るための必須音源となった。

「アイネクライネ」にこんな歌詞がある。

『お願い いつまでもいつまでも超えられない夜を
 超えようと手をつなぐこの日々が続きますように』

 記憶がろくにない根無し草で、フツーに精神を病んでいて、病歴20年とかで、アルバイトすらできない私は、このまま家族や国のすねをかじって生きていく、否、『赦されながら生きていく』のか、なんて思っていた。努力はしていたし、自己憐憫に浸ることにはとっくに飽きていた。
 ただ、事実として私には『手をつなぐ』相手などおらず、ひたすら歯を食いしばって、ひとり泣くことでしか夜を超えられない。そんな風に厭世的になっていた。

 でもなんか、出会った。夫に。

 夫と付き合い始めてから、「アイネクライネ」のこの歌詞の重みが随分と変化した。
 手をつなぐ相手ができた。
「YANKEE」を聞きながら上京して一緒に暮らし始めると、超えられない夜、夫が必死に手をつないでくれるようになった。
 だから、『この日々が続きますように』と、今でも祈っている。

   ◇

 そこまでしてくれる夫と結婚して数年経つ今でも、相変わらず私は忘れまくる。
 だから、書く。
 それでも最近、健忘が激化しており、普通の会話もままならなくなることが増えてきた。友人と話していても、「え、今何の話してるの?」といった指摘を受けることが増えた。これはショッキングな事実だし、主治医にも相談して対策を練っている最中だ。
 しかし書くことだけは怠っていない。
 書いて書いて書きまくって、忘れても後から読み直せるように、ひたすら書き続ける。

 けどたまに、書くこと自体に没頭して、ふと気づくと自分がどこにいるのか分からなくなることがある。

 いまや国民的大人気アーティストとなった米津玄師は、嵐に提供した曲「カイト」の歌詞で、相葉くんが心底気に入っているフレーズを書いた。

『そして帰ろう その糸が繋がった先まで』

 初披露となった紅白歌合戦の楽曲製作風景で、嵐のメンバーが、「糸があるから帰れるんだよ〜!」と熱弁していたが、私は恐くなった。

 私は根無し草だ。
 自分が糸を握っているか否かすら、もはや覚えていない。
 逃げ場所や、居場所がないように感じることもある。
 物理的な場所は、おそらく私にはない。

 でも、と考え直した。

 おそらく私が忘れているだけで、夫が私に糸を巻き付けて、暴走してかっ飛んで行ってしまう私を自由にさせながら、それでも最終的には彼の所に戻れるよう糸を持っていてくれるのではないか、と。
 
 記憶がなくても、パニック発作を起こしても、ここには書けないような暴挙に出ても、夫は受け入れる。そしてこともなげに、きっと、私の糸を握っている。

 この境地まで導いてくれた米津玄師に私は感謝したい。
 紅白での「カイト」直前の米津玄師の言葉が突き刺さった視聴者も多いだろう。

『誰かに赦されながら生きている』
 
 この言葉に、私はひとつ付け加えたい。

「時に人は自分で自分を赦す必要もある」

 現在国のすねをかじって生きている私は、そこで自己嫌悪に陥って縮こまるよりも先に、そんな自分を赦し、今できることを必死にこなして、書きながら、生きていくために努力をする。
 そしてこの決意を忘れても、また読み直して、夫とふたりで歩いていこう。
 米津玄師の音楽と共に。 

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