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音楽の力

THE BACK HORNがくれたモノ

音楽で救われるなんて有り得ない。
若い頃の私はそう思っていた。
「◯◯の音楽に救われた!」
よく耳にしていた言葉だったけど、そんな事、綺麗事だと思っていた。
 

それが一変したのは、今から15年前。2005年2月。

とある事がきっかけで、「こんな自分にはもう価値は無い」「消えてしまいたい」色んなネガティブな思考が私を支配して、眠れなくなった。
眠れないから、マイナス思考が酷くなる。そのマイナス思考を打ち消すように、泣きながら部屋の壁に頭をぶつけたりし始めて、いよいよ危ないなと思った私は、勇気を出して、病院に行く事にした。
 

病院でいくつかの薬を処方され、「これから先、私はどうなってしまうのだろうか…」と、不安を抱えながら、ふらっと吸い込まれるようにCD屋に立ち寄った。
 

そこで、平積みで大きなコーナーが設けられていたのが、THE BACK HORNのシングル「キズナソング」だった。

当時のわたしは、THE BACK HORNの事は、映画アカルイミライを観ていたので、「未来」とバンド名を知っている程度の認識で、普段なら、そのコーナーも素通りしていたかも知れない。
でもその日は、視聴してみようかな…と手を伸ばした。
 

そして、衝撃を受けた。頭を金槌で殴られたような衝撃と、ここにも似たような考えの人がいるんだ…!と同志を見つけたような嬉しさによる高揚感でいっぱいになった。
 

冒頭の
「世界がみんな幸せなら歌なんて生まれないさ
 だから世界よもっと鮮やかな悲しみに染まれ」(キズナソング/ THE BACK HORN)
 

その頃の私は、世界平和とか全ての人が幸せになりますように的な話を聞いても、勿論そうなる事が望ましいのだろうけど、全員が幸せ(とされる状況)になったら、それは「幸せ」ではなく「当たり前」になるのでは?と考えていたので、冒頭のこのフレーズに親近感を覚えた。

また、その後の「強い人だと想っていた あなたがこぼした涙」という歌詞も、なかなか人前で弱音を吐けずに強がってしまう自分を投影し、また、vo.山田将司の優しい歌声も相まって、視聴しながら泣きそうになった。
 

そこで、私は初めて実感したのである。
 

音楽が人を救うことはあるのだ、と。
 

そう実感した私は、キズナソングの購入を決め、せっかくだから…と、前に聴いた事がある未来が収録されているアルバム「イキルサイノウ」も一緒に購入した。

そして、帰宅してからすぐにイキルサイノウも聴いた。
 

そこでまた、衝撃。
 

「愛が地球を救うなんて誰が言う
 笑っちまうような絶望の底で」(惑星メランコリー/ THE BACK HORN)
 
 

優しい歌声でキズナソングを歌っていたボーカルと同一人物とは思えないような荒々しさが、そこにはあった。

他の曲も、生きていくのがツラいと言わんばかりの曲が多く収録されていた。
今まで耳触りの良い言葉が多い音楽を聴いていた私にとって、こんなにも生々しく、負の感情も音楽に昇華してしまうTHE BACK HORNの音楽は新しい発見だった。
「何が起こるかわからないから人生楽しいんだよ」
「世界にはもっと辛い環境で生きている人もいるんだから」
そんな言葉は聞き飽きていた私に、
「人生は悪かねえ 良くもねえけど」(上海狂騒曲/THE BACK HORN) と、今を否定するでも肯定するでもなく歌いかけてくれるバックホーンの存在は、自分にとって特別な存在になるのに時間はかからなかった。
 

そこから先は、過去のアルバムを買ったり、ライブに参戦するようになったりと、バックホーンに夢中になっていった。

周りにバックホーンの事を語れる友人がいなかったので、勇気を出して、インターネットのオフ会に参加した。そこで何人かのTHE BACK HORNファンの友達も出来た。
年齢も、住んでいる地域も、勿論、育った環境も違う私達だったけど、私達にはTHE BACK HORNという共通言語があった。
各々の生活で辛い事があっても、ライブの度に、早めに集まってカフェに行ったり、時にはカラオケに行ったりと、その時だけは楽しい時間を過ごす仲間が出来た。

バックホーンが私に与えてくれたものは、心に寄り添う楽曲群や生きる活力だけではないのだと、改めて思う。

歩む歩幅は人によって様々だから、いつだって、私の気持ちとバックホーンの音楽がシンクロしていたわけではない。バックホーンの音楽やメンバーの笑顔が眩しくて、自分が惨めに思えた事も、実は、ある。
それでも、彼らは立ち止まっているファンを置いてけぼりにする事はない。ライブに行けば、「自分達が与えるだけでなく、お客さんからもエネルギーを貰って、エネルギーの交換のし合いのような場所」と言ってくれて、「また生きて会おうな」と約束してくれる。
眩しく感じた時だって、それは他者を燃やし尽くすような業火ではなく、ほんの少し先で導くように待ってくれている、包み込むような穏やかで温かな光だった。
だから私は、この15年、ずっとバックホーンと共に生きる事が出来た。
 

今度は、私達がTHE BACK HORNを包む温かな光となって、彼らのライブ再開をゆっくりと待つ番だ。
 

生きて、また会おう。
そして、命を叫ぼう。
 
 

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