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the HIATUS結成10周年に寄せて

苦悩と救済と、その先にあるもの

何と美しい旋律だろうと心を奪われた。初めてthe HIATUSと出会ったときのことを今でも鮮明に覚えている。


今でこそマイナーな音楽からメジャーな音楽まで、ありとあらゆる音楽を聴いているけれど、昔は積極的に自分の趣味趣向に合うような音楽を探して聴くようなタイプではなかった。

大学に入学したのが2011年。その頃から少しずつ邦楽ロックを中心に聴き始めていった。テレビ東京系列で放送されているJAPAN COUNTDOWNという音楽番組を毎週欠かさず見ていた。その番組では、番組の冒頭かエンディングかは忘れてしまったけれど、新譜紹介のコーナーがあり、そこで僕はあの曲を初めて聴いた。サビの美しく洗練された高音と、それと危うげに均衡するように重なる各楽器隊の轟音。僕は一瞬で魅了された。

ただ、僕はここでどうしようもない凡ミスを犯してしまった。バンド名も曲名も控えることを忘れてしまったのだ。バンド名も曲名も英語だったから、咄嗟に覚えられなかった。

当時、家にパソコンがなかったので、大学のパソコンルームでバンド名と曲名の断片やJAPAN COUNTDOWNなどを検索の頼りにあらゆる手段を用いて調べた。そして、ようやく僕が心を奪われた曲に行き着いた。YouTubeにアップされているあの曲のPVだった。「Bittersweet/Hatching Mayflies – the HIATUS」という表記を目にしたとき、一瞬でおぼろげな記憶と合致した。僕はすぐさま再生した。静かに始まる楽曲。サビに向けて徐々に盛り上がりを見せ、サビで美しく昇華される。何と素晴らしい楽曲だろうと溜息が出た。日本にこんなにも素晴らしい曲を作り、演奏する人たちがいるんだと感動した。僕は、大学の課題もそっちのけで何度も繰り返し聴いた。

the HIATUSをWikipediaで調べてみると、「ELLEGARDENのフロントマン・細美武士が同バンドの活動休止中に立ち上げた日本のロックバンド」とあった。そういうことかと合点がいった。ここまで読んでくれた人は、もしかすると「あのELLEGARDENの細美武士がやっているバンドなのか。知らなかった」と僕が思ったと考えるかもしれない。冒頭でも書いたように僕は元々、音楽には無知な人間だった。

中学2年生くらいだっただろうか。友人たちが休み時間に「ELLEGARDENの“Salamander”ってめちゃくちゃかっこいいよな」という会話をしているのが耳に入った。僕は「エルレガーデン? サラマンダー? なんのことだろう」と一切、興味も示さなかった。

僕がWikipediaの記述を見て、驚いたのは、「あのとき、あいつらが話題にしてたのはこのことだったのか」ということだ。何ともレベルが低い話で申し訳ない。

それから2011年11月に発売されたthe HIATUSの3rdアルバム『A World Of Pandemonium』を購入した。1曲目の“Deerhounds”のイントロのアコースティックギターの突き抜けるような音が耳に心地良かった。どの楽曲も日中の柔らかく暖かい日差しに照らされるような楽曲ばかりだった。僕は、これらの素晴らしい楽曲群を一体どんな人たちが作っているのだろうと気になった。

the HIATUSは細美武士(v, g)、masasucks(g)、柏倉隆史(ds)、ウエノコウジ(b)、伊澤一葉(key)の5人だ(僕がthe HIATUSを知ったときは堀江博久が鍵盤を担当し、伊澤一葉はサポートメンバーだったが、後に堀江博久は脱退し、伊澤一葉が正式メンバーとなる)。5人はそれぞれの音楽のルーツが違っていて、キャリアを重ねたプロばかりだ。5人の奏でる音の色が濃いにも関わらず、複数の絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜたときのような汚い色にならない。洗練された綺麗な色になる。

僕は、前述したようにこの段階ではELLEGARDENもthe HIATUSの1stアルバムも2ndアルバムも聴いていないので、必然的に遡って聴くことになった。特にELLEGARDENの5thアルバム『ELEVEN FIRE CRACKERS』からthe HIATUSの1stアルバム『Trash We’d Love』は地続きになっているような印象を抱いた。ただ、1曲目の“Ghost In The Rain”のイントロの鍵盤がその違いをより明確にさせるし、そもそもメンバーが違うので、奏でる音像は違ったものになるのは当たり前のことだろう。僕はELLEGARDENを聴いてきたわけではなかったので、そこに対する繋がりや拘りは持っていなかったし、ELLEGARDENをずっと聴いてきたファンはthe HIATUSにELLEGARDENを求めてしまうことは仕方がないのだろうと感じていた。

