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今を掴む為に、

THE BACK HORNライブ中止から考える『カルペ・ディエム』

 
2020年2月2日、鹿児島のCAPARVO HALLで行われる『THE BACK HORN「KYO-MEIワンマンツアー」カルペ・ディエム〜今を掴め〜』を2020年初ライブとして心待ちにしていた矢先のことだった。

目に飛び込んできたニュースには、
『公演中止及びイベント出演キャンセルに関するお詫びとご報告』
という明らかに不穏な見出し。

詳細を覗けば、山田将司(Vo.)が診断を受けた急性声帯炎・声帯結節の回復が見込めず、再診の結果、ポリープの診断を受け手術を余儀なくされたとのことだ。

この悲報を知り、私は残念という思いと同時に
そりゃそうかもな。
というどこか納得した思いもあった。

それはこの発表前の何公演かの開催延期の報せを受けてのものでもあるのだが全てではない。

それは、THE BACK HORNというバンドが明日への余力を残さず、今という瞬間に全力を注ぎ続けてきた結果だろうと考えたからだ。
 
 

私とTHE BACK HORNの出会いはネット掲示板だった。
その頃の私は高校生で、周りの影響からかロックというジャンルに片足を浅く突っ込んだばかりの青ガキだった。
そして高校生らしく、J-POPで聴けないような内省的なロックに飢えていた。

帰宅部らしくやることもないので自宅パソコンの検索エンジンに文字を打ち込む。

[ロックバンド__歌詞がいい]

我ながらアホな検索方法だと今になっては思う。
一番上に匿名掲示板のまとめサイトが出る。
そこに度々上がるバンド名が『THE BACK HORN』だった。
そんなにいいのか、と思った私は動画サイトのリンクには見向きもせず、知った衝動を冷凍保存するように近所のCDレンタルでアルバムを1枚借りてきた。

それがTHE BACK HORNのメジャー1stアルバム『人間プログラム』だった。

プレーヤーにCDを入れる、再生する、1曲目の『幾千光年の孤独』が流れる、脳を殴られる。
アルバム中に何度も何度も何度も殴られる。脳が複雑骨折するぐらい殴られた。
歌ともがなりともつかない感情剥き出しのボーカル、鉄屑を踏みにじるような暴力的な楽器隊、陰惨でありながら詩的な歌詞、そこに乗っかる日本的な美しいメロディ。

これだよこれ、俺が求めていたのは。
そう思いながらCDプレーヤーの前で親指立てて喝采を挙げる様を母に見られなかっただけ良しとしよう。

そして次に借りたCDは、なぜか当時の最新アルバム『リヴスコール』だった。
『ロックは初期衝動が一番美しい』なんて散々言われていた時代、捻くれていた当時の私は彼らを試そうとしていたのだ。
年月経て日和ってんじゃねえだろうな、と。

プレーヤーにCDを入れる、再生する、1曲目の『トロイメライ』が流れる。
確かに変わっている。劇的にと言ってもいい。

 人類が平等だとか
 愛してるとか
 やらせろよ あばずれ
 『幾千光年の孤独』

こんなことを歌っていたあのバンドと同じとは思えない。
山田の歌は非常に優しく慈愛に満ちている。楽器隊も彼の歌に寄り添うような形になっている。
暴力的な歌もあるが、以前のような凶暴性は影を潜めている。
だが、とてつもなく感動した。
確実に進化している。
衝撃度は『人間プログラム』以上だ。
『世界中に花束を』なんて誰がどう聴いても名曲以外になり得ないだろう。

 悲しみにまみれたくないんだよ
 まだ夢は叶えたくないんだよ
 神様になりたい訳じゃないんだよ
 また君に会いたくなるんだよ
 『世界中に花束を』

日和ってるだの安直な考えをしたことを陳謝したくなった。

初期衝動以降も人々の心を震わせる一心で進化していたこのアルバムを聴いて私は、
ああ、この人らの曲一生聴いてられるわ。
と確信した。
 
 

そしてアルバム『運命開花』リリースのときにいよいよ彼らの初ライブに参戦する。
場所は鹿児島のCAPARVO HALL。周りに彼らを好きなファンがいないためぼっち参戦。冬場の凍える時期に整理券順に半袖ライブTシャツで並ぶ。
しかし入場してからライブ終わりまで正直よく覚えていない。
分かっているのは上着が要らないほど汗だくで会場から降りた1階の服屋のショーウィンドウに映る自分の顔面が気持ち悪いぐらいにたついていたことだけだ。

それは「楽しくなかった」「感動しなかった」ということではなく、「今」という瞬間に全てを懸ける彼らの姿勢に共鳴していたからに他ならない。

彼らのライブは余力を残そうとしない。
ボーカルギターベースドラムが1曲1曲全身全霊で脳を揺さぶりにくる。
未来を見据えて余力と相談しながらライブを行う計画的な賢しさはそこにはない。
今という点を全力で繋いで線にするような刹那的なライブ。
だからこそ我々は彼らのライブに熱狂し、感動し、しかし名残惜しさを感じさせない爽快感と生命力を与えてくれる。

そんなライブが中止せざるを得ない状況。
私なんかよりメンバーはもっともっと残念に違いない。

そのツアーで今表現したい最新アルバム『カルペ・ディエム』がとてつもなく素晴らしいアルバムだから尚のことだ。
 
 

THE BACK HORNはメンバー全員が作詞作曲に携わる。
それぞれの紡ぐメロディや言葉を全員で形にしていく。
ワンマンバンドとは程遠い、誰一人欠けてもTHE BACK HORNは成り立たない美しさと危うさを持つバンドである。

以上を踏まえて今回のアルバム、歴代において最高傑作かどうかという定義は人によりけりだとは思うが、『THE BACK HORNメンバーが最も一丸となって作り上げたアルバム』という評価を下して間違いないだろう。
 
