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美しさと危うさのなかでも普通の顔をしている哀しみ

夢のあとに儚く優しく聞こえた歌を唄ったのはテリー・メルチャーだった

テリー・メルチャーの1974年のアルバム「TERRY MELCHER」には白い色の謎めいた危うさを感じさせる印象があった。もしかするとこれは退廃的な何かだと僕はずっと想っていた。
アルバムのジャケットデザインも白地に、そこに写るテリー・メルチャーも白いジャケットを着ていて、上下の服も白で揃えられている。裏面では肩を寄せ合う女性がいてその人も白い服を着ている。
見かけの印象以上に実際の音楽の響きにも、
白い靄のなかから立ち上がってくる音像と歌、そういうイメージが確かにある。
 

このアルバムがCDとして発売されたのを手にしたのは1998年の事だったか。僕は大学生の頃にアメリカの1970年代の知られざる音楽を探していた。
有名なアルバムよりも、無名のまま、それともより良く評価されないまま忘れられた隠れた音楽があると信じていた。
 

1990年代後半の頃、そんな音楽のなかで再評価されたのは、JUDEE SILLだったかもしれない。いまやジュディ・シルの人気は凄いらしく、店でレコードが入荷すれば、高い値段でもすぐに売り切れてしまうくらいだ。
ジュディ・シルの音楽はいま聴いても完璧に美しいものだと思う。

しかし、テリー・メルチャーの音楽はそれよりもずっと知られていない。”TERRY MELCHER”を検索すると、知られていないのではなくて、情報はまあまあ出てくる。
けれどもそこには、テリー・メルチャーはプロデューサーであり、自身で歌うソロアルバムも出ているが、歌が上手くないというようなことが書かれているものも多いかもしれない。
 

テリー・メルチャーの「TERRY MELCHER」
僕は最初に聴いた時からこのアルバムが何故だか好きだった。
まずクセになる1曲は、
始めの”Roll In My Sweet Baby’s Arms”だ。繰り返し繰り返し反復する歌声を聞いていると気持ちよくなって感覚がしびれてくるようだ。

「TERRY MELCHER」のアルバム全体の音楽は、1970年代アメリカのトレンドなのだろうか、スワンプロックとカントリーミュージック、その他のロックンロールのルーツとされる種の音楽に当たると言えそうだ。耳に残るのはカントリー風味であり、スティールギターの音色も印象的な役割を持っている。
 

“Roll In My Sweet Baby’s Arms”にはホーンアレンジが効いていて、メリハリがあるが、そこを行ったり来たりするテリー・メルチャーの声にはエコーが掛けられ、加工されたようにサイケデリックな聞こえ方がする。
そう思えば、他の曲にもその傾向は強いかと思う。
どの曲にも、テリー・メルチャーの歌はよれよれとゆらゆらとその音像のなかを漂うように泳ぐ。
音楽性はサイケではないのに歌から感じられる波長は明らかにサイケデリックを意識させる。

しかしひとつだけ例外はある。
“Roll In My Sweet Baby’s Arms”で感覚を揺るがされたあとに始まる2曲目”These Days”は、それこそ目覚めるように鮮やかな響きを放っている。この曲だけ全体の印象から大きくはみ出ている気がする。

ここにはテリー・メルチャーの真摯な声の震えと引き締まった心の歌が聞こえる。歌に対する演奏は主にストリングスオーケストラである。このアレンジはジミー・ハスケルによるもので、如何にも立派な、美しさを際立たせている。まるで、冬の景色をそのまま写し取ったような感覚の極めて瑞々しい記憶を呼び覚ましてくる。
それは今でこその印象だが、僕が当初この曲を聴いた時はあんまり好きじゃなかった。場違いな曲と思ったのかもしれない。
“These Days”の作曲は、ジャクソン・ブラウンによるものらしい。調べると元は1967年のNICOのアルバム「CHELSEA GIRL」でカバーされているのが最初で、ジャクソン・ブラウン本人のものは1973年「FOR EVERYMAN」のアルバムにて歌われている。

テリー・メルチャーの「TERRY MELCHER」を
“頽廃”だと感じたのは、この”These Days”が異質に際立っているからだと思ったからなのかもしれない。現に一番まともに響く美しい歌と演奏が”頽廃”だとしたら、自分ながらその感じ方は如何なるものかと思う。

しかしそうは言っても、テリー・メルチャーによる歌は如何にも人懐っこい身近に響く良い声だ。
いま改めて聴きながら思った。この歌い方、誰かに似てるよなぁ…記憶と感覚を澄ましても良い答えは出てこないが、例えるなら、ドン・ニックスに通じるかもしれない。そして時々はニール・ヤングを思い起こさせる。
そしてボブ・ディラン唱法にも影響を受けているであろうテリー・メルチャーは、アルバム中に、1960年代のディランの曲を取り上げてカバーしている。
“4th Time Around”に、”Positively 4th Street”や”Like A Rolling Stone”まである。
ジャケットを見て曲目を見て、あの”ライク・ア・ローリング・ストーン”をいったいどんな風に歌うのか期待した22年前の自分はたぶん少しがっかりしたんだろう。それはあるメドレーの断片として現れる本格的なカバーとは言えない。
しかし、”4th Time Around”をディランのオリジナルと聴き比べれば、テリー・メルチャーによる解釈は淡白としたディランよりも味わってドラマティックだ。
とても良い感じだと思う。
 