3rdアルバムから遡って聴くことになった1stアルバムと2ndアルバムの『Anomaly』を当時はあまり好きにはなれなかった。なぜなのだろうと考えたときにやはり僕にとっては3rdアルバムの衝撃があまりにも大きかったからだろう。そこまで深く聴き込んではいなかったように思う。

あるとき、ふとイヤホンから2ndアルバムの1曲目“The Ivy”が流れてきて戦慄を覚えた。なんなんだこの曲は、と震撼とした。どうしてこの曲を素通りしてしまったのだろうと後悔すら覚えた。各楽器隊が一斉に唸りを上げ、その轟音に重なるように細美武士が歌声を重ねる。この世の悲劇を一心に引き受け、サビですべてを吐き出すように絶唱する。動から静へ、物語はふいに終わりを告げる。

それからは1stアルバムも2ndアルバムも好きになり、何度も何度も聴き込んだ。どんどんthe HIATUSの世界に没頭していった。

the HIATUSの新譜が待ち遠しくして仕方がなかった。いつ出るのかと心待ちしていた。そんなときにようやくthe HIATUSの新譜が出ることが告知された。新譜のタイトルは『Horse Riding EP』だ。新譜の発売が告知された際に音楽誌などではジャケット写真の中世ヨーロッパを思わせる絵画と「新曲はカントリー調である」という情報だけが解禁され、僕の新曲に対する期待値は高まった。発売が待ち遠しくて仕方がなかった。発売日には大学の授業が終わってすぐに買いに行き、急いで家に帰った。CDのパッケージをわくわくしながら開封したことを昨日のことのように思い出す。

すうっと息を吸い、“Horse Riding”は始まる。3rdアルバムから続くアコースティックギターを基調とした曲作りの流れは維持しつつ、そこに事前情報の通りカントリーの要素と、さらにはアンビエントの要素が混ざり合い、また新しいthe HIATUSを見せてくれたことが、僕はとても嬉しかった。一瞬でこの曲が好きになった。中にはthe HIATUSにはもっと尖った、荒々しい何かを求める人がいたかもしれない。けれど、僕は、同じところに留まらず、常に「新しい物を、新しい物を」と探求していく様に尊敬という言葉では言い表せないほどの思いが溢れた。どちらかというと保守的な僕には到底、真似ができないと思った。

“Horse Riding”は革命の歌だ。歌詞にもPVにもその世界観は反映されている。その中で僕は、“Horse Riding”の《Revolution needs a soundtrack》(革命にはサウンドトラックが必要だろ)(対訳)に強く胸を打たれた。「同じところにずっといるんじゃねえよ」と細美武士に言われた気がした。“Horse Riding”の浮遊感のあるメロディーが僕を高揚させてくれた。「革命にはサウンドトラックが必要だろ」という言葉をずっと胸に秘めておけば、辛いときも何とか乗り越えられるのではないか。そんな気さえした。


2013年の12月。就職活動が始まった。大学生であれば、誰もが通る道だろう。でも、僕には何もやりたいことがなかった。ただ、大学を卒業して就職という決められたレールに、みんなが乗っているからというただそれだけの理由で乗車し、右往左往しているだけだった。もがくだけで何も進んでいなかった。

月日が流れ、2014年の3月についにthe HIATUSの4thアルバム『Keeper Of The Flame』が発売された。この作品でthe HIATUSはまた新しい姿を僕に見せつけてくれた。ダンスミュージックやエレクトロの要素を取り入れ、5人のぶつかり合いの中で生まれるthe HIATUSの核に絶妙に落とし込んでいた。新しい音楽的フォーマットに吞まれることなどあるはずがなかった。

