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槇原敬之が注いだ美味しい水

僕の知っている花の在り処

世界には様々な「婉曲な愛情表現」がある。「好きだ」とか「付き合ってほしい」だとか、そういったストレートな言葉に価値がある一方で、キレのある変化球が相手に届くこともある。

たとえば坂井泉水氏のつづった「DAN DAN 心魅かれてく」の歌詞には<<君と出会ったとき 子供の頃 大切に想っていた景色を思い出したんだ>>というセンテンスが含まれる。非常に婉曲だけど、見事な「告白」だと思う。僕にも<<子供の頃 大切に想っていた景色>>はある。それを誰かが連想させてくれたら、間違いなく彼や彼女に心を奪われてしまうだろう(愛というのは恋情に限らない、そこには友情なども含まれる)。

Mr.Childrenの主題歌が彩ったドラマ「オレンジデイズ」のヒロインは、主人公の<<愛してる>>というメッセージに対して<<生きていてよかった>>と返す。これもまた鮮やかな変化球だ。「私も愛してる」と言われるより、主人公は嬉しく感じたかもしれない。

斉藤和義氏が「君の顔が好きだ」に込めた<<君の髪が好きだ>>というフレーズや、奥田民生氏が「息子」で放つ<<君の手はこの地球の宝物だ>>というメッセージも、変化球の例として挙げられるだろう。

前置きが長くなったけど、槇原敬之氏の投げるフォークボールの落ち方は圧倒的だと思う。佳曲「うん」が好例である。なかなか時間が作れないことを認め、待っていてほしいと願う主人公に対し、ヒロインは<<うん>>と応じるのだ。まさに<<世界で一番短い I love you>>である。槇原敬之の球種の多さについて語りたくもあるのだけど、本記事の主題としたいのは、その直球の圧である。多くの人が愛聴する「世界に一つだけの花」を今こそ聴き直し、槇原氏が多くの種の上に水を注いだ功績に、あらためて敬意を表したい。

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この世界には「俺(私)バカだからさ」というようなことを(自嘲気味に・あるいは開き直って明るく)語る人が多い。悲しいことだ。教育界に「絶対評価」が取り入れられたころから、そして槇原敬之氏が「世界に一つだけの花」の歌詞を書きあげたころから、他人と比べて自分のアタマが悪いなどと考えなくていいというムードは広がりつつあると思うけど、依然として自分のことを「バカだ」と決めつけている人を、僕は多く知っている。そして僕自身も、理数系の知識を持たないという意味で、自分をバカだと思ってしまうことがある。だからこそ僕は、所属する市民バンドのレパートリーである「世界に一つだけの花」を、心をこめて奏でつづけたいと思っている。

そもそも「頭の良さ」には色々な形があり、ひとりひとりが<<違う種>>を持つというのは真理だと思う。槇原氏に深く賛同する。もちろん競争を勝ち抜き、一流の学歴を得た人は、あるいは学校を首席で出たような人は、並々ならぬ努力をしたという意味で称えられるべきだろうけど、そういう人には「種」が植わっていたわけでもあり、それは当人の手柄ではないだろう。

話は横道に逸れるけど、僕がいちばん好きな映画は、山田洋次氏が監督を務めた「学校」である。本作で生徒を導く教師は、読み書きができない自分をバカだと決めつける生徒に対し、あなたは飲食店を繁盛させたじゃないかと説く。それはバカにできることではないと。本当にその通りだと思う。そして僕も(プライバシーを守るために少し細部を脚色する)成績は優れないけれど、剣道の胴着の付け方(あれは結構ややこしい)を教えるのが得意で、そういう形で後進の剣士を育んでいる少年を知っている。そして文章を書くことは非常に不得手だけど、友達が苦しんでいる時に、かけつけて一緒に泣いてあげるという女性を知ってもいる。そういったことも決してバカにはできることではない。

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槇原氏は自らを卑下する人たちに、直球を投げてくれる。

<<その花を咲かせることだけに 一生懸命になればいい>>

と。

前述の少年剣士も、慈愛をもつ女性も、すでに大輪の花を咲かせている。その花を「咲かせつづける」ためにも、槇原氏に歌いつづけてほしいと思うし、その曲を僕たちが奏でつづけたいとも思う。それは僕の所属するバンドが拙い演奏者の集まりであり、僕自身も頼りないベーシストであるがゆえに、つづけたいことである。つまり僕は、自分自身に植わっている種を守るために、本曲を愛でつづけようと思っているのだ。人を励まそうとするなんて、おこがましい。僕たちは自身を奮い立たせるために本曲を奏でる。それはもしかすると、槇原氏の抱えている思いと似通っているのかもしれない。著名なミュージシャンである槇原氏だって、間違いをおかすことはあるはずで、それゆえに自分と誰かを<<比べたがる>>こともあるのではないか。

僕たちの演奏を聴きにきてくれようとする人たちは、それぞれに<<違う種>>を持っている。それに気付けていて、いつか咲かそうと懸命になっている人もいるし、自分には種なんて植わってないのではないかと思っている人もいるようだ。僕たちが(少なくとも僕個人が)望むことは、槇原氏を代弁することではない。声を合わせて歌うことだ。僕には槇原氏のように速いストレートは投げられない。それでも何かしらの種を持っていると信じて、合唱を守るルート音を響かせたいと心に期している。

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冒頭で紹介したような多くのアーティストたちも、それぞれに<<違う種>>を持つ花であり、恐らくは弱点のようなものを持ち、時に自信を喪失してしまう人たちでもあるのかもしれない。槇原氏が最高のアーティストだなどと言うつもりは全くないけど(それは詞に込められたメッセージを曲解することになる)一般人に限らない多く著名人さえもが、槇原氏に救われているのは事実ではないだろうか。皆が声を合わせて歌える曲を生み出してくれた槇原氏に感謝しながら、その変化球の魅力も忘れず、僕は氏の歌を聴き、奏でつづけたいと思う。

※《》内は坂井泉水「DAN DAN 心魅かれてく」斉藤和義「君の顔が好きだ」奥田民生「息子」、槇原敬之「うん」「世界に一つだけの花」の歌詞、ドラマ「オレンジデイズ」第8話の台詞より引用

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