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いまもラジオからaikoの声が

誰もが不安なのだという安堵

<<生きてるのはあたしだけなのかも>>

そうやってaikoが教えてくれた「不安なのは1人ではないこと」に、どれほどの数のリスナーが救われただろうか。生きているのは自分だけではない。それはaikoがラジオから受け取ったメッセージのようであり、自ら生み出した「ラジオ」という楽曲に込められた主張であり、僕のような一介のリスナーがaikoさんに届けたい言葉でもある。

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夜の静寂は時として、人に不安をもたらす。眠れない夜を過ごした経験や、悪夢にうなされて目覚めた経験は、多くの人が持つものだろう。その時に何かしらの音が聴こえているならば救いはある。月明かりが窓から差し込んでいるなら癒やされる。でも、そういったものが、常に与えられる保証はない。宵闇に、何の音も聴こえてこない時間に、不安が募ることはある。

僕が「夜」に耐えていたのは、高校生のころだった。受験をする級友の少ない学校だったので(多くの人が専門校へ進むことや、すぐに働きはじめることを選んでいた)勉学に励む苦しさを、分かち合える仲間が少なかった。この齢になれば、専門校に行くことや、高卒で就職することが、ある意味では受験に挑む以上に「勇気を要する決断」だったということが分かる。それでも夜に、コツコツと英単語や漢字を暗記するというのは、少なくとも安楽な作業ではなかった。

励みなったのは、まだ当時は新進のミュージシャンだったaikoが「オールナイトニッポン」というラジオ番組に登場してくれていたことだ。それは数少ない「受験組」である友人も心待ちにしていた番組だったと、あとになって知ることになる。彼は言った、若い女性が語って大丈夫なのかと不安にさせるようなことまでも、aikoは聴き手に届けてくれたと。そう、aikoの「オールナイトニッポン」には、美辞麗句だけでなく、ユーモアに充ちた言葉さえも含まれていた。それに苦笑したり、aikoの身を案じたりしたからこそ、僕や友人は自分の直面する、受験生であるという悩みを相対化できたのだと思う。

ラジオから聴こえてくるaikoの言葉が、美しいものばかりではなかったからこそ、時に披露される歌声が輝きをもったのだと考えている。aikoが楽曲「ラジオ」を発表するのは、それから何年も先、日本を代表するミュージシャンのひとりになってからのことである。それでも「ラジオ」に込められた歌詞、あるいは願いは、当時の僕がいだいていたものであり、それが叶った時のことを鮮明に覚えている。

<<あの曲が流れやしないか>>

aikoは著名なミュージシャンの曲を、ピアノで弾き語りにして届けてくれていたのだけど、僕の大好きだった<<あの曲>>が選ばれた夜、参考書さえもが月光に照らされるようだった。

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無事に大学へ進むことはでき、卒業することもできた。受験勉強というのは孤独なものだけど、それ以上に孤独な時間が、人生には待ち構えている(すべての人に当てはまるわけではないだろうけど、少なくとも僕はそれを知った)。20代を終えようとしていたころ、ある事情から憔悴していた僕は、仕事を終えたあと、懸命にランニングしていた。そうでもしなければ耐えられなかったのだ。体を鍛えたいわけではなかった。1日のなかから、悩み苦しむ時間を、少しでも削り取りたかった。1時間、ひた走ることで、1日を23時間に縮めようとしていた。それくらい追い込まれていた。それは孤独を求めるような試みであり、危険といえば危険な行為だった。

そんな折、aikoのベストアルバム「まとめ」がリリースされ、そのなかに「オールナイトニッポン」を再現するような、いまあらためてリスナーに語りかけるような、そういうトラックが含まれることを知った。もちろん僕は「まとめ」を買った。それを聴きながら走ることにした。aikoの話すことに、語りかけてくれることに、時に笑わされる僕の姿は、すれ違うランナーから不気味に思われたかもしれない。それでも僕は、人にどう思われるかを考えるような余裕は持たなかった。自分が笑えていること、悲しくて仕方ないのに、aikoに笑わせてもらえていること。それを本当に有り難く感じていた。

面白おかしいトークのあとで、そっとaikoが歌いはじめたのが「ラジオ」だった。それは僕が無意識のうちに望んでいたような、傷心を癒やすような楽曲だった。まさに僕は

<<あの曲が流れやしないか>>

と期待していたのだ。自分がどんな歌を求めているかも分かっていないのに、どんな言葉を欲しているかも把握できていないのに、僕は知らぬ間に「ラジオ」という楽曲を待ち焦がれるようになっていたのだ。

aikoは歌う。

<<不安になった時に必ず 「違うよ」とノイズ交じりに 叱られた>>

aikoは僕を、あるいは世界中のリスナーを叱りはしなかった。自分が叱られることがあったのを打ち明けてくれた。それがaikoの実体験なのかは分からない。それでも僕は思った。aikoだって強くはないのだと。

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それから10年近くの時が過ぎた。もう僕は受験生ではないし、20代を終えようとする若者でもない。それなのに心には、未だ傷が残っている。そういった傷が日々、増えているようにさえ感じることもある。未成熟で頼りない人間のままだ。それでも年を重ねたゆえに、万人が不安を抱えているということを確信できるようにはなった。人を励ましてくれる誰かが、誰かの励ましを求めてもいることを察せるようにはなった。そして今、aikoが昨年(2019年)に発表した「愛した日」の歌詞を読み返している。

<<それは仕方ないし 自然とそうなったし>>

僕たちが何かを失ったり、間違いをおかしたり、悲しい記憶を引きずったりしてしまうことは、きっと<<仕方ない>>ことであり<<自然>>なことでもあるのだろう。本曲でaikoは

<<あたしは今日も上を向く>>

とも歌う。力強い誓いだ。それでもaikoですら、時として不安になってしまうことを、分かっているのは僕だけではないと思う。きっと世界中のリスナーが、aikoに救われた人たちが、それを分かっている。

ありがとうございます、aikoさん。生きているのはaikoさんだけではありません。分かっているとは思うけど、名前も顔も知らない私に言われたくはないかもしれないけど、それでも伝えたいと思います。多くのリスナーが同じ時代を生きています、それぞれの不安をかかえながら。

※《》内はaiko「ラジオ」「愛した日」の歌詞より引用

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