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愛を求めてもがく『堕天使』

BUCK-TICKが見据える「これから」

“愛なんてそう幻想”
 

そう歌う櫻井敦司の姿はとても痛々しく、美しかった。
 
 
 
 
 

昨年12月12日に愛知県芸術劇場で行われたコンサート。
私は、そこで初めて『堕天使』に出会った。
 

BUCK-TICKが2019年の年末に行なったツアー『THE DAY IN QUESTION 2019』。
そのセットリストの中で、翌年1月29日発売のニューシングル『堕天使』が一足先に披露された。
 

一聴してすぐに分かった。
BUCK-TICKは、今までとは違う方向に向かっているのだと。
 

静寂を切り裂いたのは鋭く尖ったギターのリフ。
会場内にロックの匂いが一気に立ちこめる。

次に聞こえてきたのはニューウェーブ色を感じさせる不思議な電子音。

そこに櫻井の毒々しく妖艶な歌声が重なる。
まるで誘われているようだ。
この先は危険だと分かっていながらも、その声に魅了されて禁断の場所へ足を踏み入れてしまう。
そんなイメージが浮かんだ。
 

目眩くBUCK-TICKワールド。
その世界の中で私の胸を強く打ったワンフレーズ。
 

“愛なんてそう幻想”―――。
 
 
 
 
 

思えば、櫻井敦司が生み出す詞の中核にはいつも「愛」と「死」が存在していた。
 
 

“愛と死 激情が ドロドロに溶け迫り来る”
“そいつが 俺だろう”
(『極東より愛を込めて』/2002年)
 

“コスモスが咲き乱れる この世界の果てに”
“血にまみれた 愛だけがそこにある”
(『COSMOS』/1996年)
 

“愛と死を生を歌え 命よ踊れ”
(『獣たちの夜』/2019年)
 
 

過去の作品を挙げると、彼の詞の中にはいつも「愛」と「死」の匂いが立ち込めているのが分かる。
それは、櫻井敦司という人間のルーツに深く刻み込まれたキーワードなのである。
 

彼はよくこのようなことを口にする。
“自分自身を傷つけて詞を書いている”と。
誰かを傷つけてしまうぐらいなら、自分を傷つけてしまえばいいと。
 

“愛なんてそう幻想”
 

その言葉は彼の血で塗れている。
何度も何度も自身を鋭いナイフで刺し、痛めつけることで生み出された言葉。
どうりで痛々しさをもって響くわけだ。
しかし同時に、彼の「自傷」から生まれたひと欠片は絶対的な美しさを纏っている。
 
 
 

キレイハキタナイ、キタナイハキレイ。

ものごとはなにごとも表裏一体なのだ。
櫻井の詞を読み解くと、そのようなことが感じられるように思う。
 

「美」と「醜」。
「善」と「悪」。
「天使」と「悪魔」。
「光」と「闇」。
「天国」と「地獄」。
「エロス」と「タナトス」。
「サディズム」と「マゾヒズム」。
「苦痛」と「快楽」。
「罪」と「罰」。
「あなた」と「わたし」。
 

“愛なんてそう幻想”と歌いながら、本当は愛が欲しいと強く願う。
「死」の魔力に魅せられながら、どうしようもなく「生」を求める。
 

なんというパラドックスだろう。
しかし相反して見えるそれらは実は複雑に絡み合っていて、どちらか一方が強くなれば、もう片方もより強くなる。
「光」が強くなれば、「闇」も濃くなるように。
「闇」が濃くなれば、「光」も強くなるように。
 

彼はそのパラドックスの中で必死にもがく。

その姿に、愛を求めてもがく『堕天使』の姿が重なった。
 

本当は愛の在処を知っているはずなのに。
禁断の恋が彼を苦しめる。
“愛なんてそう幻想”と自分に言い聞かせながら。
それでも”愛の悦び”を知ってしまい、”堕ちてゆく”。
その先は地獄か、それとも―――。
 

“あなたは誰?”