「TERRY MELCHER」1974年のアルバムは何気に豪華な人脈により制作されているらしい。
どの曲で誰がという詳しい情報は明らかでないけれども、ドラムにはジム・ケルトナー、ハル・ブレイン、マイケル・クラーク、ベース奏者にはジョー・オズボーンとクリス・ヒルマン、そうしてギターはライ・クーダーにクラレンス・ホワイト、マイク・ディージー…挙げればきりがない多くの参加者の名が記されている。
1960年代からカリフォルニア、ロサンゼルスのアメリカンポップスとロックの音楽シーンのなかで重要な役割を果たしていたテリー・メルチャーならではの人脈がここには表れている。

テリー・メルチャーは、1960年代にはビーチ・ボーイズともザ・バーズとも関わりがある。後にビーチ・ボーイズのメンバーとなるブルース・ジョンストンとコンビを組んでブルース&テリーとして活動していた事もある。
そのブルース・ジョンストンもこの「TERRY MELCHER」には参加してプロダクションを共にしている。テリー・メルチャーの母親は女優、歌手のドリス・デイだそうだ。ドリス・デイも曲中のコーラスで歌を重ねているという事だ。
 

音楽を聴き終わって想う感慨は、
“夢のあと”
という感じかもしれない。

1960年代のポピュラーミュージックとロックの夢と幻想は、現実の数々を突きつけられる事で脆くも失われた。夢の裏側には傷と血があった。
テリー・メルチャーの夢はどんなものだったのだろう。
 

1968年にアメリカで起きたチャールズ・マンソンとマンソンファミリーによる有名な殺人事件の被害者シャロン・テートの名前はこの日本でも幾らかは知られていると思う。たとえばロックファンならビートルズの当時の曲”ヘルター・スケルター”がその事件のインスピレーションになったという話はよく聞くところだろう。

しかしシャロン・テートが殺された理由はなきに等しくその場に居たが為に代わりに犠牲になったようなものだという事件の真相はあまり伝わってきていないような気はする。実に狙われていたのはシャロン・テートではなくテリー・メルチャーだったという事らしい。
テリー・メルチャーはプロデューサーであり、チャールズ・マンソンの音楽デビューを巡ってトラブルになり、その逆恨みから狙われたという。
テリー・メルチャーが以前住んでいた家を借りていたのが映画監督ロマン・ポランスキーとその妻シャロン・テートで、マンソンに使われた手下がそこを訪れた時にはテリー・メルチャーは居なかった。彼は運良く助かったのだった。

妊娠中のシャロン・テートが非もなく殺されるというこの酷い事件はたとえ何十年経っても痛ましく、いまも祈るしかない。

この事件を題材としてフィクションを織り込んで映画化した「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」はクエンティン・タランティーノ監督による2019年の作品だ。
そこでは別の結末が用意されているけれども、シャロン・テートの名前は、被害者としてではなく一人の美しい人間の存在として少しでも報われたかもしれない。
 

しかし、
その後に生きたテリー・メルチャーの心境はいかばかりかと思う。
テリー・メルチャーは1970年代にソロアルバムを2枚作り、そのひとつ目が「TERRY MELCHER」であり、1976年には「ROYAL FLUSH」がある。1979年にフリーウェイというグループによる「FREEWAY」がある。

どの音楽も傾向は違うだろう。
「ROYAL FLUSH」には如何にもポップスという印象の強い曲と歌が多い。その反面少しだけ「TERRY MELCHER」の曲想を引いてきているものもあるが、歌に及ぶ独特のサイケデリック感覚は薄れたと思う。「ROYAL FLUSH」には前作ほどの個性的な演奏家の名前が見当たらないが、気になるのはヴァン・ダイク・パークスの参加だ。
 

ヴァン・ダイク・パークスの1968年のアルバム「SONG CYCLE」と1972年の「DISCOVER AMERICA」は現在でも、アメリカのポピュラーミュージックのなかで大変に評価されているけれども、その開かれた神秘性とはまた別の面を探るべき時だと思う。
僕は「DISCOVER AMERICA」が最初から大好きだ。
ヴァン・ダイク・パークスの歌がよれよれとゆらゆらと甘く切なく、夢のアレンジのなかで伸びてゆくのが堪らない。
それを初めて聴いた時よりも、テリー・メルチャーの声は同じところを漂っていたのかもしれないと今になって気づいている。
「TERRY MELCHER」が今はヴァン・ダイク・パークスと共に評価されても良いと思う。
 

美しさと危うさのあいだを揺らめくテリー・メルチャーの歌は、夢からさめたあとであればこそ優しい。
ジョン・レノンがビートルズを終えて、
“夢は終わった”と歌った余韻と同じくらい意味がある。

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