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2017年7月26日

ユリカ (21歳)

銀杏BOYZの変化

変わらないカリスマ性とロックの原点

2017年7月25日、銀杏BOYZ3ヶ月連続シングルリリースの第一弾『エンジェルベイビー』の店着日。学校が終わって足早にレコード屋へ。こんなにワクワクしながらCDを手に取るのはいつぶりだろうか。翌日が正規の発売日だが待ちきれなかった。手に取って胸が高鳴った。

そのまま急いで家路に着き、早速音楽プレイヤーで再生。プレイヤーから(hello my friend/君と僕は一生の友達さ/さようなら/美しき傷だらけの青春に)と流れてきた。この曲を聴いてロックンロールというものはわたしの友達でわたしは独りじゃない、前に進むべきためにロックンロールがあって私たちの大切な傷だらけの青春すらも肯定して背中を押してくれるものだと感じた。わたしが今まで生きてきて言いたいことを全て言ってくれるような歌だった。

最近では、峯田は激しさがなくなっただとか銀杏BOYZじゃないよあれはなどと言った言葉もちらほら見られる。確かに昔に比べたらライブでも激しいことはあまりしなくなった。股間を露出することも、血を流すこともなくなった。だけどそれがはたしてロックンロールなのだろうか?暴れたり破天荒なことをしたりするだけが銀杏BOYZの全てだったのだろうか?違う。銀杏BOYZはGOING STEADY時代からずっと、私たちが胸に抱えて密かに感じていた恋心やそれに矛盾する下心、それらを代弁して叫んでいたのだ。それをライブで暴れて表現していた銀杏BOYZももちろんかっこよかった。だけど人は歳をとるもので、ずっと今のままの暴れて流血するような銀杏BOYZでいてね、というのは違うのではないか。私たちが前へ進むように、銀杏BOYZだって前へ進む。今までと全てが同じ通りとはいかないだろう。

しかし、音楽だけは変わってないんだ。昔も今もずっと、歌っているのは純粋な愛とロックと人間の汚い部分と綺麗な部分なんだ。峯田に対して今でもライブで熱く叫んでダイブする人達がいる、峯田も客席へダイブする。それだけでわたしは構わないのだ。峯田が楽しそうに歌っていて、客席へダイブして出てこられなくなって、最後の曲でマイクを頭にぶつけボロボロになりながら人間の全てを歌ってくれる。それじゃ物足りないというなら昔のライブ映像を観ていればいい。今の銀杏BOYZのライブで何かが変わる人や生きる気力をもらう人はたくさんいる、わたしも含め。そんな人たちを峯田は、銀杏BOYZはいつも救ってくれるのだ。だから一度でいい、一度でいいから昔銀杏BOYZが好きだった人ももう一度だけライブを観て欲しい。昔聴いてた曲は今も色褪せず峯田和伸がステージで歌ってる。キラキラして、楽しそうに歌ってる。暴れまわって倒れてる。だけどそれすら楽しそうで、全身全霊でライブをしているのだ。変化はあった。いい意味で。今までの曲はわたしたちの側にあってそれは寂しくさせることもあるだろう。だけど忘れないで欲しい、銀杏BOYZが歌ってきたロックンロールは今でも変わらず側にいて独りではないと、銀杏BOYZのロックと自分は友達なんだと言っていることを。

今回のシングル『エンジェルベイビー』を聴いて改めてロックンロールはわたしを変えてくれたと実感した。青春の傷を癒してくれる、自分の中にある汚いものを代弁してくれる、そんな銀杏BOYZは昔から変わっていないのだ。ぜひ一度、聴いてもらいたい一曲だ。

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