“わたしは誰?”
 

自分が存在する意味を問い続ける『堕天使』がそこにいた。
 
 
 
 
 
 

しかし、この楽曲はただ重々しいだけのものではない。
むしろ今までにないくらい「軽い」のだ。
そして、バンドとして30年以上のキャリアがありながら「新しい」。
どうしてなのか。

それには作詞側と作曲側、それぞれの要因があるように思う。
 
 

まずは作詞側の要因を見ていく。

櫻井は詞を生み出す中で、うまくバランスを取る術を見つけ出した。
それが、「開き直り」である。
語弊があるかもしれないがもちろん良い意味で、である。
 

櫻井の「開き直り」が武器になると気づいたのは、1995年発売のアルバム『Six/Nine』を改めて聴き直していた時のことだった。

あのアルバムは、今まで自身の内に向かっていたエネルギーを外に発散することができるようになった転機の作品だ。
自分を客観視して、ありのままの自分をさらけ出した。
自分のカッコつけた部分だけでなく、目を背けたいような部分までさらけ出してこう叫んだ。
 
 

“笑いたかったら笑え!”
(『デタラメ野郎』/1995年)
 
 

と。

この「開き直り」感。
これは今まで「自己否定の美学」を体現し続けてきた櫻井に訪れた、自分を「肯定」できた瞬間だった。
 
 

『堕天使』を聴いて、同じようなことを思った。

冒頭の韻を踏んでいくような詞や、あえて「抜け感」を出すような言葉選びはユーモアを感じられるものだ。

しかし、それだけではなく”痛いよ”、”殺シテ”というように、直接的な表現も使用している。
このような表現をするには、今まで以上に自身を傷つけなければならない。

だが、彼はその苦痛すら聴衆にさらけ出した。
「これが今の僕です」と。
そこにある種の「開き直り」を感じた。
 

前作のアルバム『No.0』の辺りからその兆候はあったように思う。
しかし『No.0』は、彼の想いを、メッセージを「物語」に落とし込むことで成立したものである。
物語というヴェールの向こうに櫻井のシルエットが見え隠れしていた。

『堕天使』は、もっとはっきりと櫻井の姿が見えるような気がするのである。
『No.0』の時のように、物語の登場人物を演じ、成り代わるようなものではなく。
「櫻井敦司」自身が物語を語っているような。
そんな風に感じるのだ。
 

櫻井の姿がはっきり見える分、葛藤もある。
身を削りすぎて、いつか彼という存在がなくなってしまうのではないか。

そんなファンの心配を察したのかもしれない。
あるインタビューで彼はこう言った。
「幸せです。」と。
彼は、無闇に自分を傷つけている訳ではないのだ。

櫻井の言葉から、ありのままの自分を見せようという強い覚悟を感じた。
 

ユーモアのある表現と痛みを伴う表現。
2つの要素が混じり合うアンバランスさと、櫻井の「開き直り」が、この楽曲を単に重々しいだけのものにさせなかったように思う。
 

次に、作曲側の要因について見ていこう。

この曲のコンポーザーである今井寿は、今回の楽曲のテーマについて”逸脱”という言葉を用いた。
この言葉には、既存の枠からはみ出すというニュアンスが込められている。
 

このような表現が出てきたのも、『No.0』からの流れによるものが大きいように思う。

『No.0』というアルバムは、世界観をきっちりと決めて構築していくという創りだった。
音づくりに関しても、他のものが入る余地がないほど徹底的に作り込まれていた。
そうして創り上げられた壮大な物語は、デビュー30年にして史上最高と言われるほどの完成度を誇った。

しかし、その評価に慢心しないのがBUCK-TICKであり今井寿である。
彼は常に「新しいもの」を見据えている。

『No.0』とは別のベクトルで新しいものを目指そうと考えた時に、今井の中で”逸脱”というテーマが生まれたのだろう。
決められた枠からはみ出す。
『No.0』で徹底的に決めた枠を、今度は取っ払ってみようというのだ。
 