 

プレーヤーにCDを入れる、再生する、1曲目の『心臓が止まるまでは』が流れる、心臓を掴まれる。
作詞作曲した菅波栄純(Gt.)はこの曲を『10年に一度ぐらいの渾身の楽曲』と自身で評していたが、誇張でもブラフでもなくその通りだと私も思う。
呪詛めいたメロに乗っかる狂気めいたボーカル、ロックとラップとエスニックと何よりポップがごちゃ混ぜになっている音楽性。そんな詰め放題みたいな楽曲なのにTHE BACK HORNだよなあと思わせられる説得力。
とてつもない、このバンドでしか聴けない名曲が誕生した。
菅波の書く歌詞の強みはワンフレーズで全てを持っていく、今で言う『パワーワード』を必ず持ってくる点だろう。

 罵詈雑言土鍋で 三、四日ほど煮込んで
 頭からぶっかけたい クズ野郎
 『心臓が止まるまでは』

 用途不明のコード類のように なんか役に立ちたくって
 生きてますがまだ役立たず 腹が鳴る
 大切な会議の最中に
 『金輪際』

 一億回謝ったって 許されないことをした
 少しだけ後悔をして ズルさだけは人一倍
 『I believe』

上記以外にも胸を撃ち抜くフレーズのオンパレード。
日和るどころか鋭さは増す一方だ。

また、今回最も多くの作詞を手掛けたのが松田晋二(Dr.)である。
彼は楽曲の持つ表情を言語化する能力に非常に長けている。
今回彼は4曲の作詞を手掛けたが、そのどれもが彼自身の作曲ではない。だが、まるで詩先で曲を作成したかのような違和感の無さ。いやむしろ作曲者より曲の持つ表情を引き出してるのではないかと感じるほどだ。

 芝生に寝転んで見上げた
 星屑 いくつまで数えたろう
 夜露で湿らせた背中に
 切なさ敷き詰めて
 『ソーダ水の泡沫』

 静かに夜は明け 再び始まる世界
 変われなかった 魔法は置き去りに
 鎧を纏えば脆い本性さえ守りきれそうで
 『果てなき冒険者』

そしてこのアルバムで岡峰光舟(Ba.)の才気が爆発している。
彼自身今までの作詞作曲数では他3人に劣るが、今回は『フューチャーワールド』『デスティニー』の作詞作曲を手掛け、どちらも傑作だ。
特に『デスティニー』の歌詞の閉塞感とリンクするような高揚寸前の燻ったようなメロディラインは彼の新しい持ち味と言っていいだろう。

 制御不能の暴走列車
 地雷まみれの欲しいいネ!
 なんやかんやの監視社会
 これが僕らのフューチャーワールド
 『フューチャーワールド』

 ああ 行き場のない運命に
 漂う矜りと言葉の記憶
 今 旅立ちの日が来たと
 告げる月影に瞳を閉じた
 『デスティニー』

最後に、山田将司の作曲の幅の広さは今作でダントツだ。
8ビートの直球のバックホーン節とも言える『鎖』、初期の匂いを感じさせる妖しい童謡のような『ペトリコール』、そして前述の『果てなき冒険者』と、多数の楽器を操れるマルチプレイヤーならではの楽曲の多彩さが存分に発揮されている。

 絶対的な鎖で一つになって
 繋ごう もう二度と離れぬよう
 『鎖』

 空高く伸びた蔦をよじ登り
 会いにいくよ今夜 パジャマのまんま
 『ペトリコール』

彼は感情の塊のような歌い方をする。
曲に込めた感情の昂りをぶつけるためなら我々の考える「歌」という形式に囚われない。
それでも届けたい気持ちを音に乗せて伝えるなら、それは歌だと言わんばかりの説得力は今回のアルバムでも健在だ。

しかし山田に限らず、THE BACK HORNがその表現をするために今までどれだけの骨身を削ってきたのだろうか。
 
 

実際、彼らの表現はバンドとして永く活動を続けるような方法ではないことは明白だろう。
20年を超える活動は彼らが賢明とは程遠い懸命さで今を繋いできた結果であり、いつこのようなことになってもおかしくなかったのだ。

彼らも決して若くはない。
今回は山田にたまたま災難が降りかかっただけであり、私の倍近く生きているメンバーが今まで無酸素運動を続けてきたようなもので実際誰がいつ息絶え絶えで倒れていてもおかしくなかったのかもしれない。

ある意味では天からの思し召しで、彼らには休息するきっかけを与えられたのかもとも考えられる。

THE BACK HORNは今を掴む為に、今休まなければならなかったのだ。
 
 

そして今日、2020年2月2日。
私が、そして彼らが鹿児島でライブを過ごす予定だった日が来た。
少しだけ暇になった今日この日にこのような駄文を打っている。

一生聴いていられるという確信は何も変わらないまま今日もイヤフォンをねじ込み、全アルバムでシャッフル再生したにも関わらず『カルペ・ディエム』の曲が流れる。

 忘れないで歌を
 『太陽の花』

今まで彼らには幾度となくイヤフォンからスピーカーから、そして何より直接生命力を貰ってきた。
恩返しと言うにはあまりに些細なものであるが、これは彼らへの一方的な感謝の手紙のようなものだ。
手紙の締めは、やはり山田将司がライブ中に頻りに発するあの言葉が相応しいだろう。
この言葉はライブを通じて作られたとされている『カルペ・ディエム』を締め括る最後の1曲のフレーズと同じである。
この言葉を私から彼らに伝えることに何かしらの意味があるような気がする。
この曲をライブで聴けることを信じながら。

 また生きて会おうぜ
 『アンコールを君と』

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