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ポール・マッカートニーの奥義

シンプルな和音に込められたもの

サー・ジェイムズ・ポール・マッカートニーの「神髄」は何だろうか、彼にしかできないことは何だろうかと考えてみることがあります。大衆の心を打つキャッチーなメロディーを生み出せることだろうか、様々なタイプの歌詞を書き分けられることだろうか、メロディアスなベースラインを考え出せるところだろうか。年を重ね、盟友のジョン・レノンやジョージ・ハリスンを亡くした今でも、生きつづけ、力強い声で歌えることだろうか。

それを「ひとつ」に絞ろうとするのは野暮なことかもしれません。今から書いてみたいのは、上に挙げたひとつひとつの「神髄」についてであり、結論として述べたいのは、その全てが集約されるのが「LET IT BE」の前奏なのではないかという私見です。

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まずソングライティングの見事さについて。もちろんビートルズの楽曲(の多く)は「レノン&マッカートニー」の名義で世に放たれており、どの曲も「ポールひとりだけで作った曲」ではないようです。それでもポールが事実上の作曲者であると知られている曲はあり、その多くが実にキャッチーな作風です。僕の周りには「レノン派」の知己が多いのだけど、個人的にはポールが書いた曲のほうが好みです。たとえば「Here, There and Everywhere」の旋律などは、鉄琴やハーモニカを使って単音で奏でたとしても、聴き手の表情を綻ばせるような温かみをもっていると思います。ビートルズの楽曲のなかから、好きな曲を3つに絞るとしたら、まず僕は本曲を挙げます。

そのようにポップな曲を生み出すポールは、時にポップとは言い難い詞を書きもします。「The Fool on the Hill」などが好例で、これは僕が最も好きなビートルズの楽曲です。丘の上に立ち、世界が回転していることを思う人物に対して、ポールは一体、どのような感情を寄せているのだろうか。共感だろうか、励ましだろうか、同情だろうか。少なくとも「軽蔑」ではないと思います。タイトルに「Fool」という単語が含まれるとはいえ、もし主人公をバカにしているのだとしたら、その詞に優しいメロディーを重ねはしなかったでしょう。本曲の詞を意訳したり、解題のようなものを示したりすることは、語学力の乏しい僕には困難です。ある人物が丘の上で、孤独に何かを思っている。その情景を思い浮かべるだけで、僕の鑑賞者としての欲は満たされます。ともかくポールは、つかみどころのない詞を書きもするのです。

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ベースラインが巧緻であるのは「Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band」に含まれる楽曲群が示しているでしょう。巧緻といっても、それはコピーするのが難しいような、凝ったものではありません。むしろ「これだけシンプルなものなのに(装飾を排しているのに)どうして印象に残るのだろう」と首をひねらせるようなものであると感じます。ただ「Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band」は、僕が最も好むビートルズのアルバムではないので(高校生の時、親に買ってもらったので大事にしてはいるけど)ほかのアルバムに収められた曲のなかから、ベースラインが印象的なものをピック・アップしてみたいと思います。

ジョージ・ハリスンの作曲した「Taxman」のベース・パートを、実に20年も市民ベーシストとして練習をつづけている僕は、お恥ずかしいことに未だ「完コピ」はできていません。もちろんスタートから続くリフを弾くことはできるのだけど、それが跳ねまわりはじめる部分は、ピッキングで奏でることができません(ハンマリング・オンを使って誤魔化しています)。歯切れよく鳴りつづけるギターに、ポールが跳ね回るようなベースを重ねたことで、本曲でジョージが放とうとしている「皮肉」のようなものが強められていると感じます。

同じくジョージの楽曲である「Something」のベースラインは、僕が洋楽のなかでは最も好きなものであり、それゆえに何百回と練習を重ね、弾きこなせるようになったものです。ベーシストの役割はリズムキープなので、気ままに動き回ることは本来的には好みません。ただ本曲のベースの「気ままさ」は、あまりにも痛快で、僕は敢えて(さらに)テンポを崩して弾いてみたりすることもあります。ベーシストは黒子であり、冷静沈着であるべく努めるのが責務だと思うのですが、本曲を奏でる時には、そういう立場を忘れて遊ぶことにしています。そういう市民ベーシストがいることを知ったら、ポールは微笑んでくれるでしょうか。

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上記のように、僕が所属するバンドで担っているのはベース・パートです。それでもベーシストであるがゆえに気づけることや、メンバーに勧められるようなことは、できるだけ口に出すことにしています。ベーシストは絶えずルート音を示す役割を持ち、和音の構成やコード進行について注意を払うべきだと考えています。そのため、ギターやピアノも少しだけ弾ける状態をキープしています(ドラムは全く叩くことができませんが)。

たとえば、ここはDからD7に動く部分だから、この音をピアノで強調すべきだよねというようなことを、おこがましくもメンバーに伝えます。「エリーゼのために」や「猫ふんじゃった」も弾けない僕が、いちおうはピアノを弾くことができ、わりに上手いじゃないかと仲間に言ってもらえるのは、自分がベースを弾いてきたからだと思います。僕が弾けるのは、右手で和音を出しながら、左手を1オクターブぶん開いてルート音を強調するという、実に稚拙なものでしかありません(ピアノを担当するメンバーは、ショパンの曲さえも弾けるのだけど、ルート音という概念をよく知らないがゆえに、ありがたいことに僕を褒めてくれることがあるわけです)。

ポールが「LET IT BE」で弾くのは、まさにそのような「ベーシストならではのピアノ」であるのではないでしょうか(ようやく本記事は結論へ向かいます)。

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あらためて述べます。僕が主張してきたポールの数々の美点は「LET IT BE」に集約されているのではないかと思います。

ポールは大勢の心を奪う、キャッチーな曲を産み出せます。「LET IT BE」の歌メロは、キャッチーという言葉が合わないとさえ感じられるような普遍的なものに聴こえます。そして歌詞は、優しくも切ない、聴き手の心を震わすようなものです。「The Fool on the Hill」のような不思議な詞をも書いてきたからこそ、ポールがストレートな励ましを放ったことが、価値を持つのだと僕は思います。
そしてポールは、本曲では、弾こうと思えば弾けるはずの、巧緻であったり気ままであったりするベースを奏ではしないのです。ベース・パートをジョンに委ねさえします。選んだのは自身がピアノを弾くことであり、最初に置いたのは(右手で出すのは)「ドミソ」という、シンプルきわまりない和音です。その選択には、きっと多くの思いが込められているのでしょう。ポールが様々な技を持つがゆえに、様々な試みをしてきたがゆえに、その単純な和音が感動を誘うのではないかというのが私見です。

はたして僕は、どういう意味でポールを敬っているのだろうか。ベーシストとしてか、作詞・作曲家としてか、あるいは人間としてか。それを明記はできないまま、筆を置くことにします。前半部分で「好きな曲を3つに絞るとしたら」と書いたけど、「Here, There and Everywhere」「The Fool on the Hill」と並ぶ3つめは、もちろん「LET IT BE」です。

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