その結果、『堕天使』は『No.0』の楽曲とは全く違い、とてもシンプルな印象のものとなった。
メロディも構成もシンプルで、音数もかなり少ない。

しかし、シンプルなつくりだからこそBUCK-TICKの持っている良さを感じられる楽曲になった。
 

イントロのリフのようなエッジの効いたギターは星野英彦の得意分野。

今井寿のギターから鳴り響く不思議な電子音からは、彼の飽くなき好奇心と奇才ぶりが伺える。

音数が少なくても確実にボトムを支え、きっちりとキメる樋口豊のベース。

ヤガミ・トールのドラミングは涼しげで、それでいて打ち込みでは決して出せない人間味がある。

そして、ボーカルである櫻井敦司の艶かしい歌声。彼が身を削って生み出す言葉。
 

ああ、この5人が集まってBUCK-TICKなんだ。
そんなことを再確認できた。
 

今年で結成35年。不動のメンバーで活動してきたBUCK-TICK。
彼らが積み重ねてきた時間と「これから」を感じさせてくれるのが『堕天使』という楽曲なのだ。
 
 

もうひとつ、今井が話していたのは”今までありそうでなかったものを創りたい”ということだった。
 

例えば『堕天使』というタイトル。

今までの楽曲の歌詞にも度々登場するワードではあるが、意外にもタイトルになったことはなかった。

今回、タイトルをつけるのは櫻井の範疇だったようだが、今井はこれを”このタイトルになったことで一気にキャッチーになった”と評した。
 
 

また、楽曲の雰囲気としても今までになかったような浮遊感のある仕上がりとなっている。

Aメロは抑え気味に進行することで緊張感を与え、Bメロはその緊張感を引き継ぎつつも随所に遊び心を感じることができるフレーズが入る。
そして、サビで一気に目の前が開けたような開放感に包まれる。
このノリは、今までの楽曲にありそうでなかったものだ。
 

更に、この楽曲には様々なジャンルの音が混ざり合っている。

ギターのリフはいかにもロックらしいロックの響き。

そこに加わる打ち込みと、エレクトロニカな匂いを醸し出すなんとも形容しがたいサウンド。

純粋なロックという雰囲気ではないが、かといってニューウェーブと括っても馴染まない。

あえて分類するなら、プログレッシブ、オルタナティブ辺りのジャンルになるのだろうが、それもどうも違うような気もする。

ジャンルレス。いや、最早これは「BUCK-TICK」というジャンルではないだろうか。

「今までにあった」ものを組み合わせて「今までになかったもの」を創る。
『堕天使』は、その匙加減が絶妙なのだ。
 
 
 

ここまで、『堕天使』から感じられる「新しさ」の要因をいくつか挙げてみた。

こうやって見ると、この新曲がどれだけの尽力の上に創り上げられたのかが分かる。
努力に努力を重ね、様々な考えを巡らせて創り上げられた彼らの結晶。

毎回の創作活動において言えることではあるが、音楽と向き合い真摯に楽曲制作に取り組む彼らに心から感謝したい。
 
 
 
 
 
 

『堕天使』で、BUCK-TICKは確実に次への一歩を踏み出した。

今年の夏にニューアルバムが発売されることも発表され、これからどこへ向かっていくのかますます楽しみである。
 

次のアルバムはどうやら『堕天使』が足がかりとなりそうだ。
このような路線を突き詰めていくのか、はたまた全く違う展開を見せるのか。
 

想像しただけでワクワクする。
 
 

これから、BUCK-TICKはどんなところへ私たちを連れていってくれるのだろう。

きっとまだ誰も見たことがない景色を見せてくれるに違いない。

そして、私はきっとこう思う。

「BUCK-TICKのファンで良かった」と。
 
 
 

2020年。
願わくば、これからもBUCK-TICKと共に。
 
 

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