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プリンス殿下のポップ・ライフ思想

『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』の享楽

音楽好きにとって、アーティストの全盛期をリアルタイムで体感すること以上に幸運なことがあるだろうか。僕の中で最もそれに当てはまるミュージシャンが、殿下ことプリンスだ。彼は常軌を逸した絶え間ない創作意欲で人生を駆け抜けたアーティストであるが、その恐るべきキャリアの中でも大トロと言えるのは1982年〜88年の6年間だと思う。

特に84年の『パープル・レイン』、85年の『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』、86年の『パレード』の3枚は、ちょうど僕の高校3年間と合致している。これこそ我が青春のサウンド・トラックであり、なおかつ今もそうであり続ける稀有な耐久性を持った音楽なのである。

それにしても、これほど第一印象の悪かったミュージシャンも他にはいなかった気がする。そんな最悪の出会いとなったのが、プリンスがブレイクするきっかけとなった曲「ビートに抱かれて」のミュージック・ビデオだった。クネクネした奇妙な動きとヌメッとした爬虫類的な雰囲気、メロディよりもリズムを重視した粘っこい曲調、その全てがそれまで親しんできたミュージシャンやサウンドとは全く別世界の、ひどくいかがわしいものに思えたし、どうしてこんなものがアメリカで大ヒットしているのかが全く理解ができなかった。

それなのに、一体全体どういうわけか、そのいかがわしい音の誘いを100%否定できない自分が確かにいたのだ。イントロの狂ったように渦を巻くギター・フレーズ、硬い板を硬い棒で叩いているようなパーカッション、そして、盛りのついた野良猫のよう唸り声・・・こんな禁断の果実、いや、怪しいマタタビのようなサウンドの虜になってしまうなんて全く夢夢思わなかった。

そんな魔性の香りを放つ「ビートに抱かれて」が収録された『パープル・レイン』は、全編にわたってプリンスのギター・プレイが堪能できる極めてロック色の強いアルバムで、それこそレコードが擦り切れて無くなってしまうくらいに何度も聴いた。そうやって、まんまとプリンスに魅せられてしまった僕が高校2年に進級して間もなくのこと、『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』と題されたプリンスのレコードを偶然レンタル店で見つけた時は思わず目を疑った。一言で言えば「いつの間に?」という感じだった。音楽市場ではなおも『パープル・レイン』旋風が吹き荒れていた最中にもう新作がリリースされたなんて、そんなことがあるのだろうかと思った。

当時は、ミュージシャンのディスコグラフィーのような資料は愚か、新譜情報も十分ではなかったので、「ひょっとして古いアルバムなんじゃ・・・」と、恐る恐るジャケットの裏側に記載されているデータを確認すると、確かにその年リリースされた正真正銘のニュー・アルバムと判明。平静を装いつつ胸をドキドキさせながらレンタルし、速攻で家に持ち帰った。

高まる期待と興奮に震える手でレコードをターンテーブルにセットした。そして、待ち構えていた耳に飛び込んできたその音に、16歳の高校生は『パープル・レイン』以上の言葉にならない衝撃を受ける。あたかもクローゼットの裏側にある秘密の扉を開けて足を踏み入れ、そこに暮らす不思議の国のプリンスと出会ったような、そんな感覚を覚えたのだった。

エレキ・ギターがギンギンに掻き鳴らされ、まるでお祭り騒ぎのようにアッパーでキャッチーな『パープル・レイン』が現実的な表の世界だとしたら、オリエンタルな神秘性を内包し、享楽的でサイケデリックな雰囲気が漂う『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』は空想的な裏の世界。人目につかぬよう紫に彩られた秘密の小部屋に手招きされ、不意に殿下の知られざる本音をそっと耳打ちされたような、なんとも甘酸っぱい親密感に包まれたような気がした。

それから30年以上の時が過ぎた今、改めてこのアルバムに耳を傾けてみると、プリンスという類稀なミュージシャンの存在意義が、確かにここへ刻印されていたことに気づかされる。殿下が独自に創りあげた、他の誰も使うことが許されない音で綴られた至福の響き。『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』がプリンスの最高傑作か否かなんて、そういった相対的な分析とは別次元のところに、このアルバムの音楽的な真価があるように思える。

そんな、めくるめく音楽博覧会の中に、「ポップ・ライフ」という曲がさりげなく配置されている。この、何のてらいもないシンプルで穏やかな曲を聴いていると、『パープル・レイン』で世界制覇並みの成功をおさめたプリンスの意識はもうすでにそこにはなく、目線は遥かその先にある理想郷に向けられているようにも感じられる。

人生とは長く辛い旅のようなもので、生きるということは悲しみや苦しみの連続である。誰もそこから逃れることはできないし、それは誰のせいでもない。そんな全くポップとは言い難い人生を、だからこそポップに生きなきゃならないんだよ・・・これはプリンス殿下が自分自身に課した命題だったのではないだろうか。

しかし、その後の殿下の言動をはたから見ている限りでは、そういった理想郷にはついに到達できなかったようにも映ってしまう。志が高く、正直で生真面目な人間が表舞台で己を貫き通す難しさは、庶民の僕にですら容易に想像がつく。それでも殿下がこの世に残し賜うた『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』が素晴らしい音楽遺産である事と、名曲「ポップ・ライフ」のメッセージが僕の人生における力強い指針となっている事は、疑いのない確かな事実なのである。

(曲のタイトルはアナログ・レコードの解説書によります)

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