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36歳 悪性リンパ腫 そして寛解へ

闘病中に降り注いだ米津玄師の曲

米津玄師との出会いは私が35歳の時主人が借りてきたdioramaだった。
最初は歌詞が独特過ぎて受け入れ難かった。
でも声が心地良い。声フェチな私は米津玄師の素の声が気になり、その当時レンタル出来るアルバムを全て借り聞き漁った。
それから1年。36歳の秋。私はガン宣告を受けた。
血液のガン、悪性リンパ腫。ステージ4。
宣告された時頭の中は真っ白。それでも浮かんだのはその当時小6と小2の娘たちの事だった。
年が明け春が来たら長女は小学校卒業、そして中学校入学。
その時私は生きているのか。この目で娘の晴れ姿を見る事が出来るのか。一緒に手を繋いで花道を歩けているのか。
それ以外に何を思ったか、帰りの車内で主人と何を話をしたか、数日間の記憶が無い。

ガン告知をされ、抗がん剤治療を始めて暫くして発売されたFlamingoに収録されている「ごめんね」を初めて聞いた時、曲が金色という色を纏ってキラキラと私に降り注ぎ米津玄師の曲に包まれた不思議な感覚に陥った。
病気と治療 将来に不安だらけだった私が「大丈夫ありがとう」と逆に米津玄師にお礼を言いたくなった瞬間だった。
闘病生活を半年迎え無事生きていた私は長女の卒業式 入学式に出席しこの目で娘の大きな成長を見届ける事が出来た。
しかし半年間投薬していた抗がん剤があまり効いていないからと主治医から新薬への切り替えを提案され、私はそれを受け入れた。
その薬は実に良く私のガンに効いてくれ4か月で寛解を迎える事が出来た。
心臓の周りがガンで真っ黒だった私のPET-CT画像は綺麗になっていた。
主治医から聞いた「寛解」の言葉。
この言葉を聞きたくてどれほど頑張ったか。
何度の辛いを耐え乗り超えたか。
いつ終わるか分からない闘病生活中にBOOTLEG収録の菅田将暉とのコラボ曲「灰色と青」の歌詞にある
「どれだけ無様に傷つこうとも 終わらない毎日に花束を」
この歌詞を聞く度、「今日も辛かったけど意味のある日だった。明日も辛いと思う日かも知れないけど、それでも今日を生きれたんだ。だからきっと大丈夫。」と思わせてくれた。

無事寛解を迎えたが最終治療の「自家移植」をするため77日間入院をした。
そこでお世話になった看護師さんと主治医。
特に入院中の主治医の存在は大きかった。
77日間で会わなかった日はほんの数日間だと思う。
毎日米津玄師を個室でガンガン聞いてても突っ込まず、骨髄検査の時、気合いを入れるのにLOSERを流してても涼しい顔して私に針を刺していたであろう主治医。
出来れば1度くらい「この曲誰?」くらい突っ込んで欲しかった。

病気になって知って欲しい事、知られたくない事。
病気になってかけて欲しい言葉、聞きたくない言葉。
辛い気持ちを吐き出せない可愛げのない自分。
けどみんなの温かい声が聞きたい。そう思った。
それはまるで「馬と鹿」の

「疲れたその目で何を言う 傷跡隠して歩いた
そのくせ影をばら撒いた 気づいて欲しかった」
のようだなと思った。

米津玄師の曲には自分に重なる「ここだ!!」というベスト・オブフレーズがある。
それはやれ愛してるだの頑張れだのと疑いもなく真っ直ぐ歌う曲を受け付けなくなっている私にとって米津玄師の曲はこの先も心地よく励まし慰め泣かせてくれるのだと思う。

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