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誰が為に彼は音楽を鳴らす

UNISON SQUARE GARDENは鈴木貴雄にとって救いだったのか

UNISON SQUARE GARDENというバンドを、人間の体に例えるとしよう。

曲の制作をほぼ一手に担い、バンド方向性を決定づける、田淵智也(Ba.)は脳だと思う。

そして、そんな曲たちに声という命を吹き込む役割を持つ…斎藤宏介(Gt.&Vo.)が心臓であることに異論を唱える人は少ないだろう。

どちらも人間の体としては、かなり重要な部分である。
では、鈴木貴雄(Dr.)はどうだろうか?

僕は骨と筋肉だと考える。主要な器官ではないが、人の体を支え、思ったように動かす部位。
ユニゾンの楽器の土台を支えるドラムにふさわしい部位ではないだろうか。

ドラマーは自身が光ることはなく、良いものをさらに倍増させることしかできないと豪語する。
普段はスポットが当たることが少ない、鈴木貴雄について、今回書いていこうと思う。
 
 
 

鈴木貴雄は”孤高”のドラマーである。
おそろく賛否両論がある意見だろう。

現在の鈴木は、誰しもが認めるテクニックと派手なパフォーマンス、一目見るだけでも「楽しさ」に溢れているドラマーだと思う。

それは揺るぎない一面である。
だが、ほんの少しだけユニゾンを長く見てる身としては、本質はそこではないと考えてしまう。

インタビューなどを読んでいると感じるのは、鈴木がどれだけ音楽に縋って生き、そして救われてきたかということだ。

生きていく上で、存在証明するものがドラム以外にない。
少年時代、そんな悲しい気持ちを抱えて生きていたという。

人生を繋ぎ止める最後の生命線がドラムであり、それを通して周囲とのコミュニケーションがようやく可能となる。
まさにギリギリの状態で生きていた。

そんな思いは、ユニゾンとしてバンド活動をしてからも変わらない様で、ドラムや音楽に対する自己脅迫にも似た感情が彼を突き動かしていた。

情熱が強ければ強いほど、求める質が高くなるのは必然である。
けれども、それを実現できるかはまた別の話で。

デビュー当時は、メンバーやスタッフはもちろん自分自身もかなり追い込んでいたことが推察される。

当時を振り返る際に、「1割楽しくて残り9割がしんどかった」とインタビューで発言している。
音楽に救いを求めていた彼が、音楽に縛られ生きていたのだ。

それはライブパフォーマンスでも、如実に描かれていた。
ライブでは真剣な表情で演奏している姿を見ることが多く、ドラムソロで少し微笑む程度…どこか近寄りがたい雰囲気を帯びているのが印象的だった。

ドラムというフィルターを通さなければ、現実を見ることができない。
どこか虚ろな目をしていていた。

だからこそ鈴木貴雄という人間は、「楽しさ」とは縁遠く、人を寄せつけない”孤高の人”という印象が強かった。
ほんのつい最近までは。
 
 
 

変化の予兆は、2017年に行われたツアー「One roll,One romance」あたりだろうか。

恒例のセッションで、メンバーが順にツアー名を叫ぶ場面があった。
それぞれが思い思いの「One roll!One romance!!」を叫ぶなか、不意に鈴木が雄叫びをあげた。

その様子に苦笑する斎藤宏介。
ピリッとした緊張感のなかで行われるユニゾンのライブとしては珍しい光景。
当時ライブを見ていた僕も、その様子に思わず目を丸め、同じように笑っていた。

黙々と職人のようにドラムを叩き続ける鈴木がこんなに感情を露わにするなんて…あまりに異質すぎて、逆にすんなりと受け入れてしまった。

2018年のツアー「MODE MOOD MODE」のドラムソロでは、感情を隠すことなく、自信に満ち溢れた笑顔の姿が記憶に残っている。

自身の服を頭の上から被せてほぼ目隠しの状態でドラムを叩いたり、斎藤や田淵に他の楽器を持たせて演奏したりと…やりたい放題だった。

けれども圧巻のパフォーマンスで、見る者全てを自然と笑顔にしていた。

演奏の技量だけでなく、表情や動きも含めてエネルギッシュで、見ている観客を楽しい気持ちにさせる。
“孤高”のドラマーの姿はそこにはなかった。

2019年の15周年ライブ「プログラム15th」では、月をイメージした演出をバックに、壮大なドラムソロを披露した。
そのシーンは間違いなくライブのピークであった。

その後のMCで、「ドラムソロ化け物でしょ!」と揺るぎない言葉で自画自賛していた。

ドラムに救いを求め、音楽でしか自分を表現できなかった男が、言葉で音楽を表現する。
鈴木貴雄という人間にとって、決定的な変化だったのではないだろうか?

前述のインタビューの続きで、現在のバンド生活について「1割しんどくて9割楽しい」と答えていた。

きっと限りなく理想に近い音が出せるようになったことがきっかけだろうが、それもストイックに”孤高”のドラマーを貫いてきたからではないだろうか。

求めてきた音に間違いがないとわかったからこそ、彼は今日もスティックを握り、確かな足取りで目指す道を進んでいけるのだ。

鈴木は決して自己肯定感の高い人間ではないし、あえて自身を卑下する発言も多い。

それは自分が立派な人間ではないことを自覚していて、それ故にもがいてきた時間が長かったからこそだと思う。

だから永遠に自分のためにドラムは叩かない。

生きる意味を見出せず、ドラムに縋るように演奏していたあの頃が間違っていなかったことを証明するために。
苦しかった過去の自分を優しく肯定するように演奏し続けるのだ。

その頃の苦しみは何度も振り返っているはずだが、不思議とそれを否定する言葉は出ていなかった。

それは不完全でも、悩んでもがいて選んだ道が現在に続いていることを肌で感じているからだろう。

全てを失うかもしれない覚悟で選んだ当時の自分を、きっと彼は尊敬しているから。

この幸せを音楽で表現しているのだ。
これからもUNISON SQUARE GARDENというバンドが救いになることを信じて。

答えは死ぬときにしか出ないのだろうけれど。
“ちょっとだけ世界と仲良くなれた”現在の彼なら、疑うことはないのだ。

そんな強さも、UNSON SQUARE GARDENというバンドの土台となり得る要因の一つだと考える。
 
 
 

僕はUNISON SQUARE GARDENの3人には、異なる感情を持っている。

誰しもを魅了する歌声と演奏スキル、そして完璧なビジュアルを持つ斎藤宏介には、男としての尊敬を。

世界とのズレを感じながら、音楽という力を使って自分らしさを貫いていく田淵には、人としての共感を。

そして、ボロボロになりながらも、それでも一歩ずつ歩いていく鈴木貴雄には、友人の様な親愛を。

鈴木貴雄には、僕らと何ら変わらない優しさも醜さも全て飲み込んで進んでいく強さがある。
そんな等身大の生き方にどれだけ周囲は励まされるか…。

決して自分を甘やかさない彼が、歩みを止めないのであれば。
“目の前の君が 明日も生きれるぐらいには”…そう頭によぎるぐらいに、僕らもできることはたくさんあるのかもしれない。

UNISON SQUARE GARDENに救われた身としては、そう思えてならないのだ。
 
 
 

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