僕はこのとき初めてthe HIATUSを見たい、と思った。自分の目で確かめたい、目撃したいと。

就職活動はまったくうまくいっていなかった。落とされ続けるばかりで先が見えなかった。その中で、僕はライブといういわば娯楽に身を委ねていいものだろうかと考えた。そして、そもそも僕はライブというものに行ったことがなかった。僕なんかが行っていいものだろうかと、敷居が高いものとしてライブを認識していた。でも、そんな些末な僕の自意識は、the HIATUSを見たいという思いには勝てなかった。見なければ絶対に後悔すると思った。気づいたときには、僕はチケットの申し込みをしていた。

2014年7月2日、大阪はZepp Namba。初めてやって来たライブハウスにかなり緊張していた。それでも、会場にはすでにthe HIATUSが好きな人たちが物販の行列に大勢が並んでいて、それだけで少し心強く感じた。今までずっと一人で、誰とも共有することなくthe HIATUSを聴いてきたから、名前も知らない、話したこともない人たちを仲間のように感じた。

定刻になると、登場SEが鳴り、会場の熱量が一気に高まる。メンバーがそれぞれ袖から現れ、歓声に包まれる。ステージは垂れ幕が降ろされ、そのまま4thアルバム『Keeper Of The Flame』に収録されている“Roller Coaster Ride Memories”が始まる。静かに鍵盤の旋律が会場に響いていく。心臓を鷲掴みにされるくらいに緊張した。それでも、細美さんがしっとりと歌い始めたとき、こわばっていた体が緊張から解放されたように感じた。嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。これがthe HIATUSの音楽なのか、と快哉を叫びたいほどだった。

間髪入れずに次々と曲が投下される。特に1stアルバムと2ndアルバムの曲が演奏されたときには、フロアが熱狂に包まれ、もみくちゃになり、自分がどこにいるのかわからなくなった。これがライブか、これがライブハウスか、と熱狂の渦に包まれながら、そんなことを考えていた。

the HIATUSにもライブハウスの熱気にも、そしてthe HIATUSが大好きな人たちにも圧倒されるばかりだった。絶対にまた来よう。そう誓った。


就職活動はうまくいかないままだった。選考をいくつか通過し、「この会社に入社したい」と思えた会社もいくつかあったものの、次の選考ではあっけなく落とされる日々が続いた。どうしていいのかわからなかった。一体、何社の選考を受けたのかもはや覚えていなかった。

大事な選考に臨むときは、いつも“Horse Riding”を聴いた。「革命にはサウンドトラックが必要だろ」という言葉を、初対面の人と話すのが苦手な僕の、それこそ文字通りサウンドトラックにしていた。「革命を起こそう」というある種の鎧を纏わないと自分を保つことができなかった。

ある日、選考を終えて、夜の住宅街をとぼとぼと歩いているとき、ふいにイヤホンから“Silver Birch”が流れてきた。1stアルバム『Trash We’d Love』に収録されている1曲だ。ライブでも必ず演奏される定番の曲だった。この曲にはこんな一節がある。

《My life is not pathetic》

そのとき、この一節が妙に自分の中で引っ掛かった。家に帰って、対訳を調べると、こう書かれていた。

(僕の人生は惨めじゃない)

僕はずっと惨めに感じていた。同級生や同じゼミに所属するメンバーたちが次々と就職活動を終え、リラックスした表情で残りの大学生活を謳歌している。それに比べて僕は、と。これは、自分にとっての試練なんだと言い聞かせるしか心が保てなかった。

でも、違う。惨めじゃない。

《When we were kids》(僕らが子供だった頃)
《Nothing was left behind the wall》(壁の向こうには何もなかった)
《When we were kids》(僕らが子供だった頃)
《Stars were always shining bright》(星はいつも明るく輝いてた)
《We’re still around the conner》(僕らはいまだにたどり着かない)
《We’re on the edge of nowhere》(限界はまだ遠い)
(“Silver Birch”より歌詞及び対訳を引用)

大人になってしまうとどうしても自分自身に限界を感じてしまうことがある。僕には無理だという諦めに近いかもしれない。でも、本当は違う。細美さんが「限界はまだ遠い」と言っているのであれば、絶対にそうだと確信できた。

自分の中のどこかで周囲の動向を気にしていたのだろう。周囲を気にしたところで仕方がないということにどうして気づかなかったのだろう。自分のペースで進むしかないじゃないと、そこからは開き直ることができた。

それからも苦戦は続いた。でも、縁があって内定をもらうことができた。僕はこの文章を書いている今もその会社で仕事をしている。「僕の人生は惨めじゃない」と思えて、「限界はまだ遠い」と信じることができて、本当に感謝している。


2016年7月、the HIATUSは5thアルバム『Hands Of Gravity』を発売した。前作から2年ぶりとなる新譜で、僕はそれをずっと待ち望んでいた。

4thアルバム『Keeper Of The Flame』でthe HIATUSは到達点を見たのではないかと考えた人も多かったと思う。僕自身も、これ以上があるのだろうかと少しだけ不安だった。しかし、そんな些末な不安は、『Hands Of Gravity』の1曲目“Geranium”で一蹴された。

“Geranium”には、1stアルバムの“The Flare”や2ndアルバムの“Insomnia”の破壊的、破滅的な荒々しさではなく、強靭で強固な強さを感じる。とてつもないスケールの大きさを感じる。それは、“Geranium”だけに言えることではなく、アルバムを通して言えることだろう。

細美さんは、5thアルバムの制作前に新たにMONOEYESというバンドを結成した。この時点で細美さんは3つのバンドを掛け持ちし、実質的にはthe HIATUSとMONOEYESの両バンドで活動していくことになる。1つのバンドで活動するだけでも大変なはずだ。それでも、細美さんはMONOEYESを結成し、ツアーを回ったことによりthe HIATUSにも良い影響を与えたと語っていた。驚異的としか表現のしようがない。どこまで高みに登っていくのだろう、と思った。大きな跳躍だ。それは、「僕は毎日高く飛んでるって/まるで全ての方向に落下してるみたいに」(“Tree Rings”対訳)を想起させた。何かしらの力で引っ張られているとしか思えないほどだ。

「Hands Of Gravity Tour 2016」が始まり、僕はツアーファイナルのZepp Namba公演に行くことになった。

その日は仕事があったので、午後からお休みをもらい、行くことにした。約2年ぶりのthe HIATUSだった。

2年ぶりに見たthe HIATUSは、これまでのキャリアの総括のようなライブで、1stアルバムから最新作までを網羅したセットリストで演奏してくれた。当然のことながら、曲も演奏も素晴らしい。すべてにおいてスケールアップしている。その中でも僕の心を射抜いたのは、細美さんのあの言葉だった。

アンコールのときのMCだったろうか。ツアーファイナルということもあり、ツアーを総括するMCの最後に細美さんはこう高らかに語ったのだ。

「今日を人生の打ち上げにしよう」

正直なところ、どういう文脈でこの言葉を語ったのかを詳細に思い出すことはできない。でも、僕にとってこの言葉は、忘れられない宝物のようにずっと心の中に大切に仕舞ってある。

仕事を始めて、上手くいくこともあれば、失敗して色々な人に迷惑をかけてしまうこともある。どうしても毎日が同じことの繰り返しになってしまうこともあるだろう。ライブハウスには、学生もいれば、社会人もいる。子供と一緒に見に来ている親子連れもいる。みんなが、それぞれの境遇、それぞれの環境の中で精一杯の日々を過ごしている。だからこそ、細美さんの「今日を人生の打ち上げにしよう」という言葉には、日々の苦しみから救ってくれる力があるような気がした。


2019年7月、6thアルバム『Our Secret Spot』が発売された。前作のときのような「一体どうなるのだろう」という不安は一切なかった。そこにはthe HIATUSに対する絶大なる信頼感があった。CDのパッケージを開封するのが楽しみで仕方がなかった。新作は、細美さんが「ようやく引き算の音楽を覚えた」と語るように奏でる音は最低限のものにした非常にソリッドなものだった。音数を減らしても、the HIATUSが持つ魅力はまったく失われず、非常にグルーヴ感のある踊れる楽曲ばかりだ。こんなにも「大人」な作品を作れるのか、と驚いたけれど、よく考えれば、the HIATUSのメンバーは2019年で結成して10年になる。メンバーそれぞれが10年歳を取っているから、至極当たり前のことかとも思った。

結成10年の年に発売されたアルバムは、the HIATUSの集大成となるだろう。だからといって、the HIATUSが旅を終えるようなことはないだろう。これからも続いていく。

細美さんはずっと虚空に叫び続けていたのだと思う。《助けて/助けて/助けて(“Insomnia”対訳)》と、誰かに届くことをひっそりと願って。

the HIATUSの新作を聴いて、真っ先に思ったのは、歌詞の強さだった。

《Hunger is a way of my life》(渇望が僕の生き方なんだ)
(“Hunger”より歌詞及び対訳を引用)

《Let me get on now》(任せとけって)
《I will go with you》(一緒に行くから)
《Let me get on now》(任せとけって)
《What is wrong with you》(どうしたんだよ)
《Let me get on now》(任せとけって)
(“Servant”より歌詞及び対訳を引用)

《Now it’s on me,oh》(全て僕次第)
《I’m living up to it》(それでかまわない)
《Don’t think twice ,no》(考え直しはしない)
《Just making out it》(なんとかするだけだ)
(“Regrets”より歌詞及び対訳を引用)

《I’m still only partway through》(僕はまだ道の途中)
《Can’t keep going back to this》(いつまでも振り返ってるわけにはいかない)
《Still have lots of things to learn》(学ぶべきことがまだたくさんあるんだ)
(“Time Is Running Out”より歌詞及び対訳を引用)

もうthe HIATUSは、孤独を一心に背負い、虚空に叫ぶようなことはしない。むしろ、孤独や苦悩でもがく人たちを、「任せとけって。一緒に行くから」と連れ出して、そっと苦しみから救ってくれる。

the HIATUSのメンバーにも、この10年の間に様々な苦しみや葛藤があり、それでもかけがえのない出会いがあったのだろう。それは、たかが一ファンである僕にはメディアで取り上げられる情報や彼らの言葉の断片から推し量ることしかできない。

その10年の集大成を、僕は愛おしく感じた。

6thアルバムが発売されてすぐに「Our Secret Spot Tour 2019」が始まった。僕は仕事の都合上、地元の公演には行くことができなかったので、9月3日のZepp Nagoyaでの公演に行くことにした。

社会に出てから、純粋に楽しむという機会が減ったように思う。休日に何かをしていても、「明日から仕事か」という気配が否が応でも覗く。でも、周囲を見渡せば、その純粋な気持ちだけが熱気として会場にひしめいている。

ライブが始まった。the HIATUSの「今」を体現してくれているようなライブだ。モッシュやダイブも激しいものではなくなったように思う。それを寂しく思う人もいるかもしれない。でも、僕はそれすら愛おしく思った。the HIATUSは「今」を生きている。

多幸感に満ちていたライブだった。MCのとき、僕はそっと周囲を見渡した。そこには、「この時間だけはただ純粋に楽しみたい」という笑顔で溢れていた。

アンコールは鳴り止まなかった。この大切な時間を惜しむように、ずっと。袖からメンバーが再登場し、拍手に包まれる。

細美さんはMCでライブ前にしたランニングの話を始めた。

「川岸をランニングしてたら、夕陽がとても綺麗で。どこにでもあるような川面の煌めきと夕陽にだって感動できる。だから、特に若い子たちは外に出な」

「川面の煌めきのことをShimmerって言うんだ」

細美さんはそう言って、アンコールに“Shimmer”を演奏した。今まで何度か“Shimmer”をライブで聴いたことはあったけれど、このときは特に輝いていた。

ダブルアンコールで“西門の昧爽”を演奏した後も拍手は鳴り止まず、誰も動こうとしなかった。暖かい拍手だった。本当に愛されている。


the HIATUSに出会ってから今までのことを残らず丁寧に掬い上げるようにして思い出していった。どれも鮮明な記憶ばかりだ。
でも、それは一つの言葉に集約される。

この文章を書く前に僕がthe HIATUSを知るきっかけになった“Bittersweet/Hatching Mayflies”の歌詞を改めて読んでみて、心底驚いた。

《You found me》(君は僕を見つけてくれて)
《You healed me》(僕を癒してくれて)
《You touched me》(僕に触れてくれた)
《I saw you》(僕は君に出会った)
《You wrapped me》(君は僕を包んでくれて)
《You dragged me》(僕を引きずり出してくれて)
《You caught me》(僕を捕まえてくれて)
《I saw you》(僕は君に出会った)
(“Bittersweet/Hatching Mayflies”より歌詞及び対訳を引用)

これ以上の言葉があるだろうか。これ以上の感謝があるだろうか。

僕はthe HIATUSに出会えて本当に感謝している。
the HIATUSの旅はまだ終わらない。これからも続いていく。だから、僕は、出会えたことに感謝して、明日も「今」を生きていく